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恐竜が絶滅したのは「運が悪い」せいだった

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 今さらながらの質問だが、恐竜が絶滅した原因は何だったのだろうか。我々の多くは、それは隕石が地球に墜ちてきたせいだと思っている。この説について簡単に振り返ってみよう。

隕石説が有力になった理由

 アルバレス親子らが、中生代白亜紀と新生代第三紀の間の地層(K/Pg層、Cretaceous-Paleogene boundary、K/T層とも。約6550万年前)に地球上にはあまり存在しないイリジウムが集中的に堆積していることを指摘し、その理由は直径10kmほどの隕石(小惑星)が地球にぶつかったからだ、と発表したのは1980年だった(※1)。それ以後、白亜紀末の恐竜大絶滅の原因は隕石衝突という説が主流になっていく。

 アルバレスらの論文の直後、そのイリジウムが米国ニューメキシコ州ラトン盆地にあるK/Pg層に約1cmという異常な厚さで存在し、植物と微生物の絶滅を報告した論文(※2)が出され、隕石の衝突の影響評価、つまり大絶滅の証拠に注目が集まる。そして、1986年になるとK/Pg層の植物の化石から当時の極端な気候変動と植生の影響が示され、隕石衝突による「インパクト・ウィンター(impact winter)」仮説が提唱されるようになった(※3)。

 1991年になると隕石がどこに墜ちたのかについて有力な論文(※4)が出る。メキシコのユカタン半島に直径約180kmのチクシュルーブ・クレーター(Chicxulub Crater)があり、それがK/Pg層を形成した隕石の跡ではないか、というのだ。その後、K/Pg層の堆積物の地域比較や化石などを検証した結果、恐竜を絶滅させたのはチクシュルーブ隕石だったのではないか、ということがほぼ確定する(※5)。

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白亜紀末に隕石が墜ちたチクシュルーブの場所。現在のメキシコ、ユカタン半島の先端を含むメキシコ湾にあたる(★印)。Via:Peter Schulte, et al., "The Chicxulub Asteroid Impact and Mass Extinction at the Cretaceous-Paleogene Boundary." Science, 2010

 こうして恐竜絶滅の隕石衝突原因説とそれがチクシュルーブ隕石だったという説はほぼ固まり、最近になると議論の方向は隕石衝突がどんな影響を与えたのかという評価に移っていく。衝突によって細かいチリやガスが舞い上がり、それが大気をおおって寒冷化をもたらした、という説(※6)が有力だが、隕石による熱線が地球上を吹き荒れ、各地で大火災が起きたのではないか、という説も根強い(※7)。

隕石衝突で地球の気候は大変動

 これらの推計をまとめれば、隕石のエネルギーはTNT換算で約100兆トン(核弾頭4万発分、旧ソ連の最大水爆ツァーリ・ボンバは5000万トン)であり、衝突の衝撃波と熱線で周囲1000km以内の生物はほぼ死に絶え、海に墜ちたので巨大な津波が地球上の海岸へ到達したと考えられる。その後、連鎖的な火山活動が引き起こされたことも推測され、大気中に隕石衝突と火山活動によるチリやガスが舞い上げられ、大量の二酸化炭素や一酸化炭素、メタンも放出される。

 隕石衝突で地球環境は大打撃をこうむり、恐竜や地上の生物種の多くが絶滅する。その中で、哺乳類や現在の爬虫類の祖先は、夜行性だったり冬眠できたりした理由で生き残ったのだろう。また、恐竜は絶滅せず、現在の鳥類に姿を変えて生き残った、という説もあり、SF小説や映画にも取り入れられた。

 最近の研究によれば、我々ヒトの祖先である哺乳類はもともと夜行性で、隕石衝突による「インパクト・ウィンター」を堪え忍ぶことができたのではないか、と言われている(※8)。哺乳類が昼間も活動するようになるまでには、恐竜絶滅後、約20万年しかかかっていない。

 一方、隕石衝突の時期がもう少し早ければ、恐竜は絶滅を免れていたのではないか、という説もある(※9)。世界各地の白亜紀末期の恐竜化石を調べたこの論文によれば、特に大型の草食恐竜が種として終末的な状況にあり、6550万年前の隕石衝突が恐竜の種としての生存限界にとどめを刺したのではないか、という。

