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日大アメフト部大麻問題 学生の申告や告発・危機管理規程を無視 上層部は何を守ろうとしたか

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
筆者撮影 THE PAGE 2023年8月8日 記者会見

不適切判断のオンパレード

10月30日、学校法人日本大学アメリカンフットボール部薬物事件対応に係る第三者委員会の報告書が公表され、翌日の31日に第三者委員会による記者会見が開催されました。会見では「組織としての体をなしていない」「役員の選考基準を見直すべき」「鯛は頭から腐るというけれど頭だけ変えればいいというものではない」と手厳しい指摘が相次ぎました。

93ページにわたる報告書で明らかになったことは、

・保護者からの告発をきっかけに調査で学生が申告したのに処分しなかった

・複数の部員が大麻を使用していることを把握したのにその事実はないものとして大麻拡散の事態を引き起こした

・報道対応で虚偽回答した、危機管理規程やマニュアルを無視し危機管理態勢構築をしなかった。

まさに不適切判断と対応のオンパレード。しかも1年間ずっと是正されずに続いてきた事実を考えると全くの機能不全。この調査報告書の中で最も驚いたのは、調査に対して「間違っていない」「覚えてない」「失念した」と自己正当化し続けるトップ3(林真理子理事長、酒井健夫学長、澤田康広副学長)の態度。大人として恥ずべき態度です。彼らは一体何を守ろうとしていたのでしょうか。

■動画解説 第1部 リスクマネジメント・ジャーナル(日本リスクマネジャー&コンサルタント協会提供)

■動画解説 第2部 リスクマネジメント・ジャーナル(日本リスクマネジャー&コンサルタント協会提供)

昨年11月27日に複数名の大麻使用を知りながら放置

大学が最初に知るのは、2022年10月23日アメフト部の保護者から一通のメールが届いた時です。内容はアメフト部の学生寮内部で大麻疑惑があるとするものでした。それをうけて大学は10月29日に保護者会を開催。その当日複数の保護者からも大麻使用の噂があるとする情報提供があったため、翌日30日から監督とコーチは部員のヒヤリングを開始。

やや時間はかかりましたが、11月27日には部員(以下c部員)から「2022年7月頃、先輩部員に誘われ、アメフト部の学生寮屋上で初めて大麻を使用した。その後も頻繁に誘われており、数回に一度は断り切れず、複数名で使用した(調査報告書P21)」ことを把握。監督は翌日28日に報告書を作成しましたが、この時競技スポーツ部長には提出せず。(報告したのは警察が来た後の12月1日午後。執行部と常任理事会に提出したのは今年の8月23日)つまり、保護者からの情報提供を受けて調査して報告書を作成しただけで、大麻使用をした部員らを処分せず、違法行為を放置し、上司にも報告しなかったのです。

c部員はやりたくない大麻を使用させられ困っていると訴えているわけですから、直ちに止めさせるのが学生寮を管理する大学の責任です。これでは大麻使用を放置したことになり、部員の中で、「ああやっても処分されないんだ」と思われて、上級生はますます大手を振って大麻を下級生に強制使用させてしまう事態に発展すると予測できなかったのでしょうか。

学生個人ではなく、複数名による犯罪であり、学内に健康被害が発生している事実を把握しながら放置してしまったことは、危機管理以前に大人として恥ずべき判断。確かに複数名が大麻を使用していたとなるとアメフト部としての活動は停止せざるを得ません。今年8月の記者会見後に一旦停止した部活動をすぐに再開した際も、複数であることを隠して個人の犯罪だからという理由であったことを考えるとそう見えます。そうならないよう学生の健康よりも部の活動を優先した判断だったのでしょうか。この後、アメフト部の監督、コーチだけではなく、副学長、学長、理事長が知る事態に至っても、複数名による犯罪だとする事実を無視して被害を拡大させてしまいました。

調査報告書の中でも、11月27日の時点で「優れた指導者を寮に居住させて教育的配慮に基づく指導に当たらせるなどして寮の管理を徹底していれば大麻使用の広がりを防止できた可能性は高い」と寮の管理の視点から指摘しています。

