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ジャニーズ性加害問題で調査結果、質問する報道陣にもやもや 根本原因への質問なし

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
筆者撮影(THE PAGEより)

ジャニーズ事務所の性加害問題について、外部専門家による再発防止特別チームの調査結果が8月29日に公表され、記者会見も行われました。藤島景子ジュリー社長の退任と解体的出直し、被害者の救済措置制度を提案した点は踏み込んだ提言だといえます。質問に対する説明も丁寧でしたが、性嗜好異常(パラフィリア)については治療できるかどうかがよくわからず。この点を強調できれば現在悩んでいる家族にメッセージが届いたのではないかと思います。一方、報道陣は、根本原因への質問が皆無で、方向性や態度がずれていました。調査報告書の着目点、会見、今後について考えます。

■動画解説 リスクマネジメント・ジャーナル(日本リスクマネジャー&コンサルタント協会)

「解体的出直し」「辞任すべき」と強い言葉

この調査報告書で筆者が着目した点は、ジュリー社長の責任をどう言及するのか、被害者の証言から性加害がどこまで事実認定されるのか、でした。

ジュリー社長に対して調査団がどう判断するのか、そこは今回最大の注目点でした。

 ジャニーズ事務所の現在の代表取締役社長であるジュリー氏は、既に述べたとおり、取締役就任時頃には、ジャニー氏の性加害の疑惑を認識していたと認められる。それにもかかわらず、ジュリー氏は、ジャニー氏存命時の取締役当時はもちろん、自身がジャニーズ事務所の代表取締役社長に就任した以降ですら、性加害の事実の調査等をせず、取締役としての任務を懈怠した。

 ジュリー氏がこれまでジャニー氏の性加害の事実を認めなかったことから、ジャニーズ事務所は、ジュリー氏体制の下でも、性加害の事実は存在しないという立場を取り続け、2023年に入ってもなお、性加害の事実について曖昧な態度を維持していた。

 経営トップたるジュリー氏のこのような考え・態度は、他の役員・従業員の意識に強い影響を及ぼし、ジャニーズ事務所では、ジャニー氏の性加害を「なかったこと」にするという役職員の意識が改められることなく、継続されてきた。ジュリー氏が経営トップのままでは、役職員の意識を根底から変え、再出発を図ることは、極めて困難であると考えられる。

 したがって、ジャニー氏の性加害の事実を巡る対応についての取締役としての任務の懈怠があることも踏まえ、ジャニーズ事務所が解体的な出直しをするため、経営トップたる代表取締役社長を交代する必要があると言わざるを得ず、ジュリー氏は代表取締役社長を辞任すべきと考える。これにより、ジャニーズ事務所におけるガバナンス不全の最大の原因の一つである同族経営の弊害も防止し得ることとなる。(調査報告書 P63)

「解体的出直し」「社長を辞任すべき」と強い言葉で表現した点は、高く評価できるのではないでしょうか。第三者委員会は、調査だけして、経営者はその調査報告を受けて、辞任するかどうかを決める、といった流れが一般的だからです。物的証拠がない中、数多くの証言から性加害を認定し、事実調査も対策もとらなかった経営責任を指摘したのです。

被害者救済措置制度の構築にあたっては、詳細かつ、進め方も示しています。

 被害者救済の公正、中立を図るため、補償について知見と経験を有する外部専門家からなる「被害者救済委員会」(仮称)を設置し、同委員会が被害者の申告を検討して補償の要否、金額等を判断し、不服申立てを処理できるようにすべきである。

 補償金額等を判断するに当たっては、被害者が受けた性加害の態様など客観的事情を考慮して判断すべきであり、公正かつ中立的な判断を行うことができるようにするため、この種の補償に関して知見と経験を有する外部専門家(民法学者等)からあらかじめ意見を聴取した上で「判断基準」を策定しておくべきである。

 本件性加害が密室で行われており客観的証拠が残りにくい性質のものである上、加害者のジャニー氏が亡くなっていることを考えると、被害者の側に性加害の事実認定について法律上の厳格な証明を求めるべきではない。

 また、ジャニー氏の性加害は、かなり以前から行われており、消滅時効が成立していることも考えられるが、被害者の真の救済を図るために、時効が成立している者についても救済措置の対象とすべきである。

