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国公立大にマイナス偏差値でも入れる編入ルート~高校教員オススメの公立短大とは

石渡嶺司大学ジャーナリスト
大月短大の学生「小規模だけど楽しいです」とのこと(著者撮影)

「大学は出たいけれど」の高校生に救い道

「大学は出たけれど」の嘆きがそのまま、小津安二郎映画のタイトルになったのは1929年、昭和恐慌、そして就職氷河期の頃です。

では、それから元号が二度変わった現代は、と言えば「大学は出たいけれど」。

4年制大学の進学率(浪人含む)は1954年に7.9%だったものが2018年は53.3%と過去最高値となっています。

それくらい、大学進学は一般的なものとなりました。

その反面、地方を中心として、なかなか大学進学に踏み切れない高校生も多数います。

学費負担に家庭が耐えられないなどの理由から高卒就職や専門学校進学に変更する高校生も少なくありません。

「文部科学省科学研究費基盤(B)『教育費負担と学生に対する経済的支援の在り方に関する実証研究』(小林雅之研究代表)『2012年高卒者保護者調査』」によると、世帯年収1050万円以上だと大学進学率が62.9%。それに対して世帯年収400万円以下だと大学進学27.8%、450万円~600万円だと42.4%と差が出ています。

低所得者層への進学支援として大学無償化法が今年2019年に成立。2020年から施行されますが、対象となるのは住民税非課税世帯(世帯年収270万円未満)と、その周辺の世帯(270万円~300万円未満、300万円~380万円未満)です。

世帯年収380万円以上の世帯とその子弟にしても、大学の学費負担は決して軽くはありません。

私はいずれ、財務体質のすぐれた大学が奨学金支援を充実させるもの、と見ていますがまだ先行きは不透明。

※詳しくはYahoo!ニュース個人(2019年5月15日公開)「大学無償化法は対象外でも得をする?~専門学校・中間層などが間接影響も」参照

そんな中、高校教員、特に研究熱心な進路指導の担当教員から注目されているのが公立短大です。

公立短大は2019年現在で13校。うち、文系学科(またはコース)を擁するのは10校しかありません。

実はこの公立短大が「大学は出たいけれど」の高校生にとって救済ルートとなっているのです。

※なお、国立短大は2019年、存在しません。

公立短大から大学編入、NHKでも

「大学は出たいけれど」の高校生(またはその親)が問題とするのは3点。

・学費の負担が重すぎる(生活費等も含む)

・学力が足りなさすぎる

・進学しても就職できるか不安

3点目の就職については、2013年ごろから売り手市場に転じ、就職しやすい環境になっています。が、不安感が先立つ高校生(またはその親)はこうした事情を知りません。

この就職不安も含めた3点を全部解消する、と研究熱心な高校教員から評判になりつつあるのが公立短大なのです。

細かい事情は後述するとして、2018年8月にはNHK「ニュース おはよう日本」がこの公立短大についてもニュース内で紹介しました。

奨学金を利用している大学生はこの20年で倍増し、今や大学生の2人に1人は奨学金に頼っている計算になる。

(省略)

札幌にある新陽高校では大学進学を後押しする取り組みとして、進路指導を行う教師でチームを結成、進路指導を専門に行う教師がリーダーとなり、学費が安く済む大学の選び方の指導に力を入れている。北海道の私立大の学費は4年で420万円だが、三重の公立短大であれば学費は44万円、その後2年で編入すると学費は2年で100万円、学費免除を受けられれば無料になる。地元を離れる事でかかる生活費を加えても、290万円で済む計算になる。

※2018年8月5日放送「ニュース おはよう日本」のコーナー「奨学金が進学の”重荷”に!?」より

公立短大のメリットその1:学費が安い

公立短大のメリットは就職以外だと3点あります。

まず、1点目は学費の安さ。先にご紹介したNHKニュースでも触れていますが、公立ということもあり、学費は私立大以上に安く設定されています。

公立短大の2019年度初年度納付金・一覧(掲載は文系学科のみ)
公立短大の2019年度初年度納付金・一覧(掲載は文系学科のみ)

入学金は設置自治体の出身かどうかで変わりますが、それでも4年制大学に比べれば安さが目立ちます。

学費に対するコストパフォーマンスの高さを指摘するのは安倍尚紀・大分県立芸術文化短期大学准教授。

「一時期、公立短大は、4年制化が進みました。その結果、2000年に55校あった公立短大は2019年現在、本学を含め13校にまで激減しています。一般的に募集や待遇の点からメリットと思われる4年制化をせずに残っているということは各校、短大としてやっていこうというポジティブな事情があります。そのため、教員側の待遇や研究設備も良く、良質な教員が揃っています。学費の割に教育の質は高く、コストパフォーマンスも高いとと言えるでしょう」

大分県立芸術文化短期大学の学生食堂(著者撮影)
大分県立芸術文化短期大学の学生食堂(著者撮影)

