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現役世代は要注意「血圧がちょっと高め」でも脳や心臓の病気リスクが「約2倍」に。横浜市立大学などの研究

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(提供:イメージマート)

 病気や死亡リスクを押し上げる高血圧だが、横浜市立大学などの研究により、血圧がちょっと高めな人も脳や心臓などの病気のリスクが正常血圧の人より約2倍になることがわかった。

血圧治療の2019年版ガイドラインとは

 高血圧は喫煙とならび、生活習慣病による死亡リスクに大きな影響をおよぼす。日本では、20歳以上の男性の23%、女性の17.3%が高血圧とされる(最高血圧=収縮期血圧が140mmHG以上、2019年の国民健康・栄養調査)。

 日本人の死因の第2位は虚血性心疾患や心停止、心房細動、心不全などの心疾患、第3位は脳卒中(脳梗塞、脳出血など)などの脳血管疾患だ(第1位はがん、2020年の人口動態統計)。これらの病気に高血圧が関係し、健康寿命を短くする原因にもなっている。

 一方、日本高血圧学会の高血圧治療ガイドラインが2019年に改訂(JSH2019)され、血圧の分類が変わった。改訂版では、従来の「正常域血圧」というジャンルをやめ、「正常血圧」を「正常高値血圧」へ、「正常高値血圧」を「高値血圧」に呼び方を変更している。

 従来のガイドラインの表現では「正常」という言葉が誤解を与えかねなかった。改訂版で表現を変えたのは、正常高値以上の血圧でも病気のリスクを下げるためには生活習慣の見直し(喫煙者は禁煙)が必要となるからだ。

 また、診断基準値は140/90mmHgで同じだが、「仮面高血圧」や「白衣高血圧」などというように、血圧は計測する環境や状態などによって異なることがあるので診察室血圧と家庭血圧に分けている(※1)。

2019年版の高血圧治療ガイドラインの分類。診察室血圧と家庭血圧に分けているが、血圧が高くなるほど両者の値の差が広がる。畔上ら文献1より引用
2019年版の高血圧治療ガイドラインの分類。診察室血圧と家庭血圧に分けているが、血圧が高くなるほど両者の値の差が広がる。畔上ら文献1より引用

 ただ、改訂版の血圧分類と脳・心血管疾患のリスクとの関係を調べた研究はまだほとんどない。前述したような表現の変更が生活習慣の見直し効果をあらわすためにも、分類ごとに病気のリスクがどれくらい上がるのかを明らかにするほうがいいだろう。

 また、これまでの血圧と疾患リスクの研究は、中高年や高齢者を対象にしたものが多く、現役世代に血圧がどんな影響をおよぼしているのかを知る必要もある。さらに、治療法の進歩や喫煙率の低下といった時代の変化を反映した研究も少ない。

ちょっと高めの血圧でも要注意

 そのため、横浜市立大学などの研究グループ(※2)は、企業などに勤務する労働者を対象にしたJ-ECOHスタディ(職域多施設研究、※3)を用い、2011年度または2010年度に職場で定期健康診断を受診した高血圧の治療中ではない(降圧剤を服用していない)20歳から64歳の参加者8万1786人を対象に、最大9年間(2012年4月から2021年3月)追跡し、改訂版の血圧分類と追跡期間中の脳・心血管疾患の発症の関係を調べ、日本高血圧学会の英文の学術誌でその結果をオンライン発表した(※4)。

 追跡期間の一部は改訂版の血圧分類でなかったため、同研究グループは改訂版に基づいて血圧を以下の6分類とした。

1:正常血圧(収縮期血圧120mmHg未満かつ拡張期血圧80mmHg未満)

2:正常高値血圧(収縮期血圧120─129mmHgかつ拡張期血圧80mmHg未満)

3:高値血圧(収縮期血圧130─139mmHgかつ/または拡張期血圧80─89mmHg)

4:I 度高血圧(収縮期血圧140─159mmHgかつ/または拡張期血圧90─99mmHg)

5:II 度高血圧(収縮期血圧160─179mmHgかつ/または拡張期血圧100─109mmHg)

