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大丈夫か、カジノ誘致に邁進する横浜市の「依存症」対策

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:長田洋平/アフロ)

 政府が依存症対策に本腰を入れ始めたのは、カジノを含むIR(統合型リゾート)計画を推進するためだ。ギャンブル依存症が問題になる懸念が生じたためにギャンブル等依存症対策基本法を作った。IR誘致に手を挙げる自治体でも独自の依存症対策が必要だが、その一つである横浜市の地域支援計画が批判されている。

横浜市の「依存症対策地域支援計画」とは

 新型コロナが蔓延し、東京オリパラと同じように政府が進めるIR計画にも修正が迫られた。政府は誘致を希望する自治体に対し、新型コロナ感染防止対策などの計画を策定することを要請しているが、同時にギャンブル等依存症対策基本法に基づく依存症対策を作るよう求めている。

 横浜市は2017年の市長選で現職の林文子市長が「IRは白紙」として立候補して三選したが、2018年と2019年に市が出した中期計画にIRの誘致検討や調査予算が盛り込まれ、2020年12月には具体的実施方針案を発表した。2021年1月に林市長が了承した実施方針が確定し、事業予定者の選定に向けて進んでいるが、この間、市民らがカジノを含むIR誘致の撤回などを求め、反対運動が起きている。

 一方、横浜市は2021年度の策定に向けて2020年度から「依存症対策地域支援計画」(仮称)の素案作りを進めてきた。この支援計画は、アルコール・薬物・ギャンブルなどの依存症を含む依存症全般を対象とし、横浜市が民間支援団体や関係機関などの支援者と依存症に関する支援の方向性を共有することで、包括的な支援の提供を目指すためのもので計画期間は5年間という。

 市の健康福祉局精神保健福祉課によれば、この支援計画は国の依存症対策総合支援事業要綱に基づいて横浜市の具体的な支援内容を盛り込んだ取組方針で、2021年3月に素案を発表し、3月8日から4月6日まで素案に対するパブリックコメント(以下、パブコメ)を募集、5月から6月にパブコメを公表し、10月に計画を策定するというスケジュールになっている。

 素案の内容については、2020年1月から2021年1月まで4回にわたり、横浜市精神保健福祉審議会の依存症対策検討部会で議論が行われてきた。議論された主な内容は、依存症の定義や啓発の内容について、多様な当事者の事情や家族について、依存症における当事者と回復施設のミスマッチなどだ(※)。

どれくらいIR・カジノに触れているか

 こうした経緯の中、市が策定しようとしている「横浜市依存症対策地域支援計画(仮称)」に対し、IRとカジノ誘致を進める自治体なのにもかかわらず、IRに触れた部分があまりにも少ないことや依存症に向き合っている現場の声をすくい上げていないなど、素案の内容に危機感を抱いた団体「横浜へのカジノ誘致に反対する寿町介護福祉医療関係者と市民の会(KACA)」が4月2日、素案を再考すべきというパブコメを市側へ申し入れ、市役所において横浜市健康福祉局精神保健福祉課の課長(都市整備局IR推進室担当課長ら同席)へ手渡した。

4月2日、横浜市役所の会議室で健康福祉局精神保健福祉課の課長へ「横浜市依存症対策地域支援計画(仮称)」素案に対するパブコメを手渡すKACAのメンバー。写真撮影筆者
4月2日、横浜市役所の会議室で健康福祉局精神保健福祉課の課長へ「横浜市依存症対策地域支援計画(仮称)」素案に対するパブコメを手渡すKACAのメンバー。写真撮影筆者

 申し入れの際、KACAは市側と約1時間半、会談して意見交換をした。そこでのやり取りを取材し、双方の見解を聞いた。

 KACAのメンバーの一人で横浜市中区にある診療所で精神科医としてギャンブル、アルコール、薬物などの依存症の患者の診察を行っている越智祥太さんは、依存症はプライマリヘルスケアの一次予防も大事で、カジノを作らないことが最も有効な対策ではないかという。

越智「この素案の中でIR・カジノとギャンブル依存症の関係に触れた部分は、129ページもある中のたった一つのコラム、それも1/3ページ程度の箇所にしかありません。また、プライマリヘルスケアにおける一次予防・二次予防・三次予防をそれぞれ一次支援・二次支援・三次支援と表現を変えています。こうしたことは、市が素案でIR・カジノの問題を軽視し、ギャンブル依存症の一次予防対策で重要なカジノ問題をごまかし、あえてIR・カジノ誘致に触れていないことにほかならないと思います」

 この指摘に対し、横浜市は「あくまで素案だが、検討部会の議論を踏まえて策定した。全体のボリュームが多く、多種多様な課題をあげていく過程でIRに触れた部分をコラムの形にした」という。ちなみに、第3回の検討部会議事録で事務局(市側)の発言として「IR、カジノはまだできておらず、これから先の動きなので、今回の計画の趣旨・メインのところとは異なるのかな」としている。

 検討部会の議論の中、委員の一人は事務局に対し、IRについて踏み込んで記載すべきと指摘したり、IRとギャンブル等依存症対策基本法の関係などを素案に入れるよう発言しているが、素案にそれが反映されているようには読めない。

 市側は「予防」という文言を「支援」に変えたことについて「支援という言葉は市側が提案した。自殺対策で予防を掲げると自殺されてしまった時に予防出来なかったことが関係者の傷付きになるから支援にした」と説明したが、越智さんは「自殺対策基本法でも予防という文言を使っていますし、自殺は死なれたら二次予防も三次予防もないので一次予防がまさに重要なんです」という。

「横浜市依存症対策地域支援計画(仮称)」素案。確かに129ページの中に「IR」という言葉が入っているのはこの1/3ページほどのコラムだけだ。Via:横浜市
「横浜市依存症対策地域支援計画(仮称)」素案。確かに129ページの中に「IR」という言葉が入っているのはこの1/3ページほどのコラムだけだ。Via:横浜市

行政の主体性が希薄?

