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ジャニーズ性加害事件の背景と被害者支援 「子どもへの性暴力」著者が語る

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
(写真:イメージマート)

元ジャニーズジュニアで俳優・ダンサーの橋田康さんが日本外国特派員協会で5月26日に記者会見し、ジャニー喜多川氏から性的虐待を受けたことや児童虐待防止法改正の署名活動と被害者相談窓口設置について説明しました。一方、ジャニーズ事務所も同日、心のケア相談窓口の開設と外部専門家による再発防止特別チームの発足について発表しました。この問題、テレビ局も報道に踏み切り、国民に知れ渡りました。再発防止のためには、被害者支援や被害の実態を把握し、直接原因だけではなく、環境要因にも向き合う必要があります。そこで、「子どもへの性暴力―その理解と支援―」(2013年 誠信書房)の著者、藤森和美(武蔵野大学 名誉教授/公認心理師・臨床心理士)さんにジャニーズ性加害事件の背景や被害者支援についてお話しいただきます。(2023年5月29日インタビュー)

NOと言っていいと教育されていない

石川:10年ほど前、私が報道におけるダメージコントロールを手掛けた学校でのクライシス対応で、藤森先生には生徒、保護者、先生方への心のケアに関して組織的な体制を構築していただきました。その頃、先生の「子どもへの性暴力」を読みましたが、衝撃が大きすぎて受け止めきれず、特殊な人たちの話だととらえて思考を停止してしまったように思います。今回のジャニーズ性加害事件は、組織トップの性加害であること、経営者の行動であり、周囲も知っていて半世紀も放置され、被害者の数が膨大になってしまいました。思考停止している場合ではないと自分でも危機感をもってこの問題を取り上げています。一体なぜこのように長年放置されてしまったと思われますか。ビジネスとしての見返りが大きかったからなのでしょうか。

藤森:性被害を考えた時に、子どもが対象であるっていうことは、結局、性そのものの、まず同意がきちんとできない年齢であるっていうことです。OKとかNOがわからない年齢です。女子も男子もそこには性差がなく、野放しになっていました。

学校でよくあるのは、これを我慢したら、コーチや監督の言うことを聞いたら、部活で出場選手になれる、高校の進学に有利になるということです。中には、先生に気に入られたいと思って、本当に恋愛感情も生まれてくることもあります。問題はそこにパワーが常に行使されていることです。子どもが同意していたかどうかとは実は全く関係のないことで進んでしまう。そもそも、子どもは、はっきりNOと言っていいと教育されていません。*1

石川:確かにビジネスに限らず、子どもは大人の言うことを聞かなければいけないと教育されます。

藤森:日本の中で上位の人にNOってはっきり言いましょうと教育されていないし、加害者側はうまく囲い込んでいく。NOって言ってないよね、嫌じゃないよね、といった形にもっていきます。報酬や現金を受け取ると、子どもは嫌だった、つらかった、とは後で言い出しにくい状況は生まれてしまうと思います。

石川:元ジャニーズ事務所タレントたちがずっと抱え込んだまま、家族にも言えなかったと証言しています。抱えたままだとどういった後遺症が出るのでしょうか。

藤森:その人の自尊心に関わってきます。YESって言わなくても同意なんだ、と学んでしまう。服従と支配、支配下における同意を学んでしまうわけです。とても親密な人間環境を作ろうとした時に、いびつなことが起きてしまう可能性はあると思います。例えば、自分が誰かに似たような関係性を再現してしまい、服従と支配で物事を解決していこうとするかもしれません。

■動画解説(日本リスクマネジャー&コンサルタント協会)

体の反応と被害感情の処理ができない、情報もない

藤森:また、男性の場合には多いと思うんですが、子どもであっても性器を触られたり、いじられたりすると、やっぱり興奮をする、勃起をする、気持ちがいいと感じてしまうこともあります。もうちょっと年齢がいくと、そのことによって射精してしまう。射精そのものは快感なので、自分は快感を持ってしまっているのだからNOではないんじゃないかと思い込んでしまう。本当に嫌だったら、そんなこと起きないんじゃないかと。体の中で快感が走ったとなると罪悪感として残ることで自分が被害者だと言っていいのかどうか悩んでしまいます。