公立短大のメリットその2:入試倍率は4年制国公立の半分以下

公立短大のメリットは入学しやすさも大きなところです。

4年制の国公立大学だと倍率は平均でも旺文社推計値(2019年)で4.7倍です。

それだけ高倍率、かつ、難関とのイメージがあり、これは実情を反映しています。

その点、公立短大はどうでしょうか。高くても2倍を超える程度。

これは4年制以上に入りやすい、と言えます。

「入試科目も4年制の国公立大学に比べれば明らかに少ないです。文系学科だと多くても英語、国語と社会・数学から選択、合計3科目。英語を選択科目にしているところもあります」(高校進路教員)

公立短大のメリットその3:4年制国公立大学への編入ルートが太い

短大を卒業すると就職か4年制大学への編入か、どちらかになります。

私立短大で4年制大学併設校があればそちらに編入学するのが主流になります。

私立短大でも併設校・系列校以外の私立大学ないし国公立大学に編入学することもできます。

このうち、国公立大への編入学実績が高いのは新島学園短期大学(群馬県/キャリアデザイン、コミュニティ子ども/国公立合格39人)、産業技術短期大学(兵庫県/機械工、電気電子工、情報処理工、ものづくり創造工/12人)、大分短期大学(大分県/園芸/24人)の3校。これ以外にも、上智短期大学(神奈川県/英語/7人)、北海道武蔵女子短期大学(札幌市/教養、英文、経済/2人)など何校かはあります。

なお、北海道武蔵女子短期大学は編入学者2人のうち、1人は北海道大学でした。

ただ、国公立大学に毎年合格者を出す私立短大は上記以外の私立短大だとほぼありません。

その点、公立短大はどうでしょうか。2019年卒業者の編入学実績が以下の表(編入学者数は文系学科の数値)。

公立短大(文系)の国公立大学編入学者ランキング(編入学者数は2019年卒業者実績、ただし一部短大は2018年以前の数値)
公立短大(文系)の国公立大学編入学者ランキング(編入学者数は2019年卒業者実績、ただし一部短大は2018年以前の数値)

短大によっては2018年以前の実績しか出ていなかったため(あるいは国公立進学者数が不明)、表には入れていませんが、大月短期大学は103人中50人、三重短期大学は25人中24人、岩手県立大学宮古短期大学部は25人中20人が、それぞれ国公立大学です。

公立短大が編入に強い理由

では、なぜ、公立短大は編入、特に国公立編入に強いのでしょうか。

「公立短大だと、芸術系の場合は東京芸術大学、文系の場合は上位の国公立など、高校卒業時点ではそのまま入学できなかった大学の3年次に、2年後の卒業時にそのまま、編入学することができます。実は私自身も本学に着任するまでは気づきませんでした。なぜ公立短大が国公立大編入に強いか、と言えばそれは面倒見の良さではないでしょうか。現在、生き残っている公立短大は少人数教育で教育効果も高いです。そのため、編入学のための相談を受け、研究計画、志望理由を練り上げる、必要な勉強を補う作業がスムーズにいきやすいですね。私の場合は、上位校になると大学院受験の研究計画書のレベルで考えていきますし。着任初年度には頑張りすぎて編入学10人中、6人を国公立に合格させたため『編入学に強い先生が来た』と保護者の噂になっていたらしいです。最近では、編入学目的で受験してゼミに入ってきた学生もいるほどです」(安倍准教授)

公式サイトの「編入学ページ」に「公立短期大学中、最高水準の編入学率を誇ります」とまで言い切るのが大月短期大学。

実際には、公立短大どころか、全短大の中でトップ、と言い切ってもいいほどの実績があります。

大月短期大学は語学教育の中に英語だけでなく日本語も必修扱いにしています。日本語と言っても、留学生向けに基礎から学ぶ、というわけではありません。アカデミックな論文の書き方なども含めた講義です。

さらに「キャリアデザイン論」という科目も必修です。

大月短期大学の柳沢幸治・学長(左)、佐藤茂幸・学生部長(右) (著者撮影)
大月短期大学の柳沢幸治・学長(左)、佐藤茂幸・学生部長(右) (著者撮影)

このあたりの事情を佐藤茂幸・学生部長はこう説明します。

「校舎新築に伴い、2016年度より教育カリキュラムを刷新しました。主な改革は、専門コース選択制の導入、卒論(卒業レポート)やゼミの必修化、そしてキャリアデザイン論の単位化です。そのなかのキャリアデザイン論は入学当初に就職か、編入学か、どちらかの希望進路でクラスを選択してもらいます。それぞれ、希望進路に沿った内容を講義で展開していきます。

実はこの科目、2016年度以前から進路指導ガイダンスの名のもと非授業の講習会として実施はしていました。当時は、継続受講を諦める学生が少なくなく、かつ将来の進路と学問を結び付けて思考する機会も少ない状況だったのです。そこでキャリアデザイン論を必履修科目として単位化することで、実践的な就活支援や編入学受験指導に、長期的なキャリア形成のための教育を組み込んだ、特徴ある授業を設定することができました」

