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2週連続で同じ内容を放送した『水曜日のダウンタウン』がおもしろかった理由

飲用てれびテレビウォッチャー
(写真:イメージマート)

「バラエティ番組の終わりは寂しい」

 中居正広がいくつかの場で語ってきた持論である。中居いわく、バラエティ番組は内容の面でも視聴率の面でも勢いを落としながら最終回を迎えることが多い。盛り上がったところで放送を終えることもあるドラマなどとは、その点が異なると中居は語る。いくらおもしろいバラエティでも、そのおもしろさがいつまでも続くとは限らない。はっきりとした終着点がないバラエティ番組はその宿命として、「寂しさ」を抱え込みがちなのかもしれない。

 そんななか、2014年4月の放送開始から10年を迎えようとしている『水曜日のダウンタウン』は、おもしろさをキープしながら放送を続けている。しかも、説を検証するという番組のスタイルをほとんど変えずに。ゲーム企画を取り入れるなど内容を大きく変化させながら続く(そして終わる)番組も少なくないなか、これはとても稀有な例だと思う。もちろん、その内容について倫理的な面で批判されることはある。私も「なんだかな」と思う回はいくつかある。しかし、おもしろさという点で高い水準を維持し続けているのは、確かだと思う。

 私たちは『水曜日のダウンタウン』のどこにおもしろさを感じているのだろう。

 それを考えるうってつけの回が先日放送された。3月13日と20日、2週にわたってお送りされた「清春の新曲 歌詞を全て書き起こせるまで脱出できない生活」である。歌い方のクセが強いため聞き取ることが難しいことで知られるミュージシャン、清春の新曲の歌詞をすべて正確に書き起こせるまで某所から脱出できない、という企画だ。

 挑戦したのはお笑いコンビのきしたかの(岸大将・高野正成)である。最終的に2人はスタートから61時間後にすべて正解し、脱出できたわけだが、あまりにも聞き取りづらい清春の歌い方、それに頭を抱えるきしたかの、徐々に崩壊していくメンタル、物品購入ルールの絶妙さ、まさかの清春本人の登場など、とてもおもしろい内容だった(プレゼンターを務めたニューヨークのツッコミも絶妙だった)。スタジオでVTRをみていたベッキーが言う。

「こんなにみんな集中しててテレビみたことないんじゃないですか?」

 が、問題は本編が終わってからだった。次回予告で流れたのは、またしても「清春の新曲 歌詞を全て書き起こせるまで脱出できない生活」。いま見たものを、来週も放送するというのだ。同じ予告が2週連続で流れたことについては、ミスなのか? という憶測も呼んだが、特に修正のアナウンスはなかった。公式アカウント、新聞のテレビ欄なども、おなじ説が放送されることを告知していた。

 何かが仕掛けられている。そんな思いを抱きながら見た2週目(20日)の放送だったが、流れたのは予告通り1週目(13日)と同じ映像。きしたかのの2人は、2週連続で聞き取り困難な清春の楽曲にメンタルを崩壊させていた。しかし、本当に同じ映像が2回流れただけなのか? 番組側の手の内が明らかにされたのは、本編が終わり、CMを挟んでスタッフロールが流れてからだった。画面に、次のようなテロップが映し出された。

「今年度分の番組予算が底をついたため、先週と同じ内容を放送させていただきました」

 ただし、まったく同じものが放送されたようでいて、1週目と2週目では7か所ほど映像にわずかな変更点を加えて放送したらしい。すべて見つけた正解者には先着50名で特別なグッズをプレゼント、とのこと。確かに、注意深く見ないとわからない細かな違いがあるようだ。が、そもそも、間違い探しの種明かしがされる前から、この番組が同じものをただ2週続けて流すはずがない、何か仕掛けがあるはずだと、画面をじっくり見てしまっていた。ベッキーの「こんなにみんな集中しててテレビみたことないんじゃないですか?」とのコメントが、清春の歌唱に注意深く耳を傾けていた1週目と、映像に目を凝らしていた2週目で、ダブルミーニングになった形だ。

