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電子タバコに「発がん性」最新研究〜ニコチンが原因か?

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 マウスによる実験で、電子タバコのベイパー(電子タバコが生成する蒸気のような煙)にさらされることで肺がんを発症することがわかったようだ。米国では電子タバコによる健康被害が広がり、大きな社会問題になっているが、まだ研究は多くない。電子タバコのリスクにまた一つ説明が加わったことになる。

ニコチン添加ベイパー群に肺がんが

 権威ある科学雑誌『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』オンライン版に研究論文(※1)を発表したのは、ニューヨーク大学医学部の環境医学研究所の研究グループだ。

 同グループは、発がん感受性の高い遺伝子改変実験用マウス85匹(6〜8週齢)をランダムに3つの群に分けた。

 まず45匹の群は、ニコチン36mg/mLを添加したプロピレングリコールとグリセロール(1:1)のリキッドのベイパーにさらした。

 2番目の群20匹は、ニコチンを添加しないプロピレングリコールとグリセロール(1:1)のベイパーにさらした。

 3番目の群20匹は、何も加えない空気の環境に置いてコントロール群とした。

 ベイパー2つの群には同じ電子タバコによる蒸気発生システムを使い、54週(約1年)の間、1週間に5日、1日当たり4時間、ベイパーにさらした。

 54週の実験期間中、ニコチン添加ベイパー群では5匹のマウスが死んだが、いずれも肺疾患はみとめられず、1匹に大腸ポリープが発症していた。ニコチンを添加しないベイパー群と通常空気群でも、期間中にそれぞれ2匹のマウスが死んだが、肺への影響はみられなかった。

 実験期間が終了した時点で、ニコチン添加ベイパー群40匹、ニコチン無添加ベイパー群と通常空気群それぞれ18匹のマウスが生き残った。いずれのマウスも外見の観察では健康にみえ、平均体重にも大きな違いはなかった。

 全てのマウスはその後に解剖され、腫瘍の形成などについて調べられた。

 結果は、ニコチン添加ベイパー群40匹中9匹(22.5%)に肺腫瘍がみとめられ、病理的な組織検査により、これらの肺腫瘍は肺腺がんということがわかった。

 一方、ニコチン無添加ベイパー群のマウス18匹には、肺腫瘍は全くみとめられなかった。また、通常空気群のマウス18匹のうち1匹に肺腺がんができていた。

ニコチンに発がん性があるのか

 この研究の結果から、ニコチンが添加されたリキッドを使用した電子タバコのベイパーに肺にがんを発症させる危険性があることがわかる。ニコチンが添加されないリキッドの影響は不明だ。

 ニコチンの発がん性については、これまで長い研究の歴史があり、いちおう今のところ直接的な発がん性はないことになっている。

 しかし、ニコチンそのものに発がん性はないと考えられているが、ニコチンが発がん後の腫瘍形成を促進させたり、抗がん剤を効きにくくさせる作用を持つことが次第に知られるようになってきた。

 例えば、ニコチンやその代謝物であるコチニンは、肺にできた腫瘍の悪性化に関与し、腫瘍細胞のアポトーシス(自死)を防ぐ(※2)。つまり、がんの腫瘍はニコチンによって小さくなりにくくなる。

 あるいは、臓器の組織を結合する細胞の一種は、がんに関連した繊維芽細胞としてがんの一部を構成するが、ニコチンは乳がんの繊維芽細胞を活性化させ、乳がんの進行を加速させる作用がある(※3)。

 また、がん細胞を成長させ、活性化させるEGF(Epidermal Growth Factor)という因子があるが、これが細胞の表面(EGFR、EGFのレセプター=受容体)にくっついて作用する。分子標的薬の抗EGFR抗体薬(抗がん剤の一種)はEGFRをブロックし、がん細胞の増殖を抑制するが、ニコチンはこの薬の作用を防いで、がん細胞に耐性をつけさせるようだ(※4)。

 上記の研究とは異なり、今回の研究はニコチンが直接的に発がんに関与をしているのではないか、という結果になっている。

 その理由について研究グループは、電子タバコのベイパーの粒子はひじょうに細かく、粒子に含まれるニコチンが肺の組織に浸透しやすいため、DNAへの悪影響を引き起こしやすいからではないかという。

 体内に吸収されたニコチンは、コチニンなどに代謝されるが、一部はニコチン由来のニトロソアミンケトンに変化する。

 このニトロソ化(発がん性の強いニトロソ化合物になる)してできる4-(メチルニトロソアミノ)-1-(3-ピリジル)-1-ブタノンにより、発がん性を持つようになるのではないかという研究もある(※5)。つまり、ニコチンを代謝する喫煙者の細胞自体が、発がん性物質を作り出すというわけだ。

 今回の研究はマウスによるものだが、電子タバコのみならず、ニコチンを摂取するタバコ製品全体に対する警告でもある。アイコス(IQOS)やプルームテック(Ploom TECH)、グロー(glo)のような加熱式タバコにも、もちろんニコチン依存症に陥った喫煙者を満足させるだけの量のニコチンが入っているのだ。

※1:Moon-Shong Tang, et al., "Electronic-cigarette smoke induces lung adenocarcinoma and bladder urothelial hyperplasia in mice." PNAS, doi/10.1073/pnas.1911321116, 2019

※2-1:Tomohisa Nakada, et al., "Lung tumorigenesis promoted by anti-apoptotic effects of cotinine, a nicotine metabolite through activation of Pl3K/Akt pathway." The Journal of Toxicological Sciences, Vol.37, No.3, 555-563, 2012

※2-2:Alex I. Chernyavsky, et al., "Mechanisms of tumor-promoting activities of nicotine in lung cancer: synergistic effects of cell membrane and mitochondrial nicotinic acetylcholine receptors." BMC Cancer, Vol.15, 2015

※3:Pin-Cyuan Chen, et al., "Activation of fibroblasts by nicotine promotes the epithelial-mesenchymal transition and motility of breast cancer cells." Journal of Cellular Physiology, Vol.233, Issue6, 4972-4980, 2018

※4:Reiko Shimizu, et al., "Nicotine promotes lymph node metastasis and cetuximab resistance in head and neck squamous cell carcinoma." International Journal of Oncology, Vol.54, Issue1, 283-294, 2019

※5:Hyun-Wook Lee, et al., "E-cigarette smoke damages DNA and reduces repair activity in mouse lung, heart, and bladder as well as in human lung and bladder cells." PNAS, Vol.115(7), E1560-E1569, 2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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