なぜ「お化け屋敷が怖い」のか遺伝子から考える

photo by Masahiko Ishida

慎重で臆病はセロトニン

 前回の記事では好奇心の遺伝子を紹介しましたが、次は怖がりの遺伝子です。

 夏の風物詩、肝試しってやったことありますか? または「お化け屋敷」に入ったことは? あれって性格がモロに出ます。普段はマッチョな男らしさを売りにしてるヤツがからっきし臆病だったり、神経質そうなビビリタイプの女子が意外に勇敢だったりして人間観察にはもってこいです。

 性格といってもいろんな側面があり、一概には言えません。人間特有の気質や感情もありますが、性格は生物に共通する「情動」が基礎になっています。情動というのは、単純な脳の作用、つまり気持ちよかったり怖かったりする反応のことで、この反応はまず脳の中にある扁桃体という部分で処理されているようです。

 気持ちいいのが快、怖かったりするのが不快です。この快と不快が、生物の情動のベースになっている。生物は、食べ物を食べたり生殖に成功すると快を感じ、敵に追われて怖かったり痛みを感じたりすると不快になります。

 つまり、空腹を満たすため食べ物を探すには、怖くて危険な場所へ出て行かなければならない。こうした情動は、生きていくため子孫を残すためにとても重要で基本的な機能ですが、ときに恐怖の情動を乗り越えたりするのが生物のおもしろみというものでしょう。

 こうした生命の危険に関する「恐怖」の情動は、人間の脳にも深く刻み込まれてます。肝試しのとき、脅かされると身がすくみあがったり、自動車が近づいてきて、ぶつかりそうになると反射的に身を避ける。こうした、すくみ行動も回避行動も、恐怖の情動に基づいた反応と考えられています。

 政治や商品広告の世界でも、人間の恐怖や不安に訴えかける手法があり、気づけば私たちの身の回りで普通に使われています。いわゆるネガティブキャンペーンで、有権者や買い手といった対象者へ恐怖の情動を与え、対立候補をおとしめたり不安を煽って商品を買わせたり、心理的に自分に有利な方向へ誘導する。

 では、恐怖や不安という情動に関係した遺伝子というのはあるんでしょうか。

 前回の記事では、好奇心の旺盛さに関係する遺伝子として、人間の気質にも神経伝達物質やその受容体遺伝子が関係してることを紹介しました。新しもの好きはドーパミン、慎重で臆病はセロトニン、感情的なのはノルアドレナリンです。

 この中で恐怖といえば、セロトニンでしょう。慎重さや臆病さに関係していると考えられるセロトニンは、トリプトファンというアミノ酸を体外から摂取して作られる神経伝達物質です。トリプトファンがないとセロトニンはできない。トリプトファンは、肉類や魚卵、植物の種子なんかに多く含まれているアミノ酸です。

 人間の慎重さや臆病さといった気質、特に恐怖の感じ方の違いには、どうやらこのセロトニンのトランスポーター遺伝子が関係しているようです(*1、ドイツ、ユリウス・マクシミリアン大学ヴュルツブルクの研究者らによる論文)。

 ちなみに、トランスポーターというのは、神経伝達物質を最初に放出した神経へ戻す役割をしています。セロトニンに限らず、こうしたリサイクル機能を受容体に働かせる遺伝子がトランスポーター遺伝子です。

セロトニン遺伝子には2種類ある

 また、リサイクルといってもこの機能は単なる省エネの目的だけじゃなく、回収できなかった物質が余計な作用をおよぼすことも防いでいます。放出しっ放しだと、困ることが起きる。神経伝達物質は、放出と回収がうまくいかないといけません。

 このセロトニントランスポーター遺伝子には、短いS型と長いL型の二つのタイプがあります。ショートのSとロングのL。私たちは、両親からどちらかを受け継ぐわけです。両親からS型を受け継ぐとSS型になり、片方から一つずつ受け継ぐとSL型、L型だとLL型になる。もちろん、この組み合わせは両親それぞれがどの型を持っているかで変わってきます。

 二つのうち、S型は遺伝子があまり働きません。つまり、神経から出たセロトニンをうまく回収できない。その結果、神経回路に戻らないセロトニンが脳内で増えることになります。

 L型はよく働いて、セロトニンを元の場所へせっせと戻す。つまり、これによってセロトニンが過剰に脳内に残ることを防いでいます。

 505人のサンプルで調べた研究によると(*1、前出したユリウス・マクシミリアン大学ヴュルツブルクの研究者らによる論文)、SS型やSL型など、S型が入っている人はLL型に比べて不安を感じることが多いことがわかったそうです。セロトニンをあまり回収できない場合、過度に怖がったり不安を抱きやすくなる。