 さらに、現在、ジャニー氏から性加害を受けた被害を自ら申告することを躊躇している被害者も数多くいると思われる。多くの被害者が安心して被害申告をして適切な補償を得られるようにするため、ジャニーズ事務所としては、被害者救済措置制度について対外的に広く公表するとともに、被害申告しても被害者の情報は守られ、安心して利用できる制度であることを確保した上でその旨を説明し、未だ名乗りを上げていない被害者が被害者救済措置制度を利用しやすいようにし、被害者を広く救済できるようにすべきである。(P59)

被害者目線に添った納得の内容です。林前検事総長の睨みがこのように反映されるのは、国民としても心が救われる思いがします。補償の部分まで踏み込んだ第三者委員会の報告書は珍しいのではないでしょうか。しかも、逃げられないようにかなり細かく進め方を記述してあります。被害者の期待に応える形となりました。

性嗜好異常は治療できるのか

1点残念だったのは、性嗜好異常の治療ができるかどうか、どう治療できるのか、の記載がなかったこと、会見では「治療が必要だった」と飛鳥井精神科医は述べていますが、そこまででした。

ジャニー氏に顕著な性嗜好異常(パラフィリア)が存在していたことを強く裏付けるものである。性嗜好異常とは、性愛の表現型が異常な、強烈かつ持続的な性的関心を特徴とするものであるが、もっぱら未熟な思春期少年を性愛対象としたジャニー氏の性的関心と同意なき性行為の強要が長年続いたことは、被害者の年齢層(中心は13~15歳)がいわゆる小児性愛(13歳以下)に比べ定義上は若干高くなるものの、まさに性嗜好異常の一型とみなすことができるものである。したがって、ジャニーズJr.の思春期少年に対して、長年にわたり広範に行われた性加害の根本原因は、ジャニー氏の個人的性癖としての性嗜好異常にほかならない。(P42)

根本原因は明記されましたが、性嗜好異常が治療できるかどうかの記述がありません。姉であったメリー氏もあきらめてしまったと記述されています。

メリー氏は遅くとも1960年代前半には、ジャニー氏の性嗜好異常を認識していたとするのが蓋然性の高い事実であると考えられる。したがって、メリー氏は、ジャニー氏の性嗜好異常と、それによる少年たちへの性加害が続いていることを知りながらも、その行為を否認し改めようとしないジャニー氏の行動を止めるのを断念したことで、結果として放置する形となり、外部に対してはジャニー氏を守り切るために徹底的な隠蔽を図ってきたものと考えられる。このように、ジャニー氏の性加害に対して、メリー氏が何らの対策も取らずに放置と隠蔽に終始したことが、被害の拡大を招いた最大の要因である。(P44)

一般的に性癖は治らないと思われて放置されがちで、筆者も性癖は治らないと思い込んでいました。しかし、カウアン氏の告発会見後、性犯罪の再犯率について詳細に調査した結果をまとめている犯罪白書(平成27年)を調べると、性犯罪再犯率は13.9%。初犯で収束する人の方が多いことがわかりました。窃盗、麻薬、詐欺の再犯と比べて決して再犯率が高いとはいえないことを考えると、適切な更生プログラムで予防ができるということになります。実際、法務省でも2005年に性犯罪者処遇プログラムが開発され、保護観察所で実施されています。*1

これまでの報道で性嗜好異常(パラフィリア)という言葉の認識はなくても小児性愛の病気だろうと予測はできたので、新しい情報ではありませんが、ここで加えてほしかったのは、治療できた可能性の記述です。いわゆる先天的なDNA異常のあるケースとは異なると思われます。同じ事件が二度と起こらないようにするために、性嗜好異常(パラフィリア)は病気であって治療が可能であったと報告書に記載し、記者会見でも強調すれば、現在、息子や弟、夫や父(小児性愛は男性に多いようで)といった家族の性嗜好異常を疑ったり、悩んでいたりする人が治療を開始するきっかけになったのではないかと思います。

一方、この根本原因について報道陣からの質問は皆無でした。「性嗜好異常は病気ですか?治療できますか?日本にはどの程度いるのですか?家族はどうすればいいですか?メリー氏は具体的にどこに相談すればよかったのですか?」といった質問がなかったのです。前回の会見同様「事実認定はどのように行ったのですか」「ヒヤリング対象は現役もいるのですか」「どのように報告書を渡したのですか」といった本質的ではない点にばかり質問が集中していました。根本原因にアプローチして再発防止に役立てるにはどのような質問をすべきかといった発想に欠けていたように見えます。

