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文系院生は「就活詰んだ」のウソ~成功・失敗の分かれ目は

石渡嶺司大学ジャーナリスト
模擬グループディスカッション中の就活生(著者撮影・写真はイメージ)

話題となった「頭のいい」女子記事

先月10月20日、

「頭のいい」女子はいらないのか:ある女子国立大院生の就活リアル]

という記事が公開されました。

ざっくりまとめると、文系(社会学系)の国立大学・院生の女子学生が就活で苦戦した、というルポです。

「頭のいい女子」というキーワードも受けて、大きな話題となりました。

この記事で登場したような文系の大学院生が就活で苦戦することはよくあります。

が、一時期言われていたような「文系の院生だと、研究者以外は、全くチャンスがない」「人生詰んだ」などとするのは、実勢から大きくかけ離れています。

そこで今回は院生(修士)の総合職就活について、過去を振り返りつつ、うまく行く院生、失敗しやすい院生の違いについて解説していきます。

注記

 なお、大学院修士は本来なら卒業ではなく、修了です。ただ、一般読者にとって卒業と終了の違いが分かりづらく、かつ、今回の記事の本題ではありません。そこで、当記事では以降、断りがない限り、「修士卒」を使います。

文系院生就活はボロボロな扱いからボロボロな印象へ

就職の歴史と言えば1968年刊行の『就職ジャーナル』(2009年に休刊)が一番。ということで、同誌のバックナンバーをひたすら調査したのですが、大学院生の記述はほぼありません。

定番のアンケート調査も、1997年までは調査対象が4年制大学・学部生と短大生のみ。2002年になって、ようやく対象に含まれます

 その前年、2001年にはアンケート調査記事と同時に掲載された就活Q&Aにも、大学院生が登場します。

「院卒が有利に働くというのは、やはりメーカーの研究職など、仕事と学んできたことが直結するような職種の場合。ただそれも、仕事内容や会社によって考え方はさまざまです」

一応、文系院生に気を使った回答です。

ところが翌年、2002年8・9月号「就活の悩みQ&A65」の大学院進学についての質問では、ネガティブな回答が出てきます。

質問:

大学院への進学を希望していますが、今まで知らなかった世界を体験するために企業に入ってみるのもいいのでしょうか?

回答(エコノミスト・山崎元:

科目にもよると思うのですが、学部から大学院に進む場合は、多分にモラトリアム的な選択が多いはずです。もしそういう理由で大学院進学を考えているのであれば、早く社会に出たほうがいいと思います。特に、経済関係の科目を選考した場合、プロの研究者になる以外は、結局、ほとんど就職するわけですから。しかも、大学院を卒業していることに、それほど人材価値としての重きを置いていない企業もあります。だったら、まずは就職してみて、将来的に本当に学ぶ目的が明確になったときに、あらためて大学院に入学すればいいと思います。

こうした記事もあって、文系院生の就活はボロボロに書かれ、ボロボロという印象が定着していきます。

もちろん、専門職大学院制度、法科大学院制度(2004年)の整備などの事情もあるのですが、「モラトリアム的な選択」による進学者も一定数いたことが推察できます。

 『就職ジャーナル』2007年8・9月号「人事が予言!『今年はあきらめ組』の1年後」という、いかにもモラトリアムを考えそうな学生向けの記事にも大学院進学が登場します。

学生:

大学院に行ったほうが就職活動でも有利なんじゃないかな?

企業:

昔は「院生イコールレベルが高い」というイメージがありましたが、今はとりあえず院に進む学生が増えている気がします。ほかの学生よりも2年多く親のスネをかじって勉強しているわけですから、むしろ要求するレベルは高くなりますね(メーカー)

「大学院卒業」という1行の経歴はまったく重視していません(広告)

就職のためだけに進学しようとしているなら、考え直したほうがいいと思いますよ(金融)

学生:

大学院を卒業すれば、初任給は3年目からの金額になるのかな

企業:

当社ではほとんど変わりません。最初に多くもらったからといって、それにどんな意味があるのでしょう。そういう甘い考えはやめたほうがいいですね(メーカー)

うちでは初任給は一律です。目先の給料だけを考えて就職を先延ばしにしても、結果的には後悔することになると思うんですけどね(広告)

学生:

院卒のほうが将来性もあって、入社してからも昇進しやすいんじゃないかな?