 にしても、1週目の最後に次回予告が流れた直後、X(旧Twitter)上には困惑と、何か仕掛けがあるはずだという憶測があふれていた。2週目の放送直前にもさまざまな考察が飛び交っていたが、放送がはじまると映像の細かな違いを指摘する投稿がちらほら見られはじめ、これは間違い探しではないかとの予想がされていった。

 こういう様子を見ていると、なるほど、『水曜日のダウンタウン』は見ていておもしろい内容の番組を放送しているだけでなく、『水曜日のダウンタウン』をめぐってあれこれネット上に投稿したりする楽しむ機会も私たちに提供しているのだと改めて気づく。いわば、「テレビを楽しむ」次元だけでなく、「テレビで楽しむ」次元も提供しているわけだ。テレビ番組の内容を楽しむ次元と、テレビ番組を手段にして楽しむ次元と言い換えてもいい。

 私たちは「テレビを楽しむ」だけでなく、「テレビで楽しむ」をやっている。その範囲は広い。SNSでテレビ番組を実況することはもちろん、ドラマの考察をSNSやブログに書いたり読んだり、考察動画や考察系ポッドキャストを投稿したり見たり聞いたりすること、画面のスクショや切り取り動画を投稿すること(イリーガルなものも含む)、テレビ番組それ自体は見ないけれど番組に関するネットニュースを読んだりすることも含まれるだろう。もちろん、この記事を書いたり読んだりすることもそうだ。そしておそらく、「テレビはつまらない」といった批判も、「テレビを楽しむ」ことはしていないかもしれないけれど、「テレビで楽しむ」ことはしている。「つまらない」とネット上に投稿し反応を得ることに、少なからず享楽を得ている。

 「テレビで楽しむ」行為はずっと昔からあったが、SNSの使用が広がるなかで加速しているはずだ。そんななか、『水曜日のダウンタウン』はこれまでも、私たちのそんな「テレビで楽しむ」次元の欲求と行為を刺激してきた。最近の放送でいえば、途中までは収録だったのに最後だけ生放送に切り替わった「クロちゃん宅でダマの『100万円を探せ!』」の回が典型的だろうか。次回予告を使った仕掛けでいえば「番組CMでダウンタウンがガッツリ泣いてたら流石に視聴率爆上がり説」も挙げられるだろう。多くの人がリアルタイムに同時に見ているという性格をふまえた、テレビの楽しみ方の提供がそこにはある。

 もちろん、番組の内容それ自体もおもしろい。今回の2週連続での同内容の放送で言えば、これが成立するのは、2回同じものを見ても同じところで笑えてしまうような、そんな放送内容それ自体の(そしてきしたかのの2人をはじめとした出演者の)おもしろさの水準の高さが前提になっている。突飛なことをやって驚かし話題を巻き起こすだけの、ただの”びっくり箱”ではない。

 さらにいえば、「テレビで楽しむ」感覚は、番組の制作側にもあるのかもしれない。『水曜日のダウンタウン』はドッキリ企画が多いが、それらの多くは、これまで多くのテレビ番組で企画されてきたドッキリをひねったり、逆手にとったりしたものが多い。現時点で第2弾まで放送されている「犯人を見つけるまでミステリードラマの世界から抜け出せないドッキリ、めちゃしんどい説」(いわゆる「名探偵津田」の回)は、近年の傑作だろう。そこには、ドッキリに何ができるのか、どこまでできるのか、その強度を確かめているような、楽しんでいるような感覚があるように感じる。

 見る側と作る側の、画面を挟んだ「テレビで楽しむ」次元での共振。もちろんそれがすべてではないだろうが、放送がはじまって10年を経ても変わらない『水曜日のダウンタウン』のおもしろさのひとつは、そんなところにあるのではないだろうか。

テレビウォッチャー

関西在住のテレビウォッチャー。文春オンライン、現代ビジネス、日刊サイゾー、日刊大衆、週刊女性PRIME、電子コラム&レビュー誌『読む余熱』などでテレビに関する文章を執筆。

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