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余った「葉タバコ」〜喫煙以外の利用可能性を探る

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
インドでタバコ葉を栽培する農家(写真:ロイター/アフロ)

 紙巻きタバコの販売量が落ちているが、この流れは世界へ波及していくはずだ。一方、葉タバコの生産が、依然として経済的に大きな影響を与えている国や地域も多い。植物由来のタンパク質や医薬品などへの応用から、余剰の葉タバコの再利用の可能性を考える。

ウイルスはタバコから発見された

 ワクチンなどの医療用タンパク質を植物から作り、価格を下げて大量に供給する技術は大きく進歩した。近年、遺伝子導入(トランスジェニック)や応用バイオテクノロジーの研究開発分野による植物由来の医薬品やサプリメントも承認されるようになってきている(※1)。

 遺伝子導入作物や細胞培養物から作られた安全なタンパク質はほとんど哺乳類のものと区別がつかず、免疫反応などの伝達物質インターロイキンや血漿(ヘモグロビン)、抗体タンパク、治療診断薬なども医薬用タンパク質として植物から作ることが可能になっている。こうした植物由来のタンパク質や培養物は、大規模農場から安定的に供給され、生産量も増え続けている(※2)。

 タバコは新大陸が原産の植物だが、喫煙習慣が広まるとともに全世界で栽培されるようになった。重要な商品作物だったため、タバコの病気について古くから研究が行われてきた。

 タバコモザイクウイルスは、タバコ葉にモザイク状の斑点を出して商品価値を落とすタバコモザイク病の原因となる。この病気は19世紀後半から拡がり、タバコ農家とタバコ産業にとってその原因解明と対策が急務となった。

 1892年にロシアの植物学者、ドミトリ・イワノフスキー(Dmitri Ivanovsky)がチャンバーランドフィルターという細菌を通さない濾過器を使い、タバコモザイク病にかかった葉タバコの抽出液の中に細菌よりも小さな生物が存在していることを報告した。その後、1898年にオランダの微生物学者、マルティヌス・ベイエリンク(Martinus Beijerinck)がこの生物をウイルスと名付け、細菌ではない感染性物質(Contagium vivum fluidum)ということを寒天培地での観察で立証する(※3)。

 このタバコモザイクウイルスは、ウイルスとして発見された最初の病原体だ。タバコ産業からの要請もあり、これまで植物のウイルスとして最も多くの研究が行われ、同時にタバコという植物についても微に入り細をうがつ徹底的な調査研究が行われてきた。タバコモザイクウイルスについては、ロザリンド・フランクリン(Rosalind Elsie Franklin)の結晶構造の解析など科学史において興味深い逸話が多いがここでは触れない。

植物由来のタンパク質の可能性

 このように葉タバコの病気に限らず、応用バイオテクノロジーの研究開発にとって、タバコという植物はこれまで蓄積された知見が多く、ほかの植物よりも多く研究されている。例えば、遺伝子導入タバコからヒトのヘモグロビンも作られ(※4)、葉タバコの葉緑素からコレラ菌の毒素が体内へ入り込むのを防ぐワクチンを作り出したり(※5)、香料や医薬品として使われるモノテルペンも産生されているようだ(※6)。

 農業作物としてのタバコ栽培に依存している国や地域はまだ多い。応用バイオテクノロジーでは大腸菌の発酵などによるタンパク質生産も行われているが、遺伝子導入作物による生産コストはその1/50程度といわれ、利用可能な植物由来のタンパク質を1年で1エーカー(約4000平米)あたり約15キログラム収穫することができるようだ(※5)。植物学、農学、生物学、遺伝学、生化学など広汎かつ横断的な基礎研究が行われ、植物由来のタンパク質生産の研究開発は日進月歩で進んでいる(※7)。

 遺伝子導入作物の扱いには危険性もあり批判も多く、またヒトへの医薬品などの応用は免疫反応や副反応などまだまだ超えるべきハードルは高い。タバコ栽培では、低年齢労働者の酷使、ニコチンや農薬による労働者への健康被害なども指摘されているが、そうした生産現場の監視も必要だろう。

 一方、世界的に喫煙の害が広く周知され、この流れは先進国に限らない。いずれタバコの生産は頭打ちになり、喫煙という悪習慣は地球上から消えていくはずだ。それまでの間、発展途上国などでタバコ栽培に携わる労働者が、それで紙巻きタバコを生産せずとも生きていけるよう、応用バイオテクノロジーによる商業利用の余地を考えることも必要なのではないだろうか。

※1-1:G Giddings, et al., "Transgenic plants as factories for biopharmaceuticals.." nature Biotechnology, Vol.18(11), 1151-1155, 2000

※1-2:Rainer Fischer, et al., "Plant-based production of biopharmaceuticals." Current Opinion in Plant Biology, Vol.7, Issue2, 152-158, 2004

※1-3:Julian K-C. Ma, et al., "Genetic modification: The production of recombinant pharmaceutical proteins in plants." nature, reviews, Genetics, Vol.4, 794-805, 2003

※1-4:Julian K-C. Ma, et al., "Regulatory approval and a first-in-human phase I clinical trial of a monoclonal antibody produced in transgenic tobacco plants." Plant Biotechology Journal, Vol.13, Issue8, 1106-1120, 2015

※2:Rainer Fischer, et al., "Molecular farming of pharmaceutical proteins." Transgenic Research, Vol.9, Issue4-5, 279-299, 2000

※3-1:A van Kammen, "Beijerinck's contribution to the virus concept- an introduction." Archives of Virology. Supplementum, Vol.15, 1-8, 1999

※3-2:H Lecoq, "Discovery of the first virus, the tobacco mosaic virus: 1892 or 1898?" Comptes Rendus de l'Academie des Sciences- Series III- Sciences de la Vie, Vol.324(10), 929-933, 2001

※4:Wilfrid Dieryck, et al., "Human hemoglobin from transgenic tobacco." nature, Vol.386, 29-30, 1997

※5:Henry Daniell, et al., "Expression of the Native Cholera Toxin B Subunit Gene and Assembly as Functional Oligomers in Transgenic Tobacco Chloroplasts." Journal of Molecular Biology, Vol.311(5), 1001-1009, 2001

※6:Jun-Lin Yin, et al., "Co-expression of peppermint geranyl diphosphate synthase small subunit enhances monoterpene production in transgenic tobacco plants." New Phytologist, Vol.213, Issue3, 1133-1144, 2017

※7:John F. C. Steele, et al., "Synthetic plant virology for nanobiotechnology and nanomedicine." WIREs, Vol.9, Issue4, 2017

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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