企業:

会社に入って早く昇進したいと思うなら、やはり年齢的に若いうちに就職して、スキルを高めていったほうがいいんじゃないでしょうか(金融)

はっきりと書いているわけではないですが、大学院進学をやめた方がいい、と言わんばかりの特集記事です。

研究論文でも文系院生就活はボロボロ

 こうした記事の影響もあってか、「文系院生の就活=先がない」とのイメージが強固になっていきます。

 が、実は研究論文でも、文系院生の就活をバッサリ切ったものがありました。

 『日本労務学会誌』2015年16号「大学院卒の就職プレミアム 初職獲得における大学院学歴の効果」という研究論文です。

細かい測定方法などを飛ばすと、

初職の獲得における優位性は、理系大学院>理系大学・文系大学>文系大学院という順番になる。(中略)本研究の主要な結果は、(文系大学位と比較した場合)理系大学院に就職プレミアムがあり、文系大学院のそれは負であるという、ある意味ショッキングなものである。

 と、書いています。

 ただし、同論文では、調査の限界(ネットのモニター調査)を明らかにしたうえで、こうも書いています。

「文系と理系で大学院進学のセレクション構造が異なっているとすれば、4グループ(文系大学、文系大学院、理系大学、理系大学院)間の平均的能力にはかなりの差が生じる可能性もある。

文系院生の落ちるポイント・ハードルその1~研究で忙しい

 ここまで散々な言われようである文系院生の就活。

 が、実は光明はなくはありません。と言いますか、就職できている文系院生はいくらでもいます。

 それでは、就活に成功する文系院生、失敗する文系院生のポイントはどこか。それをまとめているのが、2017年刊行の『大学院生、ポストドクターのための就職活動マニュアル 改訂新版』(アカリク、亜紀書房/本稿では以下「アカリク本」と略)、それから2014年刊行の『人文・社会科学系大学院生のキャリアを切り拓く : 〈研究と就職〉をつなぐ実践』(佐藤裕, 三浦美樹, 青木深, 一橋大学学生支援センター 編著、大月書店/本稿では以下、「一橋本」と略)の2冊です。

『大学院生、ポストドクターのための就職活動マニュアル』書影/2017年に改訂版を刊行
『大学院生、ポストドクターのための就職活動マニュアル』書影/2017年に改訂版を刊行

前者はもともと2010年に刊行のものを改訂したもので、今のところ、文系大学院生にとって唯一の就活マニュアル本と言えます。

それから、後者は一橋大学の研究者などがまとめた学術書ですが、こちらにも文系院生の就活を丁寧にまとめています。文系院生向けの就活マニュアル本と言えないこともないでしょう。

『人文・社会科学系大学院生のキャリアを切り拓く』書影/学術書なので一般書店では置いてあるところがほぼないのが残念
『人文・社会科学系大学院生のキャリアを切り拓く』書影/学術書なので一般書店では置いてあるところがほぼないのが残念

アカリク本の著者であるアカリクは大学院生・ポストドクターの就職支援事業を展開しているベンチャー企業です。

 本の冒頭では、大学院生のネガティブな話もあえて書いています。

「世間の一部の人は、大学院生に対してマイナスイメージを持っていることがあります。具体的に挙げると、『頭はいいけれど腰が重くて行動力がない』、『研究以外には興味がない』、『やりたいことしかしない、マイペース』、『何の役に立つのかわからない研究をしていて、理解できない』、『学部生に比べておとなしい人』というものです

この冒頭で読む気をなくした、とする文系院生も多いかもしれません。が、ご安心を。

アカリク本は文系院生にとって強力な味方となってくれるであろう、良書です。一橋本と合わせて読むことをお勧めします。

さて、本稿では、アカリク本・一橋本に書いていることを整理したうえで私・石渡の取材経験を加味して、落ちるポイント・ハードルについて8点まとめてみました。

まず、1点目。大学院生であれば文系、理系問わず研究に忙しいのが当然です。この忙しさこそが文系大学院生の弱点です。

研究に忙しければ、どうしても就活は後回しになりがちです。後回しになれば、その分だけ就活の情報量が少なくなります。

特に企業・業界研究が進まず、1日インターンシップ・セミナーなどに参加できないと、就活を通しての成長が遅くなってしまいます。

文系院生の落ちるポイント・ハードルその2~年齢格差/年下の同僚・先輩社員とうまくやれるのか

 2点目は年齢格差です。修士だと、ストレートで入っていても学部卒に比べて2歳年上になります。留年・浪人をしていれば3~4歳違う、ということもあり得ます。

 入社後には、同僚はもちろん、年下となります。先輩社員が年下となることもあるでしょう。入社してから、年下の同僚・先輩社員ともうまくやっていけるかどうか、そこを企業側は懸念します。

