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ネコは「右利き」か「左利き」か

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 この世界には、左右対称のものと左右非対称のものが混在している。ヒトの心臓がほぼ左側にあるように、また右脳と左脳で機能が異なるように、我々の身体も左右非対称だ。

ネコの利き足を調べる

 同じように、ヒトでは右利きと左利きでは右利きのほうが多く、約90%が筆記や歯磨きの際に右手を使うと考えられている。利き手・利き足はヒト以外も両生類や齧歯類、ネコ、有袋類、クジラ類、霊長類などでも確認されているが、それが環境のせいか、脳などの生理的生態的な機能のせいかよくわかっていない。

 この中にネコが出てくるが、ネコの利き足といえば招きネコだ。招きネコでは、右前足を上げていると金運を、左前足を上げていると客を招くなどと言われている。

 英国の北アイルランドにあるクィーンズ大学ベルファストの研究者は、ネコの利き足を長く研究している。この大学はイヌの利き足の研究もしているので、動物認知研究の伝統か何かがあるのだろうか。

 ネコの利き足については、2009年にも同大の研究者が論文(※1)を出しているが、この実験では42匹のネコに対し、瓶の中から食べ物を取り出すトライアル、頭上のオモチャに前足を伸ばすトライアル、まわりを動き回るオモチャへの反応といった3つのテストを行った。その結果、メスネコは右利きが多く、オスネコは左利きが多い傾向があり、年齢は利き足に関係なかったらしい。

 この論文の筆者を含む研究グループは、最近になって新たにネコの利き足についての論文(※2)を出している。最新研究によれば、44匹のネコ(メス20匹、オス24匹、去勢済み、1〜17歳、平均3.98±0.56歳)を用い、1〜6歳までと7〜17歳までの2群に分けて実験した。

 テストはまず2009年と同じように、容器から食べ物を取り出すトライアルに挑んでもらう。次に自発的な行動として、横たわる際の向き、階段の昇降で最初にどちらの前足を踏み出すか、トイレの際にどちらの前足から入るか、という3つを3ヵ月間、観察した。

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ネコたちが挑んだテストその1。容器から食べ物(四角いチーズ風味の英国製ドリーミーズ)を取り出すテスト。高さ35.6センチの容器の3つ開いている穴に前足を突っ込んで食べ物を取る。このネコは右利き。Via:Louise J. McDowell, et al., "Lateralization of spontaneous behaviours in the domestic cat, Felis silvestris." Animal Behaviour, 2018

イヌとネコの違い

 その結果、73%のネコが左右どちらにせよ優先的に食べ物に伸ばす利き(前)足を持ち、70%のネコが階段の昇降でお気に入りの前足があり、66%のネコでトイレの際に決まった前足から入ることがわかったという。ただ、横たわる際の向きには特に違いはなく、25%のネコしか特定の側に偏ることはなかった。

 2009年の実験では、ネコの雌雄で利き足が異なることがわかっている。研究者は、最新の実験ではすべて去勢されているネコを使ったために結果に影響があった可能性があるといっているが、今回の実験ではオスに利き足はなく、メスで右利きが有意という結果が出た。

 一方、イヌはどうだろうか。グレイハウンド、ウィペット(小型の猟犬)、ボクサー、パグという犬種を頭の前後長により前者2種(長)、後者2種(短)に分け、利き(前)足の使用頻度を比較して調べた研究(※3)によれば、犬種によって特に利き足はなかったが、オスでは左足、メスでは右足を使う傾向があるようだ。また、両足を同時に使う頻度はパグが最も少なく、パグとボクサーが両足の同時使用頻度が少なかったことで、頭が前後に短い犬種でどちらか片方の足を使う傾向があることがわかったという。

 右利きと左利きのイヌを比較した研究(※4)によれば、左利きのイヌのほうが右利きまたは両利きのイヌよりも用心深く消極的なようだ。この研究の実験結果からは、視覚的な認知機能で左利きのイヌの理解速度の遅さが示唆され、イヌの利き足と脳の機能に何らかの関係があるのではないかと考えられる。また、イヌの鼻はどうも右利きらしい(※5)。

 脊椎動物の脳は左右に分かれているが、情報処理をどちら側の脳でするかは生物種によって異なる。右脳を使う生物は左利きになり、左脳を使う生物は右利きになる傾向があるようだ。

 ネコの場合、左右どちらにせよ、利き足があるネコのほうが感情豊かで愛情深く活発で従順、という実験結果もある(※6)。逆に利き足のないネコはそうではない傾向があるようだ。さて、右利きの多い我々ヒトの場合はどうなのだろうか。

※1:Deborah L. Wells, Sarah Millsopp, "Lateralized behaviour in the domestic cat, Felis silvestris catus." Animal Behaviour, Vol.78, Issue2, 537-541, 2009

※2:Louise J. McDowell, Deborah L. Wells, Peter G. Hepper, "Lateralization of spontaneous behaviours in the domestic cat, Felis silvestris." Animal Behaviour, Vol.135, 37-43, 2018

※3:Paul D. McGreevy, et al., "Motor laterality in 4 breeds of dog." Journal of Veterinary Behavior: Clinical Applications and Research, Vol.5, Issue6, 318-323, 2010

※4:D L. Wells, et al., "Cognitive bias and paw preference in the domestic dog (Canis familiaris)." Journal of Comparative Psychology, Vol.131(4), 317-325, 2017

※5:Marcello Siniscalchi, et al., "Sniffing with the right nostril: lateralization of response to odour stimuli by dogs." Animal Behaviour, Vol.82, 399-404, 2011

※6:Louise J. McDowell, Deborah L. Wells, Peter G. Hepper, Martin Dempster, "Lateral bias and temperament in the domestic cat (Felis silvestris)." Journal of Comparative Psychology, Vol.130(4), 313-320, 2016

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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