 また、KACAは素案に対し、「普及啓発と連携・つなぐ」という文言が目立ち、一次予防(支援)は普及啓発だけで、二次三次予防(支援)は民間支援者に連携・つなぐことしか書かれていないと指摘。横浜市職員も主体的に外に出て依存症当事者・家族・支援者と地域の現場で関わり、当事者と家族も参加型で支援計画に関われるよう、IR・カジノとともに解体的・抜本的・構造的に再考して欲しいという。この素案では、行政として主体的に依存症者と関わり、地域で依存症者や家族や支援者と寄り添う姿勢に乏しいのではないかというのだ。

越智「素案から受け取られる印象は、行政は後ろで見ているだけなのに管理監督はするということです。昨今の依存症の支援では当事者主体を強調し、当事者が参加型で関与する方向へ向かっています。素案では当事者や家族は客体でしかなく、支援を決めるのは行政と専門家になっている。市の精神保健福祉課には、依存症は長期にわたっての人間関係の中で回復するものという理解はあり、行政も積極的に寄り添う支援が必要と思っているようでした。それをぜひ計画の軸にして欲しいものです」

 市側は「一次支援(予防)の環境整備としては普及啓発が重要と考えており、わかりやすいリーフレットなども活用して普及啓発していく」とし、行政として「生きづらさを感じている依存症の背景にも目を向け、『否認の病』である依存症の当事者や家族が相談しやすい環境整備をしていく」とした。

 ちなみに、一次予防のための環境整備の一つである「高校の保健体育でのギャンブル等依存症教育」は2022(令和4)年度から開始するという。

越智「素案を読む限り、環境整備が重要という印象はありません。相談しやすい環境整備といっても、困ったらいつでも役所に相談してくださいとは書かれておらず、専門医療機関や回復施設を紹介しているだけです」

 この他、KACAからは、新型コロナで依存症対策に変化が生じているのにそれを踏まえていない点、市が調査した統計に信憑性が低い点、オンライン・ギャンブル、ゲーム依存などの問題意識が希薄な点などが指摘された。また、長く精神科ボランティアに携わった立場から支援以前の人間関係がいかに大切かを強調し、市民の立場から素案がいかに読みにくいか、逆にIR・カジノが依存症に良くないことがよくわかったという声も出た。

 横浜市からはIR推進担当室のスタッフも同席し、ギャンブル依存症対策について「総合的な支援をする」と回答した。その背景には、国がIR・カジノを推進していく際に出された「世界最高水準の規制」という表現があるようだ。ちなみに、検討部会の議論を経て、素案に当初は入っていた「世界最高水準の規制」という文言が削除された経緯がある。

カジノを作らないことが効果的な予防策

越智「IR推進室の担当者の方々はギャンブル依存症の当事者にまだ接したことはないそうですし、コロナ禍の中で変化しつつある、ギャンブル依存症の発症率も推計していないといっていました。横浜市が作ろうとしているIR・カジノでギャンブル依存症者が多数生まれてしまうことを実感していただくため、ギャンブル依存症の自助グループなどに出て、IR推進室の方々もぜひ当事者の声を聴いて欲しいと思います」

 今回、素案へのパブコメ提出によるKACAと横浜市の会合を取材し、どうも議論がかみ合わないなと感じた。KACA側がIR・カジノとギャンブル依存症の問題に焦点を当てつつ、素案の内容について話そうとしているのに対し、市側はあくまで素案をIR・カジノと切り離し、依存症対策全体として話そうとしていたからだ。

越智「ギャンブル依存症の対策がしっかりできないまま、IR・カジノを誘致することはありえません。依存症は治療にたどりつくまで、回復するまでに長い時間がかかります。ギャンブル依存症を予防するにはカジノを作らないことが最も効果的なんです」

 ギャンブル依存症を予防する観点から考えれば、当然、IR・カジノの問題は欠かせない。今まさにIR・カジノの誘致に邁進している横浜市の依存症対策がそこを欠落させたまま、今回の素案から支援計画として策定してしまっていいのか、大いに疑問を感じた。

※:他に、神奈川県にはできない住民や当事者、家族、支援団体などにより近い横浜市の対策計画の必要性、IRについて踏み込んで記載すべきという意見、依存症治療に対応できる精神科の病院やクリニックが多くはない点、回復支援施設・自助グループや相談窓口、学校教育での依存症についての教育、医療現場の専門職に対する依存症の研修、新型コロナの依存症への影響、オンライン・ギャンブルの問題といったことが議論されてきた。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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