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なぜ「板橋区役所」元敷地内に「喫煙所」が設置されたのか〜改正法が骨抜きに

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
板橋区役所の元敷地内に設置された喫煙所。子ども連れも多く通る場所だ:写真読者提供

 受動喫煙を防ぐために改正された健康増進法の一部施行が進められ、2019年7月1日からは学校や病院、行政機関といったいわゆる第一種施設で建物内を含む敷地内禁煙が施行される。敷地内には条件付きで喫煙所(特定屋外喫煙場所)を設置することができ、各自治体で対応がまちまちだが、東京都板橋区が区役所に隣接する場所に設置した喫煙所が問題になっている。

第一種施設は敷地内禁煙が原則

 第一種施設への施行では敷地内禁煙が求められているので、各行政機関は敷地内を全面禁煙にするか、一定の条件で認められている特定屋外喫煙場所を敷地内に設置するしかない。特定屋外喫煙場所は、第一種施設の敷地内で「受動喫煙を防止するための必要な措置がとられた場所」とされる。

 設置条件は、喫煙が可能な場所とそうでない場所が明確に区画されていなければならず、特定屋外喫煙場所というような標識を目立つように掲示する必要があり、第一種施設を利用する人が普段、立ち入らない場所に設置しなければならないという内容だ。また、改正健康増進法では第一種施設に対し、原則として敷地内は禁煙にすべしとしている。

 7月1日を目前にし、全国の行政機関で様々な対応が行われているが、奇妙な打開策(というか抜け穴)を講じた役所がある。東京都板橋区だ。

 第一種施設の受動喫煙対策について書いた筆者の先日の記事(※1)に対し、ある読者からメッセージが来たのが6月18日のことだった。

 それによれば、板橋区が区役所の隣接地に屋外公衆喫煙所を設置し、7月1日に開設するようだが、設置場所は都営三田線の出入り口に面し、近隣には医療施設や薬局、障害福祉施設、児童が通う学習塾などがある。また、医療施設へ通院する患者を送迎する車両が駐車する場所でもあり、受動喫煙防止の観点から問題なのではないかとあった。もちろん、板橋区役所は第一種施設になる。

 喫煙所の設置場所は以前、区役所の敷地内だったが、屋外公衆喫煙所を作るためにわざわざ区役所の敷地から分割したのだそうだ。この読者は区議会へ説明会の開催と設置中止と撤去を求める陳情をし、議会ではこの喫煙所設置の問題について区民環境委員会で継続審議中らしい(2019年6月24日現在)。

 筆者が調べてみると、確かに現在すでに公衆喫煙所が設置されている場所は読者が指摘するような環境にあり、以前はLPG車両の燃料補給所だったことがわかった。また、読者が地権者だというビルも確かに喫煙所の近くに確認できたが、板橋区はこの読者に対し、喫煙所設置の説明を事後報告し、読者はそれについて区から謝罪されたという。

改正健康増進法がザル法に

 板橋区に連絡したところ、資源循環推進課から回答を得た。それによれば、受動喫煙防止対策を施したコンテナ型の公衆喫煙所を板橋区役所の隣接地にすでに設置したのは確かだという。

 また、板橋区の健康生きがい部が、副区長をトップにした受動喫煙防止対策についての検討会を開催してきた。その中の議論で、来庁する喫煙者のために喫煙所を設置することが決まったそうだ。

 喫煙所を設けないと喫煙者が路上へ出て喫煙し、むしろ受動喫煙の害が出るのではないかという意見もあった。しかし、改正健康増進法では、禁煙となる第一種施設の敷地内に喫煙所は設置できず、一つの用地には一つの目的の設備しか設置できないという。

 だから区の土地を分割し、区役所外として隣接地ではあるが公衆喫煙所を屋外に設置することにした。当然、区の土地に関する変更なので坂本健・板橋区長も了承の上の判断となる。

 ちなみに、区役所外に公衆喫煙所を設置すれば、東京都から10/10、つまり補助金が全額出る。今回の喫煙所の設置費用は1000万円で、区としては都へ申請するそうだ。

 資源循環推進課によれば、周辺住民やビルのテナント入居者への事前アナウンスはしたが、近隣地権者への説明を失念しており大変申し訳なく思っているとのことだった。また、6月26日19時から板橋区役所南館2階の人材育成センターで公衆喫煙所の開設に関する説明会を行う。

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板橋区が区庁舎の敷地を分割して設置した屋外公衆喫煙所の位置。近くには医療施設や薬局などがあり、都営三田線の昇降エレベータもある。図作成:筆者

 板橋区議会の五十嵐やす子議員にもこの件について確認した。五十嵐区議が所属しているのは都市建設委員会で、今回の喫煙所設置の議論に関係する区民環境委員会や健康福祉委員会ではないが受動喫煙防止対策などに熱心な議員だ。

 喫煙者の呼気からは、十数分から数十分の間、有害物質が出続ける。だから、いくら喫煙所でタバコ煙処理をしても喫煙者が出入りするため、受動喫煙の健康被害防止に限界がある。すでにこれは常識だろう。

 五十嵐区議が特に問題を指摘していたのは、喫煙所が都営三田線の改札階へ乗降するエレベータの出入り口に隣接する場所に位置し、フィルターで有害物質の一部が除去されるとはいえ、タバコ煙の排気口がエレベータ側にある点だ。つまり、医療施設や学習塾などの存在もそうだが、エレベータは小さな子どもや高齢者、障がい者などの利用が多く、最も受動喫煙の害を配慮すべき対象にもかかわらずということになる。

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板橋区役所に隣接した場所に設置された屋外公衆喫煙所の実際の様子。こうした方法が通用すれば、改正健康増進法が骨抜きになりかねない。写真提供:五十嵐やす子・板橋区議

 7月1日から一部施行される改正健康増進法の主旨は、受動喫煙による健康被害をなくすということだ。今回の板橋区のように、第一種施設の土地を敷地に隣接する形で分割し、屋外公衆喫煙所という形で喫煙所を設置すれば、今回の改正健康増進法はまさにザル法になる危険性がある。

 確かに、都市部の行政機関の敷地内には、第一種施設を利用する人が普段、立ち入らない場所で、しかも近隣に影響を与えないという特定屋外喫煙場所の条件を満たす場所がないのかもしれない。だが、であれば敷地内全面禁煙にすべきだ。そもそも受動喫煙を引き起こす危険のある措置をすること自体、板橋区長と板橋区は改正健康増進法の主旨を理解していないのではないだろうか。

※1:Yahoo!ニュース「あなたの街は大丈夫?〜『受動喫煙』対策不備『50万円の罰則』は官公庁にも」(2019/06/17)

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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