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これは約2億5000万年前の爬虫類型「カモノハシ」か?

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 地球の歴史にはいくつかの大絶滅があったが、ペルム紀末(約2億5190万年前)から三畳紀(〜2億130万年前)の間に起きた大絶滅は最も甚大なものだった。ペルム紀末の大絶滅の後、多くの新たな生物が誕生したが爬虫類の魚竜も三畳紀に入って隆盛を極めた。最近、約2億5000万年前の魚竜の祖先が、現在のカモノハシのような生物だったのではないかという研究論文が出た。

魚竜の祖先とは

 ペルム紀末の大絶滅では、生物種の90〜96%が死に絶えたといわれ、この絶滅で三葉虫は地球上からいなくなった。だが、ペルム紀末の大絶滅の後、環境が大きく変化し、小さなものでは藻類や真菌類(Reduviasporonites)から大きなものでは哺乳類型爬虫類など、多くの新たな種が出現して地球上を支配するようになる(※1)。

 その中には、ジュラ紀や白亜紀の恐竜につながり、現在のワニなどの爬虫類、さらに鳥類の祖先でもある主竜類(Archosauria)がいて、再び水棲に戻った爬虫類、魚類の祖先もこの時期に進化した(※2)。すでに19世紀のリチャード・オーウェン卿(Sir Richard Owen)によってジュラ紀の魚竜(Ichthyosaurs)の存在が知られていたが、三畳紀の初期(約2億4800万年前)の仲間は、新たに魚竜上目(Ichthyopterygia)とされ、中国などで発見された化石によって研究が進みつつある(※3)。

 魚竜の分類など中生代の化石研究では、カリフォルニア大学デービス校地質学科の日本人研究者、藻谷亮介教授が有名だ。その藻谷教授らの研究グループは最近、三畳紀初期の魚竜が現在のカモノハシのような生物だったのではないかという研究論文を発表した(※4)。

 この生物(エレトモリピス・キャロルドンギ、Eretmorhipis carrolldongi)は、フペスキア(Hupehsuchia)という魚竜に属するエレトモリピス(Eretmorhipis)の仲間となる。フペスキアは化石が発見された中国湖北省(Hubei)からつけられ、エレトモリピスというのはギリシャ語でファン(扇)とオール(櫂)という意味だ。

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エレトモリピス・キャロルドンギの化石(上)と骨格図、右が頭部。白黒のスケールは5センチ。Via:Long Cheng, et al., "Early Triassic marine reptile representing the oldest record of unusually small eyes in reptiles indicating non-visual prey detection." SCIENTIFIC REPORTS, 2019

 最初にエレトモリピス・キャロルドンギという種が命名されたのは1991年のことで、前頭部が失われた化石の発見当時から、細長く平べったい後頭部や二極に分かれた神経棘など、奇妙で謎めいた生物ということになっていた(※5)。

 魚竜の祖先は、三畳紀に入ってから約300万年後の小規模な絶滅(Smithian-Spathian extinction)の前後、数百万年単位で急速に進化を遂げ、多様な種に分岐したようだ(※6)。平べったい頭部を持ち、独特の神経系と皮膚付属器官のあるエレトモリピス・キャロルドンギも、1991年の標本に次ぐ化石が発見され、研究が続けられてきた(※7)。

視覚に頼らずエサを探していたのか

 藻谷教授らが研究したのは、武漢中国地質調査所(Wuhan Centre of China Geological Survey、WGSC)が新たに発見したエレトモリピス・キャロルドンギの頭部を含む体長約1メートルの2体の化石だ。その頭部は現在のカモノハシ(Ornithorhynchus anatinus)の形態によく似ている。そのため、収斂進化の一種なのではないかと考えられ、藻谷教授らは解剖学的な特徴を探り、両者の共通点や違いを明らかにしたという。

 まず、エレトモリピス・キャロルドンギに特徴的なのはその目の小ささだ。身体と比べ、現在のヘビの最小のサイズと同じ程度しかなかった。カモノハシの目も小さいことが知られている。

 また、上顎はカモノハシに似ていて、ほかのフペスキアの仲間や現在のほとんどの爬虫類にはみられない形状をしている。一方、下顎はペリカンのような形状をしていて、餌をあさる際に水圧で下顎の隙間が広げられたことを示唆しているという。

 ところで、両生類を含む脊椎動物には、神経堤(Neural Crest)と外胚葉プラコード(Neurogenic Placode)という感覚神経系がある(※8)。この二つの神経系は、無脊椎動物と脊椎動物が分かれた際に脊椎動物の頭部に備えられたと考えられ、その後、頭部に集中した感覚神経系は脊椎動物の進化のアドバンテージにとって重要な器官となった(※9)。

 爬虫類の祖先である脊椎動物のエレトモリピス・キャロルドンギにも神経堤と外胚葉プラコードがあったはずだが、視覚以外の感覚神経系として皮膚に付属する器官(Skin Appendage)へとつながり、実験動物として利用されるトラザメ(Scyliorhinus canicula)の一種の場合は頭部の皮膚に周囲の電界(電場)や獲物が出す電気信号を受信する電気受容(Electroreception)システムが備わっている(※10)。