 30代、40代にもなれば、数年程度の年齢差など、それほど気にならなくなります。が、10代だと、先輩・後輩の違いがはっきりしており、年齢差を利用する高校生・大学生も少なくありません。その点、20代前半はちょうど過渡期にあります。

 年下の同僚・先輩社員にもきちんとコミュニケーションを取れれば問題ありません。が、そうでない場合、就活で失敗する確率は相当跳ね上がると言っていいでしょう。

文系院生の落ちるポイント・ハードルその3~議論で論破してしまう

 3点目は、議論慣れしている点です。本来ならこれは大学院生の長所であり、この点を見込まれて就活を有利に進めることも少なくありません。

 問題は、議論慣れしすぎているあまり、学部生の議論が幼く見えることです。学部生と一緒になるグループディスカッションで、その幼さ・稚拙さを指摘したり、意見を押し通そうとする大学院生がときどきいます。大学院生側に悪意がないとしても、学部生からすれば「年上であることを利用した」ととらえてしまいます。何よりも採用担当者が「議論はうまいが、他の学生を攻撃しているだけ」とマイナス評価をしてしまいます。

文系院生の落ちるポイント・ハードルその4~企業・業界を批判・評論

これは社会学系統や経済学系統の院生に多い話です。研究によっては扱うテーマを批判的にみることが多々あります。

 研究としてはそれでもいいのですが、テーマとして扱った企業・業界を受けるときが問題です。研究に引っ張られる形で、批判的な見解をまくし立てると、採用担当者は「こいつは評論家と同じ」としてマイナス評価をしてしまいます。

文系院生の落ちるポイント・ハードルその5~専門性を生かそうとしすぎる

学部生でも、一部の学部・学科では専門性を生かそうとして自滅する就活生がいます。専門性を生かそうにも、その専門分野の就職先が少ない(または、他学部・学科と奪い合う)からです。

 これは文系大学院生にも言えます。シンクタンク・コンサルタント・公務員専門職などはそもそも少数激戦。どの大学の大学院だから行ける行けない、というものではありません。まして、学部の偏差値など問題外。

 少ない就職先をどうにかしようとしても、どうにかなるわけがありません。

 それから、専門性を生かそうとして、自分の研究について長々話をしすぎてしまう、というのもマイナスです。

文系院生の落ちるポイント・ハードルその6~勝手に圧迫面接と思い込む

いまどき、圧迫面接を展開する企業はごく少数しかありません。まして、文系院生が選考に参加する総合職採用ではほぼ皆無と言っていいでしょう。

 ところが、大学院生によっては、就活で圧迫面接を受けた、と主張します。よくよく話を聞くと、その質問がこれ。

「大学院で××という研究をしながら、弊社を志望する理由は何ですか?」

 質問する企業側は、圧迫面接という意図は全くありません。素朴な疑問として聞いているだけです。

 ところが、大学院生によっては、この質問をうまく答えられず圧迫面接と感じてしまいます。

 他にも、大学院生の生活についてあれこれ聞かれて、意図がわからないまま自滅、というケースも多くあります。

文系院生の落ちるポイント・ハードルその7~院生なのに、院生の話をしない

 その5と真逆ですが、院生なのに、院生としての研究や生活を一切アピールせず、出すのは学部時代か、高校以前の話ばかり、という院生も多くいます。

院生の落ちるポイントとしてよく挙げられるのが、研究の話をしすぎることです。本稿でも、落ちるポイント・ハードルその5で出しました。

が、院生なのに一切出さないと、よほど自信がないのか、と誤解されてしまいます。

文系院生の落ちるポイント・ハードルその8~企業側の先入観・偏見/就活する文系院生の少なさから来るネガティブさ

 大半の企業では、文系院生が総合職採用の選考に参加するのは数人程度、あるいはゼロです。数が少ない分、採用担当者は大学院生についての情報を持っていません。

 となると、文系院生のステレオタイプ(研究はしているけど、関心のあることしかしない/学部卒での就活が失敗したから仕方なく院進学をしただけ/他多数)に引っ張られてしまいます。

