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聖夜、飼い主に捧ぐ  ペットの「人生会議」をしませんか 彼らからのギフトはありがとう

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

今日はクリスマスイブですね。長い間、犬や猫の診察に携わってきました。天国に引っ越しした子、いまがんで闘病中の子、健やかに暮らしている子の気持ちが少しわかるので、彼らを代弁して書くことにします。「人生会議」は、ペットたちにも必要ですね。フルコースの最後のデザートを食べる子の傍らにいたい飼い主に捧げます。

ペットの「人生会議」とは

人では、「人生会議」というものがあります。アドバンス・ケア・ プランニング(Advance Care Planning)の愛称です。アドバンス・ケア・プランニングとは、あなたの大切にしていることや望み、どのような医療やケアを望んでいるかについて、自分で考え、また、あなたの信頼する人たちと話し合うことをいいます。もしものときのために、あなたが望む医療やケアについて前もって考え、家族等と繰り返し話し合って、どのような治療をするか、というものです。人の場合は、話せるし、本人の意志がありますが、ペットたちは、彼らの思いを伝えることができません。でも、もしものときに、こんなはずではなかったと思わない、そして亡くなった後もペットロスが強くならないためにも、元気なうちからもしものことを考えおくのは、大切なことだと思います。ペットたちは、いまや15年近く生きてくれるし、20年以上生きる子もいます。そんな家族の一員の最期のことを考えておくのもいい時代になりました。

撮影筆者 クリスマスカード
撮影筆者 クリスマスカード

お空の子の毛を集める

鈴木さん(仮名)は、15歳の柴犬のチーちゃんを飼っていました。口の中に、黒いシコリを見つけました。病院で病理検査を兼ねて患部を取ってもらいました。病理検査の結果は黒色肉腫(メラノーマ)でした。メラノーマは、動物界でも悪性度が高く、肺に転移しやすく余命が短いことが多いです。数軒の動物病院を経て、私たちの病院に来られ治療が始まりました。標準治療では、口腔内にできたメラノーマは、顎を切断することが多いのですが、それを選ばず、免疫誘導の治療でがんと闘いました。週に2回3回も来院されることもあり、鈴木さんとは、ずいぶん打ち解けていきました。鈴木さんは、食事を全部、手作り食に変えたり、サプリメントを飲ませたり、ご自宅でやることが増えたのですが、チーちゃんのためにできることは、できるだけのことはするという飼い主でした。肺に転移することはなかったのですが、発病して2年近くもうじき17歳という夏に、チーちゃんは、亡くなりました。がんが原因というわけではなく、老衰です。柴犬の中型犬で17歳近くまで生きることは、獣医師の私から見ても大往生です。でも鈴木さんは「もっとやってあげることがあったのではないか。至らない飼い主であった」とずっと悩まれているようです。ラインに生前のチーちゃんの写真を送ってくださいます。診察室では、決して見せなかった優しい顔のチーちゃんは微笑んでそこにいました。「もうチーの写真は増えません。部屋に残っているチーの毛を集めています」と書かれていました。

何をしてあげれば、いいのか

私たちは、がんの治療を多くしています。全部の子が、寛解すればいいのだけれど、まだ、そこまでいっていません。治療はしていて、これはよくなっていない、そして体の中でがん細胞が増えているな、と実感する瞬間があります。それは、毎日、お世話されている飼い主は、よくわかります。

「先生、痛い思い、辛い思いをこの子にさせないでください」と飼い主にいわれます。そのときに、緩和治療になるのですが、点滴したりしている傍らで飼い主は「私は何をしてあげればいいの、どうすればいいの」と涙ぐまれます。飼い主は、さよならがすぐそこに来ていることにきづいて、ずっとこの子を抱いていたし、巡り会えたことを感謝しているのでしょう。逢いたくなった分まで、寂しくなった分まで、抱きしめていたいのでしょう。筆者からすれば、飼い主は、犬が痛い思いをしたり、寒い思いをしたら、傍らにいてそっと手を出されているように見えるのですが。

ただこうした繰り返しが 愛しい

撮影筆者 
撮影筆者 

何気なく日常が繰り返されます。散歩に行ったり、食事の用意をしたり、排泄物の世話をしたりと。時間が流れていくということは、彼らも飼い主も年老いていくということなのです。はじめて家に来た日が家族記念日、ペットの誕生日、クリスマスと記念日が、思い出を埋め尽くしていきます。

彼らが元気なときは、気がつかないのですが、ただこうした繰り返しが愛しくて、嬉しいということを。犬や猫たちは、人より寿命が短いです。そんな何げない日常を大切にして、フルコースのデザートの時間のことも考えておくと、彼らが旅立ってしまったあとに、残された飼い主は生きていきやすいと思っています。

ペットの「人生会議」の仕方

・ペットは飼い主より先に死ぬものという自覚を持ちましょう。

・SNSでもいいので、ペットを介した仲間をふだんからつくっておきましょう。

・闘病や死に際しての悩みは素直に表した方が楽ですね。

・がんにかかったときなど、どのような治療をするかを考えておきましょう。たとえば、できることは全部するとか、緩和治療だけとか。

・無理に早く立ち直ろうと、頑張らない。

・わかってくれる人と話し、ペットの思い出話をしましょう。

・ペットが若いうちから、もしものときのことを時々、考えておくといいです。

犬や猫たちは、長寿になりました。飼い主は、もしものときに、後悔が強くなる可能性がありますので、若いうちから考え、家族と共有しておくと違ってくると思います。

まとめ

筆者は、たくさんの犬や猫があの世に行く瞬間に立ち会っています。飼い主たちは、自分が至らなかったので死期を早めたとか、もっと早く気をつけていればよかったとか、残されて悩みます。動物病院に連れて来られる飼い主さんを傍らで見ていると、本当によくされています。後悔される人は、それだけ愛が深いのです。泣いたり、笑ったりした記憶が飼い主の頭の中を埋めつくします。ペットたちが若いときに、「人生会議」をしておくというアプローチもいいかもしれません。

ペットたちは、話せないけれど、旅立つとき、飼い主に「ありがとう」をいっているように思います。長い間、犬や猫の診察をしてきたので、彼らの思いである「感謝」を飼い主のクリスマスプレゼントに。愛は奪うものでも与えるものでもなく、そこに溢れでるものだということを彼らは教えてくれました。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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