 では、脳に残ったセロトニンは、どうやって恐怖を増幅させたり不安を感じたりさせるんでしょう。

 二つの遺伝子タイプを持った人たちの扁桃体の反応を、特殊な機器を使って調べてみた研究があります。

 たとえば、29人の健常な男性の遺伝子型を調べ(SS型9人、SL型11人、LL型9人)、心地よい写真と不快な写真を見せる実験をして扁桃体の反応を調べたところ、S型を持っている人は不快な写真を見ると右の扁桃体が働いたそうです(*2、ドイツ、シャリテ・ベルリン自由大学医学部の研究者らによる論文)。同時に、扁桃体とつながりの強い脳の部位の間の血流量に変化が現れ、これはセロトニンをうまくリサイクルできないS型を持っている人で特に反応が大きかった。

 また、S型を持つ人は、情動をつかさどる扁桃体の過剰反応を抑えられなくなるんじゃないか、ということがわかったそうです(*3、米国、メリーランド州の国立精神衛生研究所と国立衛生研究所の研究者らによる論文)。この研究によると、セロトニントランスポーター遺伝子の影響で、扁桃体と扁桃体周辺にある各部位の連絡路になっている帯状回という回路がうまく働かなくなるらしい。その結果、不安を感じてしまい、うつ病などの神経疾患につながってしまうのではないか、というわけです。

 どちらの研究でも、扁桃体の活動をコントロールする脳の回路の結びつきにセロトニンが影響しています。怯えやすく不安になりやすい気質は、こうした機能不全に関係しているのかもしれません。

不安を抑える神経伝達物質

 ところで、また別の原因が考えられる精神疾患に「文化依存症候群」というものがあります(*4、香港の精神科医Pow Meng Yapが唱えた概念について論述したInternational Journal of Geriatric Psychiatry)。これは、ある狭い集団内でだけ特定に起きる精神疾患のことをいうんですが、たとえば、ビックリ病という珍しい病気がある。

 ビックリ病は、米国メイン州のフランス人移住者、特に林業の人に多くみられ、文化依存症候群と考えられていました。日常生活で驚いたり怖がったりするのは、ごく普通に起きる出来事ですが、過度に反応するようになると困ります。ビックリ病の人は、ちょっと驚かされるだけで過剰反応し、メチャクチャ高く飛び上がったりする。

 特定の狭い集団の中に起き、新生児でもみられる症状だったので、遺伝的な病気じゃないか、という疑いで研究されていました。その結果、ビックリ病の関連遺伝子が見つかったんですが(*5、オランダ、ライデン大学医療センターの研究者らによる論文)、この研究調査はフランスではなくてオランダで行われたものでした。メイン州の米国系フランス人は、オランダとの国境付近の出身者が多かったのかもしれません。

 とにかく、ビックリ病の原因は、神経伝達物質で抑制系に働くグリシンが、出にくいか量が少なく、グリシンが働かない場合に代打として出るタウリンも機能していないということがわかった。このグリシン、アミノ酸の一種で、動物性コラーゲンに多く含まれている物質です。ビックリするのも情動に関係した反応だから、神経伝達物質に関係した遺伝子が、どうやら快や不快といった生物の基本的な情動に作用しているのかもしれません。

 セロトニンに限らず、恐怖の情動にはグリシンも関わっているんじゃないか、というわけで、同じような神経の抑制系の伝達物質を調べた結果、ほかには、ガンマアミノ酪酸、通称GABA(gamma aminobutyric acid)があるのでは、ということになりました。これもアミノ酸の一種で、GABAが不足するか受容体遺伝子に変異があると、精神疾患の不安障害になる、と考えられています。

 逆に、GABAの遺伝子を片方だけなくした不安障害のマウスにGABAを与えると不安が解消して正常にもどったり(*6、スイス、チューリッヒ工科大学の研究者らによる論文)、人間にGABAを飲ませるとリラックスしたり不安が抑えられ、結果として免疫力が上がる、という研究結果もあるんです(*7、日本、京都のバイオベンチャー、ファーマーフーズと京都女子大学食物栄養学科などの研究者らによる論文)。

 GABAはチョコレートなどにも含まれていて、口から食べてもリラックス効果があるようです。脳の受容体に直接、働きかけるわけじゃなく、どうも末梢系に作用してるらしい。

一筋縄ではいかないのが性格と遺伝子の関係

 とにかく、人間の気質というのは複雑で、それに関わっている遺伝子や物質も多種多様にあるようです。不安や恐怖だけでも、セロトニンやグリシン、GABAだけじゃなく、fyn遺伝子とかASIC(acid-sensing ion channels)とかいろいろある。セロトニンとセロトニントランスポーター遺伝子にしても、その働きを助けるコルチコトロピンの存在があったりする(*8、カナダ、ウェスタンオンタリオ大学の研究グループによる論文)。

