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「受動喫煙」で乳幼児が「人食いバクテリア」に感染するかもしれない

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 受動喫煙にさらされると、肺がんをはじめ乳がんなどのがん、虚血性心疾患、脳卒中、動脈硬化などにかかるリスクが高まる。今回、日本の研究で、受動喫煙と劇症溶血性レンサ球菌感染症を起こしかねないレンサ球菌感染症との間に関係があることがわかった。

感染症リスクを高める受動喫煙

 望まないタバコの煙にさらされる受動喫煙は、喫煙者はもちろんタバコを吸わない人、特に子どもの健康にとって非常に危険で、受動喫煙にさらされると、小児白血病、乳幼児突然死症候群、気管支炎や喘息、肺炎などの呼吸器疾患、中耳炎、成人になってからの糖尿病などにかかりやすくなる。

 東京都や広島県福山市には、すでに子どもを受動喫煙から守る条例がある。これら条例は、子どもが自分で居住環境を変えられず、親や近親者の喫煙による子どもへの健康被害は児童虐待にも等しいという理由から制定されている。

 乳幼児を含む子どもは皮膚や耳、鼻、喉などの感染症、つまり細菌感染にかかりやすく、その死亡の大きな原因にもなっている(※1)。麻疹やポリオなどのウイルス感染症には予防接種が有効だが、環境中に普通にいたり人体と共生する菌の中にもインフルエンザ菌、緑膿菌、レンサ球菌、カンジタ菌など日和見的に凶悪化したり薬剤耐性を帯びるものがいて厄介だ。

 受動喫煙は細菌感染にも悪影響を与え、その理由はタバコの毒性による呼吸器粘膜の機能低減など身体の変調や免疫系不全などによると考えられている(※2)。また、タバコの葉自体にも多種多様な細菌が含まれている(※3)。ということは、タバコ葉を使う加熱式タバコも危ないというわけだ。

 子どもの細菌感染を複数の論文を評価比較するシステマティック・レビューでも、受動喫煙と細菌感染の因果関係が疑われるという結果が出ている(※4)。

 先日、米国の公衆衛生雑誌に日本の研究者が、受動喫煙と小児のレンサ球菌感染症(streptococcal infection)との関係を調べた研究結果を発表した(※5)。これは九州大学の研究グループによるもので、全国健康保険協会(Japan Health Insurance Association)の福岡支部の2011〜2014年のデータを使い、4歳以下の乳幼児5743人の受動喫煙と健康状態を調査し、健診によるレンサ球菌感染症による有病率を比較検討したという。

 データ上の健診によるレンサ球菌感染症の症例は244(4.2%)あり、統計解析にかけたところ、レンサ球菌感染症と受動喫煙との関係は有意に高く(オッズ比1.39)、もしレンサ球菌の細菌検査をした場合でも統計的には有意ではないが関係があることが示唆された(オッズ比1.20、※6)。研究グループによれば、受動喫煙は乳幼児のレンサ球菌感染を60%増やすのではないかという。

受動喫煙で人食いバクテリアに

 レンサ球菌には溶血性のあるものがいて、溶血性のある溶連菌、つまりA群溶血性レンサ球菌は日和見的に子どもの喉の感染症(咽頭炎)などを引き起こし、通常は喉や皮膚などに生息しているようだ。この溶血性レンサ球菌が、いわゆる人食いバクテリアと呼ばれるような重篤な症状を引き起こすことがある。

 これが劇症型溶血性レンサ球菌感染症で、突発的な発症と急速な多臓器不全や筋肉組織の壊死を引き起こし、劇的かつ急激に重症化する病気として知られている。世界的に増えている感染症で、日本でも近年になって増加傾向にある。2015年415人、2016年494人、2017年は報告数が539件(第50週:〜12月17日)にのぼった。

 劇症型溶血性レンサ球菌感染症は、主に30代以上、高齢者に多いが、受動喫煙により乳幼児でも保菌者が多くなるとすれば、その危険性は侮れない。

 最近の米国シンシナティ大学などの研究(※7)によれば、たった1時間の受動喫煙でも10代の子どもたちの健康や日常生活に大きな悪影響を与えるという。また、子どもの頃に受動喫煙にさらされると、成人してから関節リウマチになるリスクが高まるという研究も出ている(※8)。

 子どもをタバコの煙から守るためには、タバコを吸うこと自体を止めたほうがいいのは明らかだ。

※1-1:James P. Watt, et al., "Burden of disease caused by Haemophilus influenzae type b in children younger than 5 years: global estimates." the LANCET, Vol.374, Issue9693, 893-902, 2009

※1-2:Harish Nair, et al., "Global burden of acute lower respiratory infections due to respiratory syncytial virus in young children: a systematic review and meta-analysis." the LANCET, Vol.375, Issue9725, 1545-1555, 2010

※2-1:Philip Kum-Nji, et al., "Environmental Tobacco Smoke Exposure: Prevalence and Mechanisms of Causation of Infections in Children." Pediatrics, Vol.117, Issue5, 2006

※2-2:Juhi Bagaitkar, et al., "Tobacco use increases susceptibility to bacterial infection." Tobacco Induced Diseases, Vol.4, Issue12, 2008

※3:Amy R. Sapkota, et al., "Human Pathogens Abundant in the Bacterial Metagenome of Cigarettes."  Environmental Health Perspectives, Vol.118(3), 351-356, 2010

※4-1:Chien-Chang Lee, et al., "Association of Secondhand Smoke Exposure with Pediatric Invasive Bacterial Disease and Bacterial Carriage: A Systematic Review and Meta-analysis." PLOS MEDICINE, doi.org/10.1371/journal.pmed.1000374, 2010

※4-2:Rachael L. Murray, et al., "Second hand smoke exposure and the risk of invasive meningococcal disease in children: systematic review and meta-analysis." BMC Public Health, Vol.12, Issue1062, 2012

※5:Takako Fujita, et al., "Secondhand Smoke and Streptococcal Infection in Young Children Under Japan's Voluntary Tobacco-Free Policy." Pupulation Health Management, doi.org/10.1089/pop.2018.0053, 2018

※6:健診のオッズ比1.39(CI:1.07-1.80、P<0.05)、細菌検査した場合のオッズ比1.20(CI:0.80-1.80、P<0.39)

※7:Ashuley L. Merianos, et al., "Adolescent Tobacco Smoke Exposure, Respiratory Symptoms, and Emergency Department Use." Pediatrics, Vol.142, No.3, 2018

※8:Raphaele Seror, et al., "Passive smoking in childhood increases the risk of developing rheumatoid arthritis."  Rheumatology, doi.org/10.1093/rheumatology/key219, 2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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