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4社乱戦の日本は「加熱式タバコ」の「人体実験場」

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 日本ほど加熱式タバコが受け入れられている国は他にない。タバコ会社は日本人の喫煙者を使い、投入する加熱式タバコの人体実験をしているといえる。一方で、シェアをめぐるタバコ会社の競争は激化し、手を替え品を替えた広告宣伝も過熱している。こうした状況が日本に何をもたらすのだろうか。

4社が入り乱れる混乱状態

 インペリアル・タバコ(Imperial Brands)という耳慣れないタバコ会社が、PULZE(パルズ)なる加熱式タバコを販売し始めたのは2019年5月のことだ。福岡県内で限定的に試験販売されていた段階を経て、すでに全国で売られ始めている。

 同社は英国に本社を置くグローバル・タバコ企業で、紙巻きタバコにはジタンやゴロワーズといった買収したフランスのタバコ会社によるブランド、かつてF1のスポンサーにもなったJPS(ジョン・プレイヤー・スペシャル)などがある。また、電子タバコのmybluという製品も製造販売し、欧米ではニコチン添加リキッドでシェアを広げている。

 今回のPULZEの本格投入で、日本の加熱式タバコ市場は4社が入り乱れる状態になった。世界でも4社の加熱式タバコが販売されているのは日本だけだ。2018年までに20万台を売った韓国のKT&Gが出しているlil(リル、3種類)が参入すれば5社になる。

 日本では2019年10月現在、販売されている加熱式タバコのデバイスは、4社で11種類だ。喫煙者にニコチンを供給するタバコ葉のスティック部分は、季節銘柄や地域限定もあって正確に把握することが困難なことになっている。

 加熱式タバコは大きく「タバコ葉を直接加熱するタイプ」と「タバコ葉を直接加熱しないタイプ」に分けられる。下の図を見てもらうとわかるが、11種類中、8種類が直接加熱するタイプだ。直接加熱する方法には、タバコ葉のスティックを周囲から加熱するタイプとスティックに差し込まれた金属プレートや金属棒により内側から加熱するタイプがある。

 直接加熱しないタイプは3種類だが、どれも電子タバコのようにグリセロールやプロピレングリコールといった物質を気化させ、タバコ葉にくぐらせて喫煙する方式になっている。これらの物質が高温で気化され、ベイパーという蒸気になって肺などの呼吸器に送り込まれるというわけだ。

 直接加熱するタイプが多いのは、やはり吸い心地とニコチンの供給量の多さからだろう。直接加熱しない電子タバコタイプは、蒸気をタバコ葉にくぐらせるだけなので、どうしても紙巻きタバコの吸い心地に近づけられないからだ。

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2019年10月現在で確認できる加熱式タバコのデバイス。上の赤い四角がタバコ葉を直接加熱するタイプで下が直接加熱しないタイプだ。ブリティッシュ・アメリカン・タバコ、フィリップ・モリス・インターナショナル、JT、インペリアル・タバコの4社が市場へ投入している。図表:筆者作成

加熱式タバコによる人体実験

 こうしてタバコ会社の競争が激しくなると、当然だが広告宣伝に力を入れてくる。これまでのマーケティングの研究から、タバコ会社が宣伝活動費を10%増加させるとタバコ消費量は0.6%増加することがわかっている(※1)。また、タバコ会社のプロモーションによる影響で、喫煙を始める若年層が増えることも明らかだ(※2)。

 日本では紙巻きタバコの売上げが急激に落ち込んでいる。米国で電子タバコによる死者が二桁になっている状況の中、タバコ会社は加熱式タバコに活路を見出そうとしている。日本はそうした加熱式タバコの草刈り場になっているというわけだ。

 だが、タバコ会社によって健康への害を低減させると宣伝された紙巻きタバコのフィルターや低タールタバコが、全く無意味でむしろ有害だったという研究も多い(※3)。

 タバコ会社は一様に加熱式タバコの有害性の低減をピーアールしているが、過去に同じことをやってきた焼き直しといえ、健康への害が明らかでない加熱式タバコが日本市場でシェアを広げている状況は、まさに日本の喫煙者を使って人体実験が行われているに等しい。

味付けタバコで新たな喫煙者を

 一方、タバコ葉の部分(スティック、カプセル)は、タバコ会社も自社の製品を把握できているのかというほど多種多様なものがある。タバコ葉の部分は各社、どのデバイスでも互換性を持たせているが、JTのPloom TECH(プルーム・テック)シリーズだけデバイスごとに「たばこカプセル」が異なっていて一貫性のない製品戦略を露呈している。

 これらのほとんどは、メンソールやミントなどの味付け(フレーバー)タバコだ。メンソールはニコチンの依存性を高め、タバコをやめられなくする作用を持つ(※4)。また、甘い味付けによって吸い易くし、未成年者も手にとりやすくしているというわけだ。