6:III 度高血圧(収縮期血圧180mmHg以上かつ/または拡張期血圧110mmHg以上)

 また、発症した脳・心血管疾患は、虚血性心疾患、心停止、心房細動・不整脈・心不全、大動脈瘤・大動脈解離・その他の動脈瘤・動脈解離(脳卒中と心筋梗塞は発症を含み、それ以外の疾患は長期病休また死亡に至ったケースのみを含む)とした。

 その結果、追跡期間中に334人が脳・心血管疾患を発症し(死亡74人)、企業・性別・年齢・喫煙・糖尿病・脂質異常症・BMIの変数を排除して統計解析したところ、正常血圧群を基準にして血圧が高くなるほど脳・心血管疾患の発症リスク(ハザード比、※5)が上がった。

 例えば、正常高値血圧群で1.98、高値血圧群で2.10、I度高血圧群で3.48、II度高血圧群で4.12、III度高血圧群で7.81(それぞれハザード比)となった。

 また、それぞれの群がどれくらいの割合でいるかみると(集団寄与危険割合、※6)、高値血圧群が最も高く(17.8%)、I度高血圧群(14.1%)、正常高値血圧群(8.2%)と続き、II度高血圧(4.1%)やIII度高血圧(2.1%)の占める割合は低く、高値血圧群からI度高血圧群までが集団寄与危険割合のほとんど(87%)を占めることもわかったという。

高血圧治療ガイドライン2019を反映させた血圧分類と脳・心血管疾患の発症リスク。横浜市立大学のリリースより
高血圧治療ガイドライン2019を反映させた血圧分類と脳・心血管疾患の発症リスク。横浜市立大学のリリースより

 同研究グループは、正常血圧群と比べ、正常高値血圧群の脳・心血管疾患の発症リスクは約2倍(1.98倍)であり、現役世代でも血圧がちょっと高めなら、脳・心血管疾患を予防するため、生活習慣の見直しなどによる血圧管理が必要としている。

 また引き続き、正常高値血圧や高値血圧、高血圧の人が、生活習慣の見直しなどによって正常血圧に戻った場合、脳・心血管疾患の発症リスクがどう変化するのかについて、現役世代を対象に調べていく予定だ。

※1:畔上達彦、武田彩乃、「高血圧治療ガイドライン2019の改訂ポイント」、慶應保健研究、第38巻、第1号、97-102、2020
※2:横浜市立大学医学部公衆衛生学教室、同大学大学院データサイエンス研究科ヘルスデータサイエンス、国立国際医療研究センター臨床科学センター疫学・予防部門、労働安全衛生総合研究所化学物質情報管理部、帝京大学医学部公衆衛生学教室、三井化学株式会社、株式会社クボタ、三菱ふそうトラック・バス株式会社、古河電気工業株式会社、JFEスチール株式会社東日本製鉄所、日本製鉄株式会社東日本製鉄所君津地区、ヤマハ株式会社、株式会社日立製作所日立ヘルスセンター
※3:関東・東海地方に本社がある企業の社員・従業員約 10万人を対象とした大規模職域コホート研究。日本の勤労者の健康に関するエビデンスづくりを行うため、社員・従業員が毎年受診する定期健康診断のデータに加え、在職中の死亡、心血管疾患(脳卒中・心筋梗塞)の発症、長期病気休業(連続30日以上の病休)の取得といった情報を、各社の産業医を通じて収集している。
※4:Keisuke Kuwahara, et al., "Blood pressure classification using the Japanese Society of Hypertension Guidelines for the Management of Hypertension and cardiovascular events among young to middle-aged working adults" Hypertension Research, doi.org/10.1038/s41440-024-01653-3, 8, April, 2024
※5:ハザード比:統計的な関連の強弱を示す。基準値と比較してハザード比が1以上になるとリスクが上がることを意味する。ハザード比はほぼリスクの大きさと同じ。
※6:集団寄与危険割合:リスクが低いけれど人数が多く、リスクが高いけれど人数が少ない場合、前者のほうが集団全体への影響が大きくなるというような割合。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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