 それどころか、少数の事例から大学院生の悪いイメージが定着してしまう、ということもあります。

 例えば、服装・身なりが汚い院生が以前に来ていると、「文系院生は身なり一つ、きちんとできていない」。

就職氷河期でも強かった立教大文学研究科の文献

 ここまで、文系院生の落ちるポイント・ハードルを8点挙げてきました。

 文系院生はさらに落ち込んだかもしれませんが、ページを閉じるのは少々お待ちを(2度目)。

 実は、文系院生、就活で苦戦すると言っても、その大半は克服可能なものばかりです。

 それは現在よりも就職状況や悪かった就職氷河期の文献にも残されています。

『立教大学ドイツ文学論集2012』に掲載された宮地幸「大学院生として就職活動を行う」は著者が2011年12月(修士1年)から半年間、就活したことのエッセイです。

立教大学(著者撮影)/キャリアセンターが熱心なのも影響した可能性ありだが
立教大学(著者撮影)/キャリアセンターが熱心なのも影響した可能性ありだが

著者は、文学研究科ドイツ文学専攻から、著者は3社から内定を得ます。

 しかし、就活初期には書類選考での不合格が相次いでいました。

その頃はまだ自分が就職活動を行ううえで、大学院生であることに自信が持てず、エントリーシートでも大学院のことではなく、学部の時のことを書いていました。

 まあ、ここまでは文系院生としてよくある話。

 ところが、キャリアセンター訪問で、エントリーシートの内容を大学院での話に変更します。すると、状況は一変しました。

面接は慣れるもので、正直なところ、大学院の正課で行われるコロキウムという発表と討論の授業よりも、面接の方が断然リラックスして臨めたと思います。そういった点で、私は大学院生であることの利点を感じました。現に、面接官の方から「あなたは自信に溢れているね。やっぱり大学院生は違うよ」などお褒めの言葉を頂いたこともあります。その頃から、私は大学院生であることを誇りに思うようになりました。就職活動を始める前までの不安は、面接をこなすにつれてだんだんと消えていったのです。大学院生を必要としないならば、エントリーシートの段階で落とされるはずです。しかし、面接まで進んだということは、もはや大学院生であることはデメリットではなく、思う存分に大学院生であることをアピールできるということです。大学院生であることに負い目を感じる必要はないのです。

文系院生は弱くない、じゃない、強い!

 先の文献は、院生就活が文系であっても就職氷河期であっても、本人のモチベーション・工夫次第で大きく変わることを示しています。

 先に私が挙げた、文系院生の落ちるポイント・ハードル8点も、「その8/企業側の先入観・偏見」以外は院生本人の努力・工夫でいくらでも改善できます。

「その1/時間がない」は時間がないならないなりに情報収集をするしかありません。

「その2~7」は、これらについて最初から注意していればいいでしょう。

 そして、「その8」も企業を批判するには及びません。院生の側が動いていけばいいだけのことです。服装・身なりはきちんとする、あるいは、大学院生としての強みをきちんと話すようにしてみてください。

『アカリク本』でも、次のように伝えています。

研究で得た、自分にしかできない体験を論理的に話し、面接担当者にあなたが社会やビジネスで活躍できる人物であることを伝えることが大きなポイントとなります。

※196ページ

文部科学省・学校基本調査によると、平成29年の修士卒の就職率(正確には「卒業者に占める就職者の割合」)は78.2%。

うち、人文系は49.7%(正規・非正規を含む/以下同)、社会科学系は84.2%です。工学系は90.1%なので、人文系の低さが目立ちます。

 しかし、大学院生が就活を意識し、落とし穴に気を付けていれば、もっと上がるはずです。

 文系院生にとってはネガティブな記事、企業側の先入観・偏見で苦労するかもしれません。その苦労の先に見えるものが、明るい世界となることを強く願うものです。(石渡嶺司)

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計33冊・66万部。 2024年7月に『夢も金もない高校生が知ると得する進路ガイド』を刊行予定。

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