隕石は不運な場所に墜ちた

 恐竜を絶滅させたと考えられるチクシュルーブ隕石だが、英国の科学雑誌『nature』の「Scientific Reports」に新しい学説が掲載された。日本の東北大学大学院理学研究科の海保邦夫教授らによる論文(※10)で、隕石が墜ちたチクシュルーブという場所が特異的であり、地球上の約13%を占める地域に含まれていたからこそ、恐竜にあれだけ壊滅的な打撃を与えることができた、と言う。

 海保らは昨年にも今回の仮説のもとになる論文(※11)を出しているが、それによれば隕石が墜ちた結果、岩石や土の中に含まれる炭化水素(石油や石炭、天然ガスなどの有機物)が燃焼し、そのススと煤煙が赤道周辺の低緯度地域に巻き上がった、としている。成層圏にススが及び、それが中緯度と高緯度を寒冷化させ、低緯度地域に緩慢な寒冷化と干ばつをもたらした。そして熱帯から温帯の海洋が冷され、それによって海洋生物が絶滅した後、やがて陸上生物の絶滅におよんだ、というシナリオを想定している。

 つまり、隕石の衝撃と同時に湾岸戦争時の油田火災などとは比べものにならないほど大量の煤煙の成層圏への放出が地球規模で起きた、と考えればいい。チクシュルーブは低緯度に位置し、白亜紀末にもすでに生物由来の有機物が沿岸部に堆積し、石油や石炭、天然ガスなどの炭化水素(hydrocarbons)が岩石や土中に含まれていた、ということになる。

 これまでの研究でも、岩石中の炭化水素が小惑星の衝突で燃焼し、ススと硫酸塩エアロゾルが大気中へ放出され、それによって極度の地球寒冷化と乾燥が起こったのではないか、ということが示されてきた。今回の論文では、岩石中の炭化水素と硫黄(sulphur)の量は場所によって大きく異なることから、恐竜が絶滅したのはチクシュルーブという場所によることが大きかったのではないか、と推測している。

 海保らは当時の地中に存在したであろう炭化水素と硫酸塩の量を推計し、仮想の小惑星衝突(virtual asteroid impact)で生成する成層圏のススと硫酸塩の量を計算した。20、200、500、1500、および2600Tg(テラグラム)という5段階の量のブラックカーボン(ススに相当)を用い、小惑星の衝突が生じる気候への影響を推定した、と言う。

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チクシュルーブ隕石と同じ程度の隕石が白亜紀後期(6600万年前)の地球に墜ちた場合を想定し、地域ごとに放出有機物量の違いを比較した地図。20Tg/平方km以上という紫色の地域が非常に少ないのがわかる。つまり、恐竜は「運悪く」絶滅させられてしまった、というわけだ。Via:Kunio Kaiho, Naga Oshima, Kouji Adachi, Yukimasa Adachi, Takuya Mizukami, Megumu Fujibayashi & Ryosuke Saito, "Global climate change driven by soot at the K-Pg boundary as the cause of the mass extinction." Scietific Reports, 2016

 その結果、岩石や土中の炭化水素の濃度が高いか極めて高い地域(成層圏へ入るブラックカーボン230〜590Tgおよび590〜2300Tgに相当)に隕石が墜ちた場合、世界の平均地表気温は大絶滅が可能になるほど低下することがわかった、と言う。海保らは、地表の約13%が大量絶滅を引き起こすための要件を満たしていた、と推測している。逆に言えば、炭化水素の濃度がこの量に達していない別の地域に隕石が墜ちていたら、大絶滅は起こらなかっただろう、というわけだ。今回の論文についてメールで海保教授にたずねた。

海岸付近に隕石が墜ちるとヤバい

──まず、白亜紀末の大絶滅はチクシュルーブ隕石衝突が原因という根拠はどこにあるのか。

海保「チクシュルーブクレーターが生成した際に融けた岩石の放射年代値が白亜紀末の大量絶滅の年代と一致したことと、浮遊性有孔虫(プランクトンなど。※筆者注)の絶滅がイリジウム濃集と同時であることの証明ができたことです」