石川:体の反応があるからそこを判断基準にしてしまうっていうことですね。

藤森:はい。女性の場合でも、性交、レイプされた時に性器がぬれてきたとか、声を上げたとかっていうのは、快感を感じたから同意なのだと裁判で争われたことがあります。体が快感を感じて射精してしまう、オルガスムスを感じるっていうことと、同意をしていないセックスをしたことは全く別問題なんだ、といったことを多くの人が知らないし、誤解を与えやすいのだろうと思います。特に幼いお子さんたちだったら、そう思ってしまう可能性はあります。

今回のことは裁判にはなっていないので、どういう被害を受けたか詳細にはわかりません。報道されている被害内容は僕のと違う、僕の体験はここまでなんだけど、どうなんだろう、と悩んでらっしゃる方も実はいるのではないでしょうか。

石川:曖昧だから余計によくわからず、1人で抱え込んでしまう。重要なのにわからないから憶測が流れてしまう。お話を聞いていると、やはりきちんとした被害実態の調査こそが救済につながると感じます。

グルーミングは被害認識を持ちにくい

石川:先ほど「支配と服従」についての話がありました。BBCの報道では、「グルーミング」という言葉が使われていました。似ているのでしょうか。

藤森:似ていますがやや違います。対等な関係じゃない形で支配をする、精神的に縛ってしまっているという意味では同じです。グルーミングは毛繕いという意味が語源ですから、世話好き、ケアをするイメージで優しいアプローチです。よしよしをするとか、プレゼントをするとか、美辞麗句を言う、おいしい話をしていく。被害者の方たちの弱み、飢えている子を目がけて使うのでとても効果があります。支配されている側はとても優しい言葉を言われるので、私を愛しているんだ、好きなんだ、目をかけてくれているんだ、と思うのです。性被害というと、無理やり衣服を引き剥がされて、押し倒されて、けがをするようなレイプっていうのを想像しがちですけれどもそれとは異なります。服従と支配の中には、支配側が脅す、他に言うよ、親に言うよ、このことをばらすと君はもうここにはいられないよ、といった形になります。

石川:グルーミングは、支配と服従の関係よりも被害意識を持ちにくいということですね。

藤森:そうですね。なかなかそこから目が覚めないので、裁判でも、子どもはその人のことを好きだとか、愛しているとか、嫌じゃなかったと言う場合も往々にしてあります。法律では13歳以上になっていないから駄目なんだよ*2、と言っても、被害者意識がなかなか湧いてこない。裁判が終わって1年以上過ぎてから、やっぱりすごくあれは変だったとか、嫌だったっていうのがわかってきたりします。

石川:元ジャニーズの方々は、事務所を出てから10年以上経っているのに、今も好きだとか感謝していると言っています。グルーミング効果が続いているのでしょうか。あるいは被害よりも得たメリットが大きいからなのでしょうか。

藤森:かもしれないですし、あるいは、嫌だった、気持ち悪かった、屈辱的だった、何も知らなかった無垢(むく)な子ども時代を返してほしい、そういう気持ちを持っていいんだ、ということが保証されていないから言えないのかもしれません。ジャニーさんが嫌じゃなかった、感謝していると語っている報道を聞くと、余計に言いづらいのかもしれません。もしくは、さっき言ったように快感を持ってしまっていた自分をどう処理していいかわからない、嫌だっていうことを言っていいのかどうか今も悩んでいるかもしれません。

本当に整理できているかどうかはわからない気がします。性被害の問題って死ぬまで抱えてらっしゃる方が多いので。人生の後半になって出てくることも珍しくはないのです。今は症状や気持ちが揺れたり、増悪したり。押し込めているかもしれないですよね。

石川:被害を安心して語れる場を用意することが重要になるのですね。相談窓口を用意して待っているだけでは足らないように感じます。積極的に調査をする必要がありそうです。

性被害報道には相談窓口も掲載すべき

石川:性被害者への支援はどのように進めていくのがよいのでしょうか。

藤森:日常生活にどのくらい適応できているのか、気分の浮き沈み、身体的な問題というのがあります。ですので、被害相談を受け付けるワンストップセンター支援センターの電話番号を報道の際に必ず掲載するとよいでしょう。既に自殺報道では相談窓口が掲載されるようになりましたが、これは厚労省とメディアとの協定でそうなりました。性被害もただただ流す情報になってしまうと非常にリスクが高いといえます。