薬物担当の警察係官来校後も学長、副学長は調査・緊急対応せず

学生が自主申告した3日後の12月1日に、警視庁組織犯罪対策部薬物銃器対策課係官2名が来校。「2022年5月と11月に警視庁のホットラインにアメフト部内で大麻使用者がいるという通報があった」として、薬物乱用防止講習会を開きたいとの提案でした。対応したのは澤田副学長(元検事)と競技スポーツ部長。酒井学長も報告を受けましたが、何もしていません。ここで少なくとも副学長と学長は、アメフト部内での大麻使用の通報について知るわけですから、直ちに調査をする、あるいは理事長に報告して危機管理総括責任者(常務理事:総務担当)を中心に危機管理態勢を構築するか準備に入る必要がありました。なぜなら、同大学には危機管理規程があり、不正・不祥事の概念(施設管理上の問題や学生の犯罪行為も含まれている)、担当常務理事への報告、総務部や企画広報部との連携、適切な情報開示などの対応手順が定められているからです。

しかし、調査委員へのヒヤリングに対し、学長は「副学長からは講習を受けることだけしか聞いていない」と回答。これについて調査委員は「副学長が講習会について何ら説明しないというのは不自然」「ほとんど記憶にないとの供述に終始した姿勢に照らしても、同学長の供述は採用し難い」と厳しい評価を下しています。学長のコメントが信頼できないとする評価は何度も記載されていることから、いかに調査に対して不誠実であったのかがわかります。

事実把握ではなくなぜ講習会なのか不可解

12月10日に薬物乱用防止講習会は実施され、殆どの部員が参加し、感想文を作成し、警視庁に提出。ここにも疑問はあります。自主申告の欄はなかったのでしょうか。アンケートは意外と効果的で正直に記載する人もいるはずですが、この調査報告書に詳細はありません。警視庁も大学も本気で調査するつもりもなかったのかもしれません。調査報告書に当時複数の4年生が大麻を吸っていたとする供述があることからすると就職への影響を考え、なかったことにしようとしたか。大麻を吸えば当然内定は取り消されるでしょう。有力者の息子であった可能性もあります。大学としては不祥事として処理される方がまだよいとする判断だったのか。警察の動き方も不可解です。内部告発があったのなら警察は学生寮を捜査すべきではないでしょうか。なぜ講習会という生ぬるい提案だったのでしょうか。一般的には捜査し、逮捕し、再発防止で講習会の流れになりますから違和感は残ります。この点は調査報告書は明らかにしていません。記者会見で聞くべき質問だったといえます。

12月の保護者会では「問題なし」と報告、新聞社にも虚偽回答

翌日11日に臨時保護者会を開催していますが、内部告発をしたであろう保護者がいるにもかかわらず、部員の大麻を吸ったという自己申告にも全く触れず「現時点では問題が発生しているわけではない」と報告をしています。保護者からすると「もうアメフト部は信頼できない。自分の息子が大麻犯罪に巻き込まれてしまう。マスメディアに告発するしかない」と思ったであろうことは容易に想像できます。

12月21日に毎日新聞から大学の広報部に取材を求めるメールが届きましたが、大学は澤田副学長の指導により「確認できません」をわざわざ「大麻を吸った事実はありません」に修正し、嘘の回答をしてしまいます。

そして今年の6月30日までさらなる放置が続くのですが、この間も大麻は吸われ続け、部員は健康被害に遭っていたのではないでしょうか。告発した保護者らの絶望は計り知れません。

6月30日の警視庁係官来校時やりとりメモ改ざんの疑い

警視庁組織犯罪対策部薬物銃器対策課係官2名が6月30日に再び来校。理由は、6月19日に「学生寮に大麻部屋がある」「複数名使用している」「指導者も知っている」とする告発メールがあったから。ここで澤田副学長は係官から、「秘密保持を徹底して調査し、学生に自首させるよう依頼された」と主張していますが、警視庁係官とやり取りされた録音を聞き取った調査委員は「犯罪の嫌疑がある者がいたら自首させることが望ましいとの係官らの個人的な考えを述べたものであり、捜査機関が組織として犯罪の嫌疑のある者を自首させることを大学に対して依頼したと認めることはできない」「澤田副学長らが警視庁から秘密保持の徹底を依頼された事実を認めることができない」としています。しかも、係官とのやり取りの内容として記録されたメモは改ざんされた形跡があると報告されています。(P30)

7月6日、部員は薬物を申告したが自首させず

係官来校後も大学は動きません。澤田副学長らは7月6日に警視庁を訪問し、警視庁から「供述だけでも立件できる」「調査してほしい」「大麻の痕跡があれば大学側で押さえて共有してほしい」と伝えられ、この日ようやく薬物の入った缶を発見します。缶の所有者であるアメフト部のf部員は「中身を悪いものだと思っている」と申告しましたが、澤田副学長は、警察に報告せず、学長にも「部員は大麻であることを認めていないので自首はさせられない」と報告。7月6日に本人が「悪いもの」と申告しているのになぜ「自首させられない」と報告して、この後12日間大麻を保管し、18日に報道機関からの問い合わせに「植物片は見つかっていない」と虚偽回答しているのでしょう。学長でさえ、警察への相談の指示をせず、理事長への報告、危機管理総括責任者への連絡もしていません。ここでも昨年12月と同じ事態の軽視とチェック機能不全となっています。