──今回の論文では、隕石が衝突した地球上の「場所」が問題であり、まさにチクシュルーブはそのための条件をそろえていた、ということになる。地球上のどこに炭化水素や硫黄が多いのか。

海保「炭化水素量が多いのは、世界地図で見た場合、海岸付近です。生物生産量が多いためと堆積物が厚く積もっているからです。逆に少ないのは海洋の縁辺域を除く部分と、大陸上でも堆積岩の厚さが薄い部分です。硫黄が多いのは蒸発岩が多く堆積している地域になります。海水中の硫酸イオンが濃集しています。炭化水素は大部分は堆積岩中にあります。硫黄は硫酸を多く含む蒸発岩中に多いです」

──地表の約13%しかチクシュルーブ規模の隕石衝突で大量絶滅を起こせる場所はない、ということだが、白亜紀末の恐竜はようするに「運が悪かった」ということになるか。

海保「そういえると思います」

 つまり、海岸付近に隕石が墜ちると今でもヤバい、ということになる。今回、海保らは仮想の隕石衝突で推定したが、当時の地球上で炭化水素量が多い地域の場合、最小でどの程度の隕石なら大量絶滅させるだけの効果をもたらしたか、また、チクシュルーブ隕石はそれと比べるとどれくらい大きさだったのか、さらに他の地域の隕石クレーター(アクラマン、ウッドリー、マニクアガン、モロクェンなど)の場合、炭化水素や硫黄が少なかった地域だったのかどうか、については「次の論文に書く」そうだ。楽しみにして待ちたい。

※1:Luis W. Alvarez, Walter Alvarez, Frank Asaro, Helen V. Michel, "Extraterrestrial Cause for the Cretaceous-Tertiary Extinction." Science, Vol.208, No.4448, 1980

※2:Charles J. Orth, James S. Gilmore, Jere D. Knight, Charles L. Pillimore, Robert H. Tschudy, James E. Fassett, "An Iridium Abundance Anomaly at the Palynological Cretaceous-Tertiary Boudary in Northern New Mexico." Science, Vol.214, Issue4527, 1981

※3:Jack A. Wolfe, Garland R. Upchurch Jr. "Vegetation ,Climatic and Floral Changes at the Cretaceous-Tertiary Boudary." nature, Vol.324, 148-152, 1986

※4:Alan R. Hildebrand Glen T. Penfield David A. Kring Mark Pilkington Antonio Camargo Z. Stein B. Jacobsen William V. Boynton, "Chicxulub Crater: A possible Cretaceous/Tertiary boundary impact crater on the Yucatan Peninsula, Mexico." Geology, Vol.19(9), 867-871, 1991

※5: Peter Schulte, et al., "The Chicxulub Asteroid Impact and Mass Extinction at the Cretaceous-Paleogene Boundary." Science, Vol.327, Issue5970, 1214-1218, 2010

※6:Johan Vellekoop, et al., "Rapid short-term cooling following the Chicxulub impact at the Cretaceous-Paleogene boundary." PNAS, Vol.111, No.21, 7537-7541, 2014

※7:Douglas S. Robertson, William M. Lewis, Peter M. Sheehan, Owen B. Toon, "K-Pg extinction: Reevaluation of the heat-fire hypothesis." Journal of Geophysical Research, Vol.118, Issue1, 329-336, 2013

※8:Roi Maor, Tamar Dayan, Henry Ferguson-Gow, Kate E. Jones, "Temporal niche expansion in mammals from a

nocturnal ancestor after dinosaur extinction." nature, ecology & evolution, doi.org/10.1038/s41559-017-0366-5, 2017

※9:Stephen L. Brusatte, et al., "The extinction of the dinosaurs." Biological Reviews, Vol.90, Issue2, 628-642, 2015

※10:Kunio Kaiho, Naga Oshima, "Site of asteroid impact changed the history of life on Earth: the low probability of mass extinction." nature, Scientific Reports, DOI:10.1038/s41598-017-14199-x, 2017

※11:Kunio Kaiho, Naga Oshima, Kouji Adachi, Yukimasa Adachi, Takuya Mizukami, Megumu Fujibayashi & Ryosuke Saito, "Global climate change driven by soot at the K-Pg boundary as the cause of the mass extinction." nature, Scietific Reports, doi:10.1038/srep28427, 2016

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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