もともと、大月短期大学は編入学で高い実績がありました。

2001年には読売新聞で編入の高さについての記事が出ました(読売新聞2001年5月1日朝刊「大月市立大月短期大学 4年制大学への編入率、7年連続1位」)。

ただ、その後、一時期は山形県立米沢女子短期大学に編入学トップの座を奪われています(山形新聞2007年9月19日朝刊「米沢女子短大の今春卒業生、4年制大学編入が公立短大で最多の75人 支援強化の成果」)。

それがこのカリキュラム改革で編入学実績は上がりました。

「編入学実数の増加や就職率の高さから、カリキュラム改革の教育的効果はあった、と言えるでしょう。とくに卒業研究レポートの必修化は、学生の問題解決力や主体的に学ぶ力を養うことにつながったことを実感します」(佐藤学生部長)

同じ国公立大学編入でも、学科・専攻の広さについて、大月短期大学の柳沢幸治学長と話します。

「本学は経済系学科を開講していますが編入学先はこの学部学科とは限りません。編入学実績は、政治や法律など社会科学全般にとどまらず、少数ではありますが人文科学や理工学に渡ります。広い学問分野の学部学科において編入学の可能性があることも、本学の魅力の一つと思います」

大月短期大学をはじめとする公立短大からの国公立大編入について、中部地方の高校進路教員は「マイナス偏差値」という面白い表現で説明してくれました。

「高校の偏差値以上に高い、国公立大学に編入学できるわけですよね。公立短大からの編入ルートだと。それって『マイナス偏差値』でも入れるということではないでしょうか」

短大からの編入学、デメリット・死角は?

こう書くと、全国の公立短大(と上記で紹介した一部の私立短大)に受験生が殺到しそうです。

では、短大からの編入学にデメリットや死角はないのでしょうか。

「不確定さ、忙しさ、志の3点あります」

と説明してくれるのは安倍准教授。

「短大からの編入ルート」は、マイナーな戦略です。受験生全員が知っているようなメジャーな戦略とは言えません。それと志望大学の制度変更の煽りを簡単に受けやすいことが編入学の問題点です。入学時に志望していた大学の学部が、100%、受験できるとは限りません。このため、私編入学志望の学生には初期から受験先を3校、射程に入れるようにアドバイスしています。

合格者の「若干名」が年度ごとの事情で増減することもあります。編入学は、受け入れ側の大学からすると、定員補充という側面もあるからです。

忙しさというのもデメリットと言えばデメリットです。 2度、卒論を書くことから鍛えられ、就活時などに評価されるのでメリットとも言えますが。短大→4年制大学編入というキャリアは、その後、就活などでも重宝すると聞いていますし。ただ、就職活動を詰め込むと、大学本来の自由な時間を謳歌できないこともあります。大学、学部によってはかなりタイトな生活となる。3年次入学のタイミングで、修得済み単位の読み替えなど、先に情報収集してお かなければ大変です。

これまで毎年3人程度、7年間、国公立大学3年次に送り出してきたゼミ生の中に1名だけ、 途中退学者がいました。偏差値や周囲の見た目、イメージ、親の意見などに従って国公立大学に編入学してみたものの、その後、卒業まで続かなかったケースです。

編入学は、一般入試と違って、専門性の高い小論文あるいは面接での口頭試問などがメインの受験科目となります。(あとは外国語)。

編入学後にやりたい分野の勉強をダイレクトに積み重ねて、ポイントを高めることができる反面、本当に興味がない分野を、大学受験 の延長戦上でテクニック的に合格してしまうと、その後の勉強を乗り越えられない、続かない危険性があります。

同様の指摘を柳沢・大月短大学長もしています。

デメリットは編入学の3年次において極めて多忙になることでしょうか。正規学生より3・4年次で履修する科目は実質的に多くなり、大学に慣れるころには就活が始まってしまいます。 私はじっくり学ぶためにも、できれば2年次編入をしてほしい、と学生には勧めています。

意欲があれば、はまるルート

なお、基礎学力の有無については、

学力がない、という指摘を受けたことはありません。むしろ、学習意欲が高くていい学生を送ってくれた、と編入先の先生からご評価いただいたこともあります(安倍准教授)

とのこと。

実業系高校などで学習習慣が身に付いていれば編入学でも高い実績を残す、と佐藤学生部長も指摘します。

つまり、大学での勉強・研究に高い意欲があれば、うまくはまる。それが公立短大の編入学ルートと言っていいのではないでしょうか。

追記(2019年11月28日14時)

記事中にあった表を筆者作成のものからYahoo!ニュース個人編集部作成のものに差し替えました。数値等の変更はありません。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計33冊・66万部。 2024年7月に『夢も金もない高校生が知ると得する進路ガイド』を刊行予定。

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