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「生成AI」が作る社会は「利他的か利己的」か、「囚人のジレンマ」を使った名古屋大学の研究

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(提供:イメージマート)

 ChatGPTのような対話型の生成AIにヒトの性格を持たせたり、行動パターンをトレースさせたりする研究が盛んだ。名古屋大学の研究グループは、大規模言語モデルを使った対話型AIに性格付けをし、利己的な性格を持った集団の協調的な性格を持った集団への進化を確認することに成功した。

生成AIがメタバース・ゲームを

 生成AIには対話型や画像作成型、検索エンジン最適化型など、多種多様なものがあるが、大規模言語モデル(LLMs)を用いた対話型生成AIを使って一つの生成AIが書いた原稿を別の生成AIが批評するといったマルチ・エージェントの研究、ヒトの性格をシミュレーションし、そういったエージェントに日々の生活をさせるといった研究が盛んだ。

 例えば、米国スタンフォード大学の研究グループは、文章を書く作家や絵を描く画家などの生成AIエージェントを作成し、朝起きてから仕事をし、夜寝るといった日常活動の中で、それぞれの生成AIに対話させ、過去を振り返りながら次の日はどんな行動を計画するのかといったシミュレーションを行っている(※1)。メタバース・ゲームのプレイヤーをヒトではなく生成AIがやるようなものだが、同研究グループは生成AIがちゃんとヒトの生活をトレースしていたと報告している。

 これは、大規模言語モデルを用いた複数の対話型生成AIが、ヒトと同じようにインタラクティブに対話し、相互に影響をおよぼし合い、生成AIに主観性を付与し、相互の関係を構築し、生成AIの集団が自律的に進化することを意味する(※2)。逆に考えると、日進月歩で進化する生成AIが大規模言語モデルを使ってそれぞれ異なった性格を持つ集団になれば、生成AI独自の社会を構築するかもしれない。

大規模言語モデルの生成AIの性格とは

 生成AIがいったいどのように進化し、我々の社会や生活にどのような影響をおよぼすのかを知ることが重要になっているが、名古屋大学の研究グループは大規模言語モデルを使った対話型の生成AIに性格を持たせ、異なった性格を持った複数の大規模言語モデル生成AIが集団を作って生存競争を繰り広げたら、どのような社会ができるのかを検討し、その結果を科学誌で発表した(※3)。

 同研究グループは、性格を表す言語を一種の遺伝子として用い、親エージェントの性格が遺伝子として子エージェントに伝えられ、利他的な性格と利己的な性格に突然変異を出現させるように調整したN個のモデルを作った。そして、経済学の「共有地の悲劇」理論やゲーム理論から分析しようとする囚人のジレンマの手法を用い、それぞれのエージェントに協力と裏切りに関する内容の英語の短文を与え、チャット型AIで協力と裏切りのゲームをさせた。

ヒトを含めた生物が、利他的にふるまうのか利己的にふるまうのか、それはどんな場合なのかについての研究は多い。助け合ったり裏切ったり、あるいは日和見的にどっちつかずだったりと生物の行動パターンは多様だ。

 前述した共有地の悲劇というのはコモンズの悲劇ともいい、多数が共同で管理している土地の場合、無法状態になると最後に生きのびるものだけが利益を得るというロジックだ。また、囚人のジレンマは、司法取引のゲーム理論で、取調官と仲間同士の二人の囚人が駆け引きし、単純化した場合には裏切ったほうが利益を得る結果になる。

大規模言語モデルの生成AIに囚人のジレンマをさせ、好成績を得たエージェントがより多くの子孫を残し、集団全体の性格付けに影響するようにした。名古屋大学のリリースより
大規模言語モデルの生成AIに囚人のジレンマをさせ、好成績を得たエージェントがより多くの子孫を残し、集団全体の性格付けに影響するようにした。名古屋大学のリリースより

囚人のジレンマを繰り返させたら

 もちろん、現実の人間社会は問題を解決するためのさまざまなシステムが混在しているので、単純化されたモデルやゲーム理論のようなものが当てはまるとは限らない。だが、囚人のジレンマのようなゲームを繰り返し行うことで、大規模言語モデルが遺伝的アルゴリズムを向上させ、複雑な進化シナリオを作り出すことが可能と考えられている。

 同研究グループが大規模言語モデルの生成AIのエージェント集団に囚人のジレンマのゲームを繰り返し行わせたところ、個々の利益を重視する性格を持った強固な利己的な集団から、次第に集団全体の利益や協調性を重視する性格を持った協力的な集団に進化した。一方、過度に協力的な集団は再び利己的な集団になっていった。

 このことから同研究グループは、生成AIが遺伝的に進化させた言語や行動は協調性に影響をおよぼす傾向があり、多様で複雑になっていくほど協力的な行動が出現する一方、コントロールされていないエージェント集団では一貫していない場合が出ることがわかったという。また、遺伝的に世代を継ぐ間に出現した単語は、その単語の意味によって次世代のエージェントの行動を変え、生成AIの進化に影響をおよぼすことを示唆すると述べている。

 同研究グループは、大規模言語モデルの生成AIを進化モデルに組み込むことで、現実世界と同じくらい多様で複雑なモデルを構築することが可能であり、人間の社会に貢献すべき生成AIとはどんなものか、生成AIがヒトにどう接するべきかといった課題の解決に寄与するのではないかと考えている。

※1:Joon Sung Park, et al., "Generative Agents: Interactive Simulacra of Human Behavior" UIST '23: Proceedings of the 36th Annual ACM Symposium on User Interface Software and Technology, Article No.2, 1–22, doi.org/10.1145/3586183.3606763, October, 2023
※2:Shiyang Lai, et al., "Evolving AI Collectives to Enhance Human Diversity and Enable Self-Regulation" arxiv, Computation and Language,
doi.org/10.48550/arXiv.2402.12590, 19, February, 2024
※3:Reiji Suzuki, Takaya Arata, "An evolutionary model of personality traits related to cooperative behavior using a large language model" scientific reports, 14, Article number: 5989, 19, March, 2024

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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