7月18日の保護者告発文受領後も危機管理態勢構築せず、虚偽の取材対応

林理事長への報告は7月13日、別件のついでに副学長から行われたためか、林理事長は「しっかり調査するように」と指示したのみ。7月18日には「日本大学アメリカンフットボール部父母会」と記載された告発文が大学に届き、「各報道機関、日本アメフト協会、関東アメフト連盟にも送る」と記載されていました。しかし、林理事長はこの時点でも危機管理態勢を構築していません。同日、報道機関から問い合わせがありましたが、澤田副学長は「植物片は見つかっておりません」と広報部から回答させており、調査委員はこの回答を「虚偽回答と評価するより他はない(P59)」としています。大麻という鑑定結果が出ていない場合には、一般的には「調査中」と回答するものなのですが。この回答により社会的信用失墜はより深刻な状態になりました。

その2日後の7月20日、ようやく澤田副学長は危機管理総括責任者である村井常務理事へ報告しますが、「あまり騒ぐと情報が漏れる、情報が漏れて学生が逮捕されたらその責任は取れるのか(P37)」(すでに報道機関に告発文は配布されている状態なのに)と述べています。その結果、7月31日の執行部会と常任理事会においても大麻使用について情報共有されないことが決まり、正式に共有されたのは、記者会見後の8月23日という有様。もはや澤田副学長の誤った判断を誰も止められない状況に陥ってしまったといえます。まさにガバナンス不全であり、この状態は田中英壽前理事長の暴走を彷彿とさせます。

8月3日の学生逮捕時に「半数以上が関与」とトップらが報告を受けるが重大と認識せず

保護者からの内部告発文を受け取った翌日の7月19日、澤田副学長は警察に保管していた缶を提出。その缶の中身が大麻と覚せい剤の成分であると鑑定結果が出た8月3日に学生寮への捜索が入りました。その際、澤田副学長は警察から「半数以上が関与している可能性がある」と耳打ちされたため、夕方開催された専門部会でも半数以上の関与が報告されました。この会議に参加した林理事長、酒井学長、村井常務理事、渡辺常務理事はここで半数以上の認識を持ったはずですが、驚いて「半数以上」とメモをしたのは渡辺常務理事だけで、他の人は報告を受けていないと調査委員に回答しています。(P41-42)嘘をついているのか、ぼーっと聞いていたのでしょうか。

加えて、記者会見前日の8月7日に行われた臨時執行部会で、今後複数出てくる可能性があることが議論されていますので、少なくとも記者会見前に複数の関与が警察から発表される可能性について上層部は共通認識を持ったということです。それでいて、この会議の締めくくりで、林理事長は「悪いことは何一つしていないし、嘘もついていないから堂々と臨もう」、学長「何一つ恥じることはない」と発言。

半数以上の学生の関与可能性に危機感を持てないとは、危機管理の知見や認識不足の域ではなく、社会人としての常識から著しく逸脱しているのではないでしょうか。調査委員長の綿引万里子委員長が言う「頭が腐っている」は的を射ています。報告書を読めば読むほど「腐っている」以外に言いようがない。

部員と保護者の反対を押し切って活動再開を判断

こうして、複数部員使用の可能性を認知していながら、8月8日の記者会見では「7万人のうちのたった一人の学生によるもの」と矮小化した回答がなされました。この記者会見は、保護者からの告発文を報道陣が受け取って全て知っている(7月18日に受け取っている)中で開催されていたとする認識もなかったのでしょうか。

それでもトップ3は懲りず、2日後の8月10日には無期限活動中止となっていたアメフト部の活動停止処分を解除してしまいます。この解除の前日、澤田副学長は部員と保護者に対し、「逮捕者が出たら廃部になる可能性がある」と圧力をかけた上で「大麻使用関与者は名乗り出るように」と呼びかけています。部員からは「現時点ではリーグ戦出場を辞退した方がよい。これからも逮捕があるかもしれない」、保護者からは「逮捕者が出たら廃部という判断を学生に求めるのは重すぎる」と意見が出たものの、誰も名乗り出なかったことを根拠として活動再開を決めリーグ戦参加を表明してしまいました。(P48)

