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「ニコチン」こそ「公衆の敵」である

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 ニコチンには中毒性があり、タバコを止められなくなるのはそのせいだ。ニコチン自体の害悪について、これまであまり議論にされてこなかった。だが、ニコチンこそが、喫煙者や受動喫煙者の健康に悪影響を及ぼす主犯なのだ。

喫煙の有害性とは

 タバコを吸うと含まれる発がん性物質によって、がんにかかりやすくなる。肺がんの確実なリスク因子であり、胃がんはピロリ菌感染とともに同じく喫煙による影響が確認されている。大腸がん、肝がんについても喫煙がほぼ確実なリスク因子とされ、乳がんについても強く疑われている。

 では、なぜタバコを吸うと、がんにかかりやすくなるのだろうか。加熱式を含むタバコには、タバコに特異的なニトロソアミン類(※1)、タール、一酸化炭素、重金属類などが含まれ、これら発がん性物質によってがんにかかりやすくなる(※2)。

 さらに、タバコの先から立ち昇る煙である副流煙に含まれる発がん性物質は、喫煙者が吸い込む主流煙の数倍から百数十倍にもなる(※3)。こうした物質が遺伝子を傷つけ、正常な修復を妨げ、その結果として細胞ががん化し、がんになってしまうのである(※4)。

 また、タバコに含まれるニコチンにも明らかな毒性がある。ニコチンは殺虫剤などにも使用され、日本では薬機法(旧薬事法)によって取扱いが厳重に管理される劇毒物だ。ニコチンは喫煙によって体内へ取り込まれると代謝され、コチニン、ノルニコチンなどの代謝物(※5)に変わるが、これらの物質にも発がん性が確認されている。

 がんだけではない。喫煙により、高血圧や冠状動脈性心臓病などの心血管疾患のリスクが増え、脳卒中や心不全になりやすくなる。糖や脂質の代謝障害を引き起こし、糖尿病などの代謝疾患にもかかりやすくなる。さらに、生殖機能にも悪影響を及ぼし、妊娠前と妊娠中の喫煙により、出生率の低下や乳幼児の死亡につながる(※6)。

 また、喫煙により脳に異常が発生し、認知機能や脳自体の構造に悪影響が出る。最近、アルツハイマー病に対するニコチンの効果について紹介した雑誌記事が出たが、現在ではこうしたニコチンの効果は完膚なきまでに否定されている(※7)。

長期の習慣的な有害物質摂取

 加熱式タバコは、タバコ会社により害の低減が盛んにPRされているが、タバコ会社自身が明らかにしているように、有害物質がゼロになっているわけではない。確かに紙巻きタバコよりも少なくはなっているが、上記で紹介した有害物質が加熱式タバコにも含まれているのは確実だ。

 さらに、ニコチンだけは加熱式タバコでも紙巻きタバコとほぼ同量含まれている。なぜなら、タバコ会社は「ニコチンの依存性に依存している」ため、ニコチンの量を少なくすると喫煙者を依存させられなくなり、タバコが売れなくなるからだ。

 放射線については、被曝線量の閾値の観点から一定期間内での被曝線量の上限が定められている。閾値がないという立場も含め、これについて様々な限界被曝線量があるが、低線量でも長期的に被曝し続けるのは健康に有害であるという考え方が基本になっている。

 タバコに含まれる有害物質には放射線と違って閾値がない。どんなに微量でも上記のような有害物質を体内へ入れることは防ぐべき、というのがWHOの主張だ(※8)。

 喫煙行為は一種の生活習慣で、ニコチンによる中毒作用がタバコの恒常的な反復使用と長期使用を喫煙者に強いる。どんなに微量でも閾値のないとされる有害物質を、朝起きてから寝るまで間歇的に身体へ入れ、それを数年から数十年という長期にわたって習慣的に継続する行為が自殺的というのは誰にでもわかる。

 だが、タバコという製品は、ニコチンの持つ依存性により、こうした自殺的行為を喫煙者に行わせているわけだ。ニコチンには発がん性がない、ニコチンの毒性は低いなどという言説の欺まん性はここにある。実際、ニコチンこそが公衆衛生にとっての主敵といえる。

 加熱式タバコに有害物質低減があるのは確かだろう。だが、ニコチンだけは紙巻きタバコとほぼ同量入っているわけで、長期の習慣的な有害物質摂取を防ぐことはできない。

 もしタバコ会社が有害物質低減をうたいたいのなら、ニコチンの量も少なくすべきなのだ。それができない以上、タバコ会社の主張に説得力は皆無だ。

※1:ジメチルニトロソアミン、メチルエチルニトロソアミン、ジエチルニトロソアミン、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、アクロレイン、1,3-ブタジエン、ベンゼン、ベンゾ[a]ピレン、芳香族アミンなど

※2:Stephen S. Hecht, "Biochemistry, Biology, and Carcinogenicity of Tobacco-Specific N-Nitrosamines." Chemical Research in Toxicology, Vol.11(6), 559-603, 1998

※3:厚生労働省「平成11-12年度たばこ煙の成分分析について(概要)」(2019/01/18アクセス)

※4:Gerd P. Pfeifer, et al., "Tobacco smoke carcinogens, DNA damage and p53 mutations in smoking-associated cancers." Oncogene, Vol.21, 7435-7451, 2002

※5:4-メチルアミノ-1-(3-ピリジル)-1-ブタノン、ニトロソアミンN'-ニトロソノルニコチン(NNN)、4-(メチルニトロソアミノ)-1-(3-ピリジル)-1-ブタノン(NNK)

※6:Emine Yalcin, et al., "Tobacco nitrosamines as culprits in disease: mechanisms reviewed." The Journal of Physiology and Biochemistry, Vol.72(1), 107-120, 2016

※7:K J. Anstey, et al., "Smoking as a risk factor for dementia and cognitive decline: a meta-analysis of prospective studies." American Journal of Epidemiology, Vol.166(4), 367-378, 2007

※8:WHO, "Policy recommendations on protection from exposure to second-hand tobacco smoke." Tobacco Free Initiative, World No Tobacco Day 2007

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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