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9月入学の次は5月入学?~混迷の2021年入試

石渡嶺司大学ジャーナリスト
答弁する萩生田光一文科相。2021年大学入試はどうなる?(写真:つのだよしお/アフロ)

◆9月入学は先送りがほぼ確実に

宿題が多すぎた9月入学はどうやら先送りがほぼ確実となりました。

4月29日の衆議院予算委員会で安倍晋三首相は9月入学について「前広に検討したい」と答弁しました。これで一気に政治問題化。

小池百合子・東京都知事や国民民主党なども賛意を示し、一時は実現するかに見えたほどです。

しかし、検討すればするほど、課題が山積であることが明らかとなってきました。

28日には9月入学を検討する自民党ワーキングチームの提言原案が判明。

来年度など直近での導入は見送り(読売新聞2020年5月29日朝刊)としています。

これで9月入学は先送りとなることがほぼ確実となりました。

◆多すぎる宿題、解けなかった賛成派

私は9月入学については将来的には導入した方がいい、と考えています。

しかし、直近の2021年度から変更とするには宿題、もとい、課題が多すぎました。

学習の遅れを取り戻せる、というのは大きなメリットですし、日本の国際化を見据える点でも必要性があります。

ただ、そのために、大量に発生する待機児童問題、教員不足、巨額の財政負担(約7兆円)を誰が負担するのか、会計年度との整合性をどうするか、就職・国家試験との整合性はどうするか…、課題はあまりにも多すぎたのです。

このうち、就職については企業の採用を管轄する厚生労働省・経済産業省などが本腰を入れて、「9月入学~9月入社」への移行を決めていればどうにか解決できたはずです。

これはこれで企業からすれば負担ですが、採用時期の変更は過去30年間に5回も経験しています。変更前は「変更が大変だ」との不満がでるものの、結果的には各企業とも対応できていました。9月入社の変更もそれほど無理な話とは思えません。

国家試験についても、2011年の東日本大震災では管理栄養士試験が被災した東北の学生については7月に特例扱いでの受験を認めました。こうした前例がある以上、こちらも変更は不可能ではなかったはず。

ただ、それ以外の課題はいずれも、無理がありました。

9月入学は本来であれば、何もない平時に相当な時間をかけて議論すべき問題です。それにしても、この宿題を解くのが安倍首相ではなく、ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相や台湾の蔡英文総統であれば、また違った答えが出たはず…と思うのは私だけでしょうか。

◆2021年入試、日程・出題範囲が決まらない

ないものねだりをしてもしなくても、やってくるのが2021年入試です。

今、この2021年入試がどうなるか、迷走中です。

4月には萩生田光一・文部科学大臣が、総合型選抜(旧AO入試)・学校推薦型選抜(旧推薦入試)について「時期を遅らせる必要がある」と記者会見で述べました。

その一方、5月14日に文部科学省が各大学に出した通知では、受験生への配慮を求めるものの、日程については明記していなかったのです。

5月29日、萩生田文科相は記者会見で入試日程の後ろ倒しについて、検討している、と答えました。

新型コロナウイルスの影響による長期休校を受け、文部科学省が今年度行う大学入試を後ろ倒しする検討を始めている。萩生田光一文科相は29日、出題範囲を限定することも含め全国高等学校長協会を通じて全国の高校にアンケートし、6月中に入試の時期や内容を公表すると明らかにした。

文科省によると、今年度は、総合型選抜(旧AO入試)が9月以降出願、学校推薦型選抜(旧推薦入試)が11月以降出願、大学入学共通テストが来年1月16、17日実施、個別試験が来年2月以降に予定されている。しかし休校の長期化で学習に差が出かねず、生徒や学校から不安の声が出ている。文科省は総合型については少なくとも2週間後ろ倒しする方針。

萩生田文科相は「個人的には少し余裕をもたせたい。現場の声を聴き早急にまとめたい」と述べた。

※朝日新聞2020年5月30日朝刊「全国の高校にアンケートへ 大学入試の後ろ倒し検討」

例年だと出題範囲が決まっていて、総合型選抜・学校推薦型選抜入試についてはそろそろ出願校などを決めていく時期です。それが未定とはどういうことでしょうか。

◆資格試験・スポーツ大会の中止・延期が影響

背景にあるのは、言うまでもなく、コロナショックとその影響による一斉休校です。

これにより、地域によって、学習の進行に大きな差が出ています。

それから、私立高校だと夏休みの短縮やオンライン授業の拡充などで対応。特に中高一貫校だと学習が早く、最終年度の6年生(高校3年生)は受験対策にあてる学校が多くあります。