石川:5月26日、ジャニーズ事務所は相談窓口開始を発表し、元ジャニーズの橋田康さんも記者会見で被害者相談窓口を設置すると発表しました。橋田さんは「ジャニーズ事務所だと相談しにくい人がいるから、同じ被害者として相談を受けて、まとめた上でジャニーズ事務所に報告する」とのこと。これに対して、記者からは「専門家じゃないけど大丈夫ですか」と質問がありました。被害者が相談を受けることについてどう思われますか。

藤森:確かに被害者の集まり、同じ疾病同士によるピアのカウンセリングはあります。注意したいのは、ご自分はクリアしていると思っても聞いているうちに自分自身の問題が再燃してくることもあったり、ご自分の体験が中心になってしまったりするため、自分とは違う意見を持つ人とか、違う症状を持つ人を理解できるかどうかです。客観性やご自分自身の健康度との問題を考えると、専門家のスーパーバイズなり支援者を巻き込んだ形で進めていくとよいでしょう。

また、被害者への誹謗中傷もあるのできちんと権利を守っていけるような形で運営していくためには、精神医学、心理学、法律家等のサポートが必要だと思います。ジャニーさんだけではない問題が複合的に絡んでいる可能性もあります。性被害だけではなく、その人のバックグラウンド、家庭環境や経済的側面、あるいは発達障がいなどがあります。どうアセスメントしていくか臨床的な経験が必要でしょう。

被害者は心理教育で症状を把握して

石川:被害者からの告発の中で、時々思い出してフラッシュバックがあると語っていた方がいます。

藤森:被害に遭った人たちにはまず心理教育が必要です。どのシーンがどのくらいの頻度であって、日常生活にどういうふうに関わってくるかとか、フラッシュバックがある人はフラッシュバックだけってことは普通ないので、他の問題も多分抱えている場合があります。そこのところは、自己診断しないで周囲の人と本当にうまくいっているのか判断していきます。自分の中では普通だと思っていることが、普通の人には、そういうことが起きないんだ、と気づいてもらいます。相談というよりも、こういうことが起きるかもしれない、起きたらどうされていますかと、心理教育を受けていただきながら進めます。サイコエデュケーションといいます。

石川:なるほど、「心理教育」ですか。学んで予測しながら気づいていく。リスクマネジメントそのものです。効果的な気がします。

みんなが魔法にかかってしまった

石川:そもそも性の問題って、なかなかオープンに話ができない。だから子どもは性被害を言いにくい、親も対応が遅れる。50代前後の私のママ友の中には、芸能界は枕営業が普通でしょう、少年なら妊娠リスクないでしょう、有名になりたいならそれくらい我慢しなきゃ、といった意見を述べる人がいました。性についてはさまざまな考え方がありますが、たとえ芸能界であっても、子ども達は性被害を我慢する環境であってはいけないと思います。その点、橋田康さんは記者会見で真っ当なコメントをしていました。「厳しいレッスンもあるし、人一倍努力しないといけないけれど、性被害はしなくていい経験だ」と。全くその通りです。

藤森:私はジャニーズの問題ですごく心配なのは、保護者の意見が全く出てこない点です。子どもから親御さんへの相談はほぼなかったのでしょう。芸能界は枕営業をしてのし上がっていくものだ、といった考え方は全く筋違いな話です。子どもの人権が踏みにじられていると思います。もし被害を容認していたなら、家庭の中で親が子どもを殴る分にはしつけなんだ、夫婦間での暴力は当たり前だ、といった環境と同様で、明らかに虐待といってよいと思います。

保護者が性の話をきちんと子どもとできるケースは少ないのかもしれません。性被害があってもどうしたらいいかわからず、そっとしておく、なかったことにしようとする、忘れなさい、と言ってしまうこともあるかもしれません。先ほど申し上げた心理教育ですが、これを受けても抵抗する方がいらっしゃいます。保護者自身に性被害の体験があると、今度はご自分のトラウマに触れなくてはいけないから、子どもの被害に真正面に立ち向かえないケースもあります。世代間を貫いたトラウマの話になることも少なくないです。自分は我慢してきたのだから、子どもに我慢させようとしたりすることもあるし、健全に驚いて慌てて専門家に相談しなくちゃ、となる人もいます。