60年放置の衝撃と「沈黙」の責任

調査報告書で着目した点をもう1点追加すると、それは性加害の期間を明記したことです。

「今回ヒヤリングを行った被害者の供述から、ジャニー氏の性加害の事実が1950年代から2010年代半ばまでの間にほぼ万遍なく存在していたことが認められた(P21)」「少なく見積もっても数百人の被害者がいるという複数の証言が得られた(P21」「元ジャニーズJr.がジャニー氏による性加害に遭った時期は、1970年代前半から2010年代半ばまでの間に万遍なく続いており、しかも同時期に多数のジャニーズJr.が被害を受けていたことも証言からあきらかとなった。したがってジャニー氏によるジャニーズJr.の思春期少年に対する性加害は、長年にわたり広範に行われていたことは紛れもない事実である(P42)」とあります。

ジャニーズ事務所設立前からの性加害も加え、60年間も少年達が被害を受けたのです。しかも可能性ではなく、「紛れもない事実」と確信を持った言葉で表現されています。既にネットでは多くの証言がなされていたことから、新しい情報ではありませんが、汚点ではありますが報告書でまとめられたことで歴史に刻まれた意義はあります。

では、なぜ60年間も放置されてしまったのでしょうか。メリー氏や事務所といった当事者が隠ぺいするのはありがちですが、通常であればマスメディアが報道することでチェック機能が働かなかったとし、「マスメディアの沈黙」が背景として指摘されました。「古くは1960年代から問題視され、週刊誌で報道されていた(P29)」のですが、マスメディアは追いかけていなかったということです。

2000年初頭には、ジャニーズ事務所が文藝春秋に対して名誉毀損による損害賠償請求を提起し、最終的に敗訴して性加害の事実が認定されているにもかかわらず、このような訴訟結果すらまともに報道されていないようであり、報道機関としてのマスメディアとしては極めて不自然な対応をしてきたと考えられる」「ジャニー氏による性加害も継続されることになり、その被害が拡大し、さらに多くの被害者を出すこととなったと考えられる。(P53)

出席した報道陣からは、「マスメディアを調査しないのはなぜか」といった質問がありましたが、これには大きな違和感を持ちました。再発防止特別チームが調査しないことを批判できるような立場なのでしょうか。当事者意識に欠け、責任転嫁のような質問に見えてしまいます。せめて自ら反省の気持ちを込めて質問する態度であってほしかったと思います。マスメディアを検証するのは自分達で行うべきこと。

加えて、残念なことに沈黙しているのはマスメディアだけではありません。共同通信が7,8月に実施した調査では、

所属タレントをCMに起用すると自社のイメージにどんな影響が及ぶかについては「企業イメージが良くなる」が0社だったのに対し、「悪くなる」が8社だった。「変わらない」は6社。「回答を控える」などと記入した企業と空欄の企業は計91社に達し、大半の会社は答えなかった。(9月2日 共同通信)*2

各業界を代表する114社にジャニーズ問題について質問し、91社が無回答。まさに沈黙の状態ではありませんか。この結果に絶望せざるを得ません。この期に及んで、沈黙する日本企業をどう見たらいいのでしょうか。ちなみに、取引先の人権侵害の予防、軽減に努める必要があるとする国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」は2011年6月策定されており、日本政府も「ビジネスと人権」に関する行動計画を2020年10月に発表しています。*3

沈黙の原因を国民は知る権利があります。ジャニーズ事務所がこれまでいくら稼ぎ、そのお金を口封じに記者やマスメディア幹部、スポンサー企業、政治家にまで使っていたのかと疑念が湧きます。ジャニーズ事務所の売上と経費の使われ方も明らかにする必要があるのではないでしょうか。日本社会としてのけじめはまだまだこれからです。

*1

法務省 性犯罪者処遇プログラムの概要

https://www.moj.go.jp/content/001322887.pdf

*2

ジャニーズ起用に大企業が懸念 今後の契約方針は回答ゼロ | 共同通信 (nordot.app)

https://news.yahoo.co.jp/articles/0f850e2b1ef93b7ff3352911ac9349ed59a389c4

*3

当事者意識はどこ? ウイグル強制労働問題の会見でみえた日本メディアの報道責任(石川慶子)

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/99926cf005a1a4b2ff1978304e4488c146045903

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長

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