 カモノハシも泥水など透明度の低い水中で餌を探すため、同じように餌の生物が発する微弱な電気信号を受信し、自らも位置を知るために電気信号を利用する(※11)。約2億5000万年前の水中に暮らしていたエレトモリピス・キャロルドンギは、カモノハシによく似た外観を持つが、藻谷教授らは両者で鼻孔の位置が異なるという。

 これはフェロモンなどを受信するヤコブソン器官(鋤鼻器官)の有無や神経系の構造の違いによるものと考えられ、エレトモリピス・キャロルドンギが現在のカモノハシと同じような電気受容機能を持っていたと判断するのは早計という。ただ、エレトモリピス・キャロルドンギの脆弱な尾のパワーは、四肢のパドリングを強いられ、その名の通り扇状に広がった鰭状の四肢による水中推進をしていたと考えられる。これはカモノハシの泳法と似ているといえるだろう。

 エレトモリピス・キャロルドンギが当時、何を食べていたのかわからないが、藻谷教授らはエビやカニのような節足動物を泥の中から探していたのではないかと考えている。電気信号を受信していたかどうかも不明だが、その平べったい口先を泥へ突っ込み、触角のようにして視覚に頼らず餌を探知していたのかもしれない。

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中生代における水棲爬虫類の進化図。下が三畳紀、上が白亜紀。エレトモリピス・キャロルドンギは最下層のInduanで進化した。この時代の水棲爬虫類は、数百万年の間でほとんど絶滅したと考えられる。Via:Ryousuke Motani, et al., "Pre- versus post-mass extinction divergence of Mesozoic marine reptiles dictated by time-scale dependence of evolutionary rates." Proceedings of the Royal Society B, 2017

 藻谷教授らは、三畳紀の初期にこうした採餌行動の多様化が起きていたことは、水棲爬虫類の進化を研究する上で重要と考えている。魚竜はその後、眼球が極端に大きくなったオフタルモサウルス(Ophthalmosaurus、ジュラ紀後期)などが出現するが、それ以前に視覚に頼らない採餌行動が起きていたことを示唆するからだ(※12)。

 エレトモリピス・キャロルドンギは、姿形がカモノハシに似ているだけはなく、生物の感覚神経系の進化にとって重要な生物なのかもしれない。

※1:Jennifer C. McElwain, et al., "Mass extinction events and the plant fossil record." Trends in Ecology and Evolution, Vol.22, No.10, 548-557, 2007

※2:Geerat J. Vermeij, et al., "Land to sea transitions in vertebrates: the dynamics of colonization." Paleobiology, Vol.44, Issue2, 237-250, 2018

※3:C McGowan, et al., "Ichthyopterygia Vol. 8." Verlag Dr. Friedrich Pfeil, 2003

※4:Long Cheng, et al., "Early Triassic marine reptile representing the oldest record of unusually small eyes in reptiles indicating non-visual prey detection." SCIENTIFIC REPORTS, Vol.9: 152, DOI:10.1038/s41598-018-37754-6, 2019

※5:Robert L. Carroll, et al., "Hupehsuchus, an enigmatic aquatic reptile from the Triassic of China, and the problem of establishing relationships." Philosophical Transactions of the Royal Society B, Vol.331, Issue1260, 1991

※6-1:Da-Yong Jiang, et al., "A large aberrant stem ichthyosauriform indicating early rise and demise of ichthyosauromorphs in the wake of the end-Permian extinction." SCIENTIFIC REPORTS, Vol.6, 2016

※6-2:Ryousuke Motani, et al., "Pre- versus post-mass extinction divergence of Mesozoic marine reptiles dictated by time-scale dependence of evolutionary rates." Proceedings of the Royal Society B, Vol.284, Issue1854, 2017

※7:Xiao-hong, et al., "A New Specimen of Carroll’s Mystery Hupehsuchian from the Lower Triassic of China." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0126024, 2015

※8:Ryoko Horie, et al., "Shared evolutionary origin of vertebrate neural crest and cranial placodes." nature, Vol.560, 228-232, 2018

※9:Linda Z. Holland, et al., "Evolution of neural crest and placodes: amphioxus as a model for the ancestral vertebrate?" The Journal of Anatomy, Vol.199, Issue1-2, 85-98, 2001

※10-1:Renata Freitas, et al., "Developmental origin of shark electrosensory organs." Evolution & Development, Vol.8, Issue8, 74-80, 2006

※10-2:P O'Neill, et al., "A molecular analysis of neurogenic placode and cranial sensory ganglion development in the shark, Scyliorhinus canicula." Developmental Biology, Vol.304, Issue1, 156-181, 2007

※11:Henning Scheich, et al., "Electroreception and electro location in platypus." nature, Vol.319, 401-402, 1986

※12:Min Zhou, et al., "The cranial osteology revealed by three-dimensionally preserved skulls of the Early Triassic ichthyosauriform Chaohusaurus chaoxianensis (Reptilia: Ichthyosauromorpha) from Anhui, China." Journal of Vertebrate Paleontology, Vol.37, Issue4, 2017

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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