石川:周りの人たちが止められなかったことによる被害拡大が今回の問題の根っこにあります。平本淳也さんの証言*3では、合宿所だけではなく、レッスン場でも少年たちを膝の上に乗せて股間を触っていたとのことです。誰も止めないから、加害は図に乗る。自分はやっても許される立場なのだと思う。被害者だけではなく、このようなことを目撃した場合は、周りの人も行動を起こす勇気が必要ですが、それがなかった。周囲にいた大人の意識の欠如もあるのでしょう。組織としての責任は重いと思います。

藤森:企業でもやっとハラスメントの問題がクローズアップされるようになりました。結構、時間がかかりましたよね。女性への性暴力に対する理解も最近ですよね。やっと声を出せるようになりました。それでも被害者側が声を上げると、いや、あれは同意だったろうと裁判で徹底的に争われ、ものすごくたたかれるっていう状況がありました。

「#MeToo」運動の中で、やっと理解されるようになりました。男性の性被害は、まだまだ理解されていないし、女性に比べて軽いんじゃないかとか、大したことないんじゃないかと思われています。例えば、軍隊とか刑務所では、昔からありました。女性の代わりに性行為をさせられて言えない人たちも、多分、昔の人でもたくさんいただろうし、知っていたけれど、語られてこなかったのです。日の目にさらされてないことが大きな問題なのです。

学校現場もそうです。先生たちが生徒たちを殴っちゃいけないとか、体罰はいけないとか、小学生でも膝とか触っちゃいけないのに、今でも、先生たちは触っただけ、指導しただけだと言っています。指導者には教育しなくてはいけないし、子ども達にも嫌だったら訴えていいと言える風土を作っていかないといけません。基本的には、こういう問題が性被害として出てくる背景にはパワハラがあります。パワハラがある組織には、性被害も起こりえます。

石川:今回の場合、有名タレントになるという、ものすごく大きなご褒美があるから、余計にみんなが言えなかったのかもしれません。

藤森:でも、客観的に考えると万に一つに近いですよね。有名タレントになれるかどうかっていうのは。それをみんな信じちゃっていること自体がちょっと魔法にかかっているような状態です。

石川:魔法に、、、確かに。宗教みたいに。業界全体、日本全体が魔法にかかっていたのかもしれません。魔法から目覚めるためにはどうするか。たとえ目を背けたくても避けずに、事実に向き合う。藤森先生のお話をお聞きしながらそう確信しました。被害者も周囲の人たちも、沸き起こってくる怒りや悲しみ、嫌悪感といった感情を抑え込まずに表現していくこと。そうすることで必要な制度や仕組みが作られ、再発防止につながるのだと感じました。

今回のジャニーズ問題を話題にすると私の周辺でも元ジャニーズ事務所タレントが3人もいたことが判明しました。それほど身近な問題だったということです。だとすると全国各地の自治体に被害少年がいたと予測できます。この問題、被害の実態を解明し、背景にある問題にも迫ってけじめをつける必要があるといえそうです。私自身も10年前に先生の本を読んでおきながら、目を背けて封印し、思考停止をしてしまった自分への反省も込めて向き合っていきたいと思います。本日はありがとうございました。

*1 性の同意についての子ども向け解説動画

Consent – it’s simple as tea(日本語版)

思春期・青年期用

幼児・児童用

https://www.youtube.com/watch?v=xxlwgv-jVI8

*2 現行法では日本の性交同意年齢は13歳。明治時代から変わらず、先進国の中で最も低い同意年齢。性犯罪に関する刑法は2017年に110年ぶりに改正されたが課題が残る。わかりやすい解説は、NPO法人3keys

https://3keys.jp/issue/d01/

*3

英国人記者が見た「日本特有の問題」ジャニーズ性加害問題がうつす日本【5月25日(木)#報道1930】|TBS NEWS DIG

https://www.youtube.com/watch?v=XQAV7oYvB3A

■性犯罪・性暴力被害者のための相談窓口(内閣府)

・ワンストップ支援センター 全国共通短縮番号#8891

https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/seibouryoku/consult.html

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長

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