しかし、関東学生連盟からは、逮捕者以外が潔白だと言えない、再発防止策が提示されていない、責任の所在が不明などとする理由から不許可と回答されます。それもそのはずで、関東学生連盟も保護者からの告発文を受け取り(7月18日)、複数名の使用の実態は既に知られているわけですから。

林理事長は、副学長に任せきりだったことを8月8日の記者会見の後半で反省していますが、会見後であっても全く行動を改善せず、アメフト活動開始についてチェック機能を果たしていなかったといえます。

批判に向き合うことが危機管理広報の要諦なのだが

調査報告書の中で顕著だったのは、トップ3の特性です。澤田副学長は「立証されなければ事実ではない」とした歪んだ持論に執着し、調査委員のヒヤリングに対しても持論を曲げていません。林理事長と学長は、澤田副学長に任せきりで、トップとして危機発生時にやるべきことを認識していません。

問題が発生すれば、批判されます。その批判に向き合う姿勢を持つこと、そこを出発点にして反省し、改善し、信頼回復を図るのが危機管理広報(クライシスコミュニケーション)の要諦なのですが。

筆者が調査報告書の中で最も驚いたのは、調査委員のヒヤリングに対して、理事長、学長ともに報告を「覚えていない」と逃げの姿勢で回答している点です。とくに学長は係官が来校した昨年12月1日、6月30日と薬物片が見つかった7月6日の3回の要所要所で副学長から報告を受けています。

調査委員は、「警察が来た程度のことしか覚えていないなどと責任逃れともいえる供述に終始しており、酒井学長の供述は採用するに足りないものといわざるを得ない」としており、ヒヤリングに対応する態度そのものが指弾されています。「判断を誤ってしまった。事の重大性を認識できなかった」と潔く認める姿がそこに見られません。

せめて調査委員のヒヤリングに真摯に向き合えば希望がありますが、これでは調査報告書を出しても信頼回復が不可能です。反省できない人は改善できないからです。彼らが守ろうとしたのは、結局歪んだ持論と自分の名誉や立場。上層部の辞任以外手立てはないでしょう。私学助成金は国民の税金です。日本の若者のため、日本の将来のために使われるべきお金なのですから。

危機管理ができる人材と仕組み作りが課題

調査委員は一連の不適切対応を次のようにまとめています。

「目先の責任追及やバッシングを避けるため、自己を正当化し、時には虚偽と評価される報道対応をし、何よりも学生の健康を損ない、大学の基盤を揺るがしかねない大麻が拡散しているリスクにも目をつぶってきたといわざるを得ない。危機管理の最大の目標は、目先のダメージ回復ではなく、最終的な信頼の回復である。その点を全く理解していなかったというほかない」(P86)

原因については、主に暴走した澤田副学長のことを指摘していると思われますが、「関係した執行部の個人的特性や考え方による要因が大きい」としています。

改善策としては、日大の理念を確立することが場当たり的対応の回避になる、理事長・学長の選任手続きについて必要な能力をもっているかどうか合理的なプロセスを検証すべき、違反行為へのペナルティの導入、広告ではない広報機能への転換、総務と広報が連携できる危機管理体制の整備など、具体的かつ実務的な内容です。

調査報告書として極めてよくできています。内容全体としても責任者は実名でわかりやすく(ビックモーターと損保ジャパンの報告書はトップでさえもアルファベット記載で読みにくい。このトレンドは排除すべき)、供述の信頼性も鵜呑みではなく態度から評価し、責任を明確にしている点で優れていると感じました。

調査委員を調べたら、筆者が優れた調査報告書としてしばしば引用しているスルガ銀行の第三者委員会報告書を委員長としてまとめた中村直人弁護士が委員の一人として名を連ねていました。本質を見る目があり、原因考察、再発防止、リスクマネジメント、危機管理のあり方で参考にできる報告書です。

<最後に>

本件では、警察、大学に通報した保護者らは、どちらも動きが遅いため、最終的に報道機関に内部告発をしています。警察以外に、厚生労働省 地方厚生局 麻薬取締部、いわゆる麻薬Gメン、マトリがあります。こちらも併せてホットラインとして活用できると思われるため掲載します。

■厚生労働省 地方厚生局 麻薬取締部 薬物に関する情報提供

https://www.ncd.mhlw.go.jp/form/mail/mail.html

■警視庁 薬物に関する情報提供 

https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/kurashi/drug/drug/joho.html

<参考サイト>

日大アメフト薬物事件で報告書 第三者委が会見(THE PAGE 10月31日)

https://www.youtube.com/watch?v=EVyCpyVGlZw&t=17s

調査報告書 PDF

https://www.nihon-u.ac.jp/uploads/files/20231031115138.pdf

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長

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