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2019年10月現在で確認できる加熱式タバコ用のタバコ葉部分。季節限定、地域限定なども混在し、正確にリストアップするのは難しい。青い網掛けの部分は味付けタバコで、ほとんどの銘柄に味が付いていることがわかる。図表:筆者作成

 日本の政府は味付けタバコについて何も規制をしていない。合法的にタバコに添加されているメンソールは、ほかの香料に門戸を広げる口実にもなっている。だが、タバコの香料などの中には健康に害を及ぼす危険な物質も多い(※5)。

 カナダのオンタリオ州は、メンソール・タバコの販売を禁止(2017年1月施行)し、米国のFDA(食品医薬品局)は食品に添加される香料7種について使用禁止の措置をとった(※6)。また、トランプ大統領が電子タバコの味付けリキッドについて規制を臭わせてもいる(その後、撤回の動きも)が、こうした規制に対し、タバコ会社はフィルターに入れているメンソール入りカプセルを別売りにするなどして規制を逃れようとしている(※7)。

 タバコに添加された香料の毒性については、呼吸器に害を及ぼし、酸化ストレスの原因になってDNAを傷つけ、炎症を起こすなどの悪影響がある(※8)。タバコに添加された香料の危険性は加熱式タバコでも同じで、従来にはなかった機構による加熱方式により新たな有害物質が発生するかもしれないと警告する研究者もいる(※9)。

 以上をまとめれば、加熱式タバコの種類が増え、多種多様な加熱方式の製品が投入されている日本は、タバコ会社による市場調査と健康被害の有無を調べる実験場となっており、味付けタバコによる新たな喫煙者の獲得の方法を試す市場でもある。政府行政が加熱式タバコや味付けタバコに対し、全く何の規制もしないことをいいことにタバコ産業は日本でやりたい放題をしているというわけだ。

※1:Rick L. Andrews, George R. Franke, "The Determinants of Cigarette Consumption: A Meta-Analysis." Journal of Public Policy & Marketing, Vol.10(1), 81-100, 1991

※2:John P. Pierce, et al., "Tobacco Industry Promotion of Cigarettes and Adolescent Smoking." JAMA, Vol.279(7), 511-515, 1998

※3:L T. Kozlowski, R J. O'Connor, "Cigarette Filter ventilation is a defective design because of misleading taste, bigger puffs, and blocked vents." Tobacco Control, Vol.11, Issue Suppl1, 2002

※4:Valerie B. Yerger, et al., "Menthol's potential effects on nicotine dependence: a tobacco industry perspective." Tobacco Control, Vol.20, doi.org/10.1136/tc.2010.041970, 2011

※5-1:Joseph G. Allen, et al., "Flavoring Chemicals in E-Cigarettes: Diacetyl, 2,3-Pentanedione, and Acetoin in a Sample of 51 Products, Including Fruit-, Candy-, and Cocktail-Flavored E-Cigarettes." Environmental Health Perspectives, Vol.124, No.6, 2016

※5-2:Peyton A. Tierney, et al., "Flavour chemicals in electronic cigarette fluids." Tobacco Control, Vol.25, Issue e1, 2017

※5-3:Paul R. Jensen, et al., "Solvent Chemistry in the Electronic Cigarette Reaction Vessel." nature SCIENTIFIC REPORTS, Vol.7, 2017

※5-4:M B. Harrell, et al., "Flavored e-cigarette use: Characterizing youth, young adult, and adult users." Preventive Medicine Reports, Vol.5, 33-40, 2017

※6:U.S. FOOD & DRUG:"FDA Removes 7 Synthetic Flavoring Substances from Food Additives List." October, 5, 2018

※7:Robert Schwartz, et al., "Tobacco industry tactics in preparing for menthol ban." Tobacco Control, Vol.27, Issue5, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2017-053910, 2018

※8:Gurjot Kaur, et al., "Mechanisms of toxicity and biomarkers of flavoring and flavor enhancing chemicals in emerging tobacco and non-tobacco products." Toxicology, Letters, Vol.288, 143-155, 2018

※9-1:Kanae Bekki, et al., "Comparison of Chemicals in Mainstream Smoke in Heat-not-burn Tobacco and Combustion Cigarettes." Journal of UOEH, Vol.39, Issue3, 2017

※9-2:Xiangyu Li, et al., "Chemical Analysis and Simulated Pyrolysis of Tobacco Heating System 2.2 Compared to Conventional Cigarettes." NICOTINE & TOBACCO RESEARCH, doi.org/10.1093/ntr/nty005, 2018

※筆者は喫煙者を批難しない。喫煙者は、日本では国によって推進されてきたタバコ政策とタバコ会社のビジネスの犠牲者だからだ。禁煙外来などで処方されるニコチンパッチやニコチンガム、ニコチン代替薬には免疫系への悪影響がないことがわかっている(1)。ある物質は毒にも薬にもなる。医師の適切な指示に従って処方されるなら、ニコチンは禁煙にとって重要な薬物となる。(1)Kate Cahill, et al., "Nicotine receptor partial agonists for smoking cessation." Cochran Database of Systematic Reviews, 2008

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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