 こうした脳の機能や作用する物質が次第にわかってきたことで、精神疾患を薬物の投与で治療する方法が確立されてきました。しかし、こうした薬物が、人体に副作用を及ぼすこともある。

 そのため、恐怖記憶の場合、たとえばPTSD(Post-traumatic stress disorder、心的外傷後ストレス障害)の治療などで、薬物を使わない治療法が提案されるようになってきています(*9、米国、ニューヨーク大学の神経科学センターの研究者らによる論文)。これは、恐怖記憶が戻ってきて、その記憶が再び固定化され、長期の記憶になるタイミングを見計らい、心理的に「安全」という印象を脳に強く刻みつけて治す、という方法です。

 もちろん、不安や恐怖という情動は、過剰になると問題ですが、危険を回避したり自分の命を守るための重要な機能でもある。それによって危険な場所を覚えたり、逆に怖い体験を忘れたりする融通無碍な部分もあります。

 セロトニントランスポーター遺伝子では、両親がS型L型のどんな型を持っているかで子どものタイプも違ってきます。どちらの親も慎重な性格なら、子どもが同じような性格になりがちになる。ただ、セロトニントランスポーター遺伝子以外にも、いろんな遺伝子が複雑にからみあっていて、なかなか一筋縄じゃいかない。それが遺伝子、というわけです。

(*1:Klaus-Peter Lesch, Dietmar Bengel, Armin Heils, Sue Z. Sabol, Benjamin D. Greenberg, Susanne Petri, Jonathan Benjamin, Clemens R. Mu*ller, Dean H. Hamer and Dennis L. Murphy, "Association of Anxiety-Related Traits with a Polymorphism in the Serotonin Transporter Gene Regulatory Region", Science 29 November 1996: Vol. 274 no. 5292 pp. 1527-1531

(*2:Andreas Heinz, Dieter F Braus, Michael N Smolka, Jana Wrase, Imke Puls, Derik Hermann, Sabine Klein, Sabine M Gru*sser, Herta Flor, Gunter Schumann, Karl Mann & Christian Bu*chel, "Amygdala-prefrontal coupling depends on a genetic variation of the serotonin transporter", Nature Neuroscience 8, 20-21 (2005) Published online: 12 December 2004.

(*3:Lukas Pezawas, Andreas Meyer-Lindenberg, Emily M Drabant, Beth A Verchinski, Karen E Munoz, Bhaskar S Kolachana, Michael F Egan, Venkata S Mattay, Ahmad R Hariri & Daniel R Weinberger, "5-HTTLPR polymorphism impacts human cingulate-amygdala interactions: a genetic susceptibility mechanism for depression", Nature Neuroscience 8, 828- 834 (2005) Published online: 8 May 2005

(*4:Yap PM. "Classification of the culture-bound reactive syndromes." Aust N Z J Psychiatry. 1967;1:172-9.

Lipsedge M, Littlewood R. "Recent advances in clinical psychiatry, Granville-Grossman." 3rd ed. Edinburgh: Churchill Livingstone; 1979. Transcultural psychiatry.

(*5:Tijssen MA, Shiang R, van Deutekom J, Boerman RH, Wasmuth JJ, Sandkuijl LA, Frants RR, Padberg GW. "Molecular genetic reevaluation of the Dutch hyperekplexia family.", Archives of neurology, 1995 Jun;52(6):578-82.

(*6:Florence Crestani, Matthias Lorez, Kristin Baer, Christian Essrich, Dietmar Benke, Jean Paul Laurent, Catherine Belzung, Jean-Marc Fritschy, Bernhard Lu*scher and Hanns Mohler, "Decreased GABA-A-receptor clustering results in enhanced anxiety and a bias for threat cues", Nature Neuroscience 2, Sep, 1999.

(*7:アダハム M.アブダウ、S.東口、K.堀江、M.金、H.八田、H.横越、「ヒトへのガンマアミノ酪酸(GABA)投与によるリラックス および免疫増進効果」、BioFactors 26 (2006) 201-208 IOS Press

(*8:Ana C Magalhaes, Kevin D Holmes, Lianne B Dale, Dennis Lee, Linsay Drysdale, Michael O Poulter, Stephen S G Ferguson, Laetitia Comps-Agrar, Jean-Philippe Pin, Prem N Yadav, Bryan L Roth and Hymie Anisman, "CRF receptor 1 regulates anxiety behavior via sensitization of 5-HT2 receptor signaling", Nature Neuroscience 13, 622-629 (2010)

(*9:Daniela Schiller, Marie-H. Monfils, Candace M. Raio, David C. Johnson, Joseph E. LeDoux & Elizabeth A. Phelps, "Preventing the return of fear in humans using reconsolidation update mechanisms", Nature 463, 49-53 (7 January 2010)

※注:名前の*印はウムラウト