ただでさえ、私立校と公立校とでは学習に差があるところにコロナショック・一斉休校がありました。そのため、例年以上に学力格差が出てしまう恐れがあるのです。

そして、総合型選抜・学校推薦型選抜だと、スポーツ大会や資格試験の延期・中止も大きく影響しています。

スポーツの実績によるスポーツ推薦の場合、高校3年春~夏の大会成績が一つの目安になります。が、インターハイや甲子園などスポーツの大会は軒並み、中止となりました。

TOEICや実用英語検定など、英語の資格試験なども同様です。

こうなると、総合型選抜・学校推薦型選抜の受験を考えていた高校生は何をもってアピールすればいいのか、となります。

困るのは大学も同様で、何をもって評価すればいいのか、という問題が出てきます。

◆旧AO入試は2週間延期へ

読売新聞2020年5月29日朝刊「大学入試混迷 不安いつまで」記事には、総合型選抜については約2週間、延期とする方針を固めた、とあります。

文科省幹部によると、総合型については出願開始を少なくとも2週間遅らせることで、大学側との調整がついた。同省は14日、オンライン面接など選抜方法を工夫するよう通知。都道府県単位のスポーツ大会実施の動きもあり、様々な方法で評価につなげてもらう。

一方、出願を「11月以降」としている学校推薦型選抜(旧推薦入試)や来年1月に予定する大学入学共通テスト、その後の各大学の個別試験など、入試全体の日程をずらすことが可能かも見当。総合型についても、さらに後ろ倒しできないか考えるという。

※前掲・読売新聞記事より

総合型選抜の出願開始は9月1日を予定していました。これが少なくとも2週間は後ろ倒しになりそうです。

学校推薦型選抜(旧推薦入試)は11月1日が出願開始を予定していました。これは1か月程度の延期が見込まれます。

ただ、1か月後ろ倒しだと、合格発表は1月上旬。

当初予定の11月出願~12月合格発表だと、不合格だった受験生は一般入試に切り替える余裕がありました。

もし、1か月後ろ倒しで1月上旬に合格発表だとすれば、大学入学共通テストの実施予定日(2021年1月16日・17日)までわずか2週間しかありません。

一般入試への切り替えが難しく、学校推薦型選抜の受験生に大きな不利益が出てしまいます。

◆一般入試を延期だと無理が出る?

では、大学入学共通テストも後ろ倒し。たとえば、2月上旬実施にして、一般入試を2月中旬~3月下旬にする、という手もあります。

しかし、この方策は、一般入試の受験生と大学教職員にとって、大きな不利益が出てしまいます。

そもそも、「1月中旬に共通テスト~2月上旬中旬に私立大入試~2月下旬に国公立大学前期入試~3月中旬に国公立大学後期入試」というスケジュール自体が「これでもぎりぎりの綱渡り。あまり余裕がない」(首都圏私立大学入試課職員)。

これを無理に、後ろ倒し・短縮すると、今度は入学辞退者や繰り上げ合格などはどうするのか、といった問題が発生します。

◆日程維持だと学力格差による不公平感

と言って、各入試日程を現状維持とした場合はどうでしょうか。

これは学力格差による不公平感が大きく出ることになります。

さて、ここまでお読みいただいた読者の皆さんは、「あれが問題、これも問題」との内容にイラっとしつつ、既視感をお持ちになった方が多いはず。

そう、2021年入試の問題、9月入学と同様、課題が多すぎるのです。

しかも、9月入学は「宿題放棄」であっても、本来の4月入学に戻るだけです。

ところが、2021年入試はいずれやってくるわけで、「宿題放棄」とは行きません。

さあ、どうする、政府・文部科学省。

◆5月入学という禁じ手も

この2021年入試について、解決策として関係者の間で急浮上しつつあるのが「臨時的な5月か6月入学」です。

5月入学だと、大学入学共通テストを2月中旬に実施。個別入試を3月から4月にかけて実施するので、日程に余裕が出ます。

6月入学だと、大学入学共通テストは3月中旬にまで後ろ倒しにできます。

総合型選抜・学校推薦型選抜も、5月入学だと総合型10月・学校推薦型12月、6月入学だと総合型11月・学校推薦型1月と後ろ倒しになります。

そこまで後ろ倒しにすると、学習が遅れていた公立校生徒も授業の遅れを取り戻せます。

5・6月入学だと大学の授業が大変じゃないか、と思われる方がいるかもしれません。

が、今年のコロナショックで大学は国公立・私立とも入構禁止期間が長くありました。その分、授業のオンライン化や土曜・祝日授業の実施、夏休みの短縮などで対応しています。

