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ソニーとホンダがEVで新会社 世界への反転攻勢 水平分業化への大転換点に

井上久男経済ジャーナリスト
ソニーグループの吉田憲一郎CEO(左)とホンダの三部敏宏社長(写真:つのだよしお/アフロ)

  ソニーグループとホンダは4日、モビリティ分野における戦略的提携で合意したと発表した。両社は2022年中に合弁会社を設立し、そこで電気自動車(EV)の企画、開発、販売などを行う。25年をめどに新会社からEVを発売する予定。

 ソニーの吉田憲一郎会長兼社長CEOとホンダの三部敏宏社長が共同記者会見をして発表。提携の大きな狙いについて、吉田CEOは「これからの10年はモビリティがモバイル化していく中でソニーはモビリティを学ぶ必要がある」、三部社長は「異業種との提携で新しい価値が見いだせる」とそれぞれ語った。

 

 

EVシフトで遅れる日本

 これから米アップルが自動車事業に参入し、EVを市場投入してくることが確実視されており、iPhoneと同様に台湾の鴻海精密工業がアップルカーを受託生産すると見られている。その鴻海と日本電産が提携し、同社がモーターを提供する。また、EVで先行する米テスラは株式の時