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「やっぱり山に帰そうか」鼻がもげた野良猫、思わぬ運命が

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

野良猫だったミオちゃんが、Mさんに連れられて当院にやってきたのは、2週間前のことでした。

「先生、コロナやけど病院、まだ診察時間かな」とMさんは、少し遠方なので電話をかけてきました。Mさんは、2キロにも満たない、鼻がもげて呼吸するたびに、ヒューヒューと音が鳴っている猫を連れてきました。

鼻の病名は「扁平上皮がん」で、がんの中でも比較的治療が難しいものです。他の動物病院に通っていましたがなかなかよくならなかったので、筆者の動物病院にいま通っています。

なぜ、Mさんがこんな寛解が難しいミオちゃんを飼うことにしたか、現在の保護主であるMさんとミオちゃんの出会いを見ていきましょう。

ミオちゃんは初めはAさんに保護されいた

扁平上皮がん(白く加工している部分)のミオちゃん 撮影は筆者
扁平上皮がん(白く加工している部分)のミオちゃん 撮影は筆者

数カ月前に山里にいた野良猫のミオちゃんは初めは、Aさんに保護されていました。Aさんは、ミオちゃんを見て、鼻に傷を負っていたので猫同士で喧嘩でもしたのかと思っていたそうです。野良猫で鼻から血がにじんでいるような状態でいると命の危険にさらさるれと思ってAさんが家に連れて帰ったのです。

Aさんは、毎日、動物病院に通っていました。それでも、脱水症状もなかなか改善されず、鼻の傷もだんだんと大きくなっていったそうです。

いまの保護主であるMさんもAさんと同じ動物病院に他の保護猫を連れて行っていました。

Mさんは「Aさんは治療費もかかるし、その割には治らないからだんだんどうしようという感じでね。それで、私が声をかけたの、『大丈夫ですか』って」とミオちゃんの出会いを教えてくれました。

筆者は、待合室でも他の飼い主に声をかけているMさんに「困っている人ってわかるのですか」と尋ねました。

Mさんは「がんの子の飼い主さんは誰も悩んでいるけれどね。それでも前向きな人はいいの。でもね、暗くなりふさぎ込んでいる人は、やっぱりよくないからね。気になってAさんに声をかけるようになったの。そしたら、また山に帰そうかといわれてね。それでびっくりして引き取ったの」と遠くを見るような目になりながら話してくれました。

Mさんは個人で猫の保護活動をしている

Mさんは、個人で猫の保護活動をされています。

筆者の病院と少し離れているので、がんの子がいると連れて来られています。野良猫を保護して、快適な環境を提供するだけでも、トイレの世話から食事、そしてお金もかかります。

飼い猫ではないので、保護猫の治療にはやはりそんなにお金をかけられないのが現実です。

その一方で、Mさんは「できる限りのことはやってあげてください。助からないかもしれないけれど、ミオちゃんが横で気持ちよさそうに寝ているのを見るのが好きなんで」とさらっといわれます。そんなフウちゃんの鼻の病気の扁平上皮がんを次に見ていきましょう。

扁平上皮がん

耳や鼻の先端部などの皮膚や口腔の粘膜、膀胱や陰部の粘膜等に発生します。野良猫の場合は、耳や鼻などに多いです。

がんといわれると、盛り上がってくるイメージですが、この扁平上皮がんは、はじめは怪我や潰瘍に見えます。一般の人だと、単なる傷や皮膚病と間違うこともあります。

原因

発生の原因は、はっきりとわかっていません。

野良猫の場合は、紫外線が多く当たっているので、飼い猫より耳や鼻の扁平上皮がんは多いです。これは臨床経験ですが、白い毛の子に多いです。

症状

扁平上皮がんが体表や口腔の粘膜に発生した場合には、被毛が抜けたり皮膚がただれて、じゅくじゅくします。

また膀胱の場合には、頻尿や血尿など膀胱炎に近い症状がみられます。

一般的な治療

外科手術ができるところは切除を行います。しかし、鼻など広範囲な切除ができない部位に腫瘍が発生した場合、抗がん剤治療を行います。放射線治療は、顔などで難しい場合が多いです。

いまのミオちゃん

扁平上皮がんのミオちゃん ふかふかのリンゴ柄のエリザベスカラーをして寝ています。撮影は筆者
扁平上皮がんのミオちゃん ふかふかのリンゴ柄のエリザベスカラーをして寝ています。撮影は筆者

筆者が行っている光免疫誘導治療(光感受性物質を体内に入れて、レーザーを照射して免疫誘導する治療)をはじめて1カ月もたっていないので、寛解などにはなっていません。しかし、鼻からじわじわと出ていた血が止まりかさぶたになっています。

鼻がもげている部分の拡大も止まっています。それでも数カ月単位で治療はかかる予定です。

治療を続けているMさんは「以前は、ケージやエリザベスカラーは血や膿で汚れていてね。掃除がたいへんだったの。いまはすーと拭くだけで済んでいるから。それに、これからもっとがんが広がるのではという不安があったの。鼻が全部なくなってしまうのではないかと。それがいまはないからね」とミオちゃんをなでながら話しました。

ミオちゃんは、扁平上皮がんだけではなく慢性腎不全もあるので、それの治療も並行して行っています。

まだまだ予断を許さない状況ですが、ミオちゃんはMさんに見守られて毎日、筆者の前に治療に来ています。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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