大学が特例扱いで認めれば、5・6月入学という奇策は、実は結構、現実的な案でもあるのです。

◆5月入学、意外と多い賛成論

この5・6月入学案、意外と賛成論が多くあります。

読売新聞2020年5月29日朝刊「大学入試 日程見通せず」記事では、東京都立八王子東高校の宮本久也校長がこの5月入学案を主張しています。

「全体の入試日程を1~2か月先送りにし、大学入学も今回に限り5月頃になれば、授業時間が確保できる。生徒も納得して入試に臨めるだろう」と宮本校長は訴える。

同記事では大学入試に詳しい倉元直樹・東北大学教授も「1~2か月の入試延期」との見方を示しています。

朝日新聞2020年5月30日朝刊「耕論 突然の9月入学騒動」では、Yahoo!ニュース個人オーサーでもある末富芳・日本大学教授が9月入学について論評。

この中で末富教授は臨時的な措置としての9月入学に言及しています。

コロナが、ぶり返す恐れもありますから、大学入試は冬だけでなく、来夏にも行うのも一案です。夏入試に合格した学生たちを入学させる臨時的な措置としての9月入学は、あり得ると思います。

◆過去には6月入学・10月入学も

この5・6月入学案、強いのは戦後に先例がある点です。

教育ジャーナリスト・小林哲夫さん(『大学ランキング』編集統括)のFacebookに1974年に浜松医科大学、宮崎医科大学(現・宮崎大学医学部)、広島大学総合科学部が6月入試を実施した、と投稿。前年、1973年には山形大学医学部、旭川医科大学、愛媛大学医学部が10月入試、ともあります。

いずれも、国会が荒れ許認可の遅れから起きた珍事でした。

残念ながら関連文献は見つかりませんでしたが、各大学の沿革には、小林さんの投稿通りだったことを示しています。

●旭川医科大学

昭和48年(1973年) 9月29日 旭川医科大学設置(旭川医科大学創設準備室廃止)

同年11月 5日 第1回(48年度)入学式挙行

●浜松医科大学

昭和49年 (1974年)6月 浜松医科大学設置 、医学部医学科、附属図書館及び事務局を設置

同年7月 医学部医学科第1回入学式

●宮崎医科大学

昭和49年(1974年)7月4日 第1回入学式挙行

こうした先例を考えれば、十分に5・6月入学案はあり得ます。

◆難点は就職組との整合性・授業料負担・教員負担

9月入学移行が落第点だとしたら、5・6月入学は十分に及第点が与えられることでしょう。

とは言え、問題が全くないわけではありません。

具体的には就職志望者との整合性、授業料負担、教員負担の3点です。

まず1点目、学校基本調査(文部科学省)によると、2018年高校卒業者(105万6378人)のうち、大学・短大等進学者は54.7%、これに専修学校進学率(16.0%)を足すと70.7%です。一方、就職率(卒業者に占める就職者の割合)は17.6%。

地方高校だと就職者の割合がさらに上がります。大学入試の時期が後ろ倒しになると、進学希望者は助かるでしょう。が、その反面、就職希望者はどうするのか、という問題があります。

特に6月入学とした場合、高校卒業は5月。企業の就職時期が4月であるため、その1か月はどうするのか、検討する必要があります。

2点目の授業料も検討すべき課題です。3月卒業ならともかく、4月卒業となると、1か月分、授業料は個人負担なのか、政府負担なのか、となります。これについては、私は政府負担での対応が望ましい、と考えます。

3点目の教員負担も重要でしょう。6月入学だと、高校卒業は5月となり、1か月間、卒業しているはずの高校3年生と、進級した新・高校3年生が重複することになります。一時的に教員負担は増えることになります。

3月末卒業だったとしても、ただでさえ慌ただしい年度替わりがさらに忙しくなります。

この問題解決のためには、大学入学を特例扱いで後ろ倒しとするだけでなく、高校入学・進級についても特例扱いで後ろ倒しにする必要があります。または、来年の重複期間のみ、教員OBや非常勤講師などを採用しての対応などが必要となります。

私はこうした問題点を考えれば、「5月1日入学~大学入学共通テスト2月中旬実施」というスケジュールが、一番ではないか、と考えます。

これだと、就職者への影響も少なく、学習の遅れも取り戻すことが可能、3月卒業で高校教員の負担も抑える、大学教員の負担も他の案よりは抑えられる、などのメリットがあります。

文部科学省はアンケートを取ったうえで6月中には大学入試を決定する方針です。現在の高校3年生は、ただでさえ共通テストの民間試験や記述式の是非をめぐり、振り回された学年です。

コロナショックに伴う入試時期延期の是非について、この宿題こそは満点の回答が国・文部科学省には求められます。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計33冊・66万部。 2024年7月に『夢も金もない高校生が知ると得する進路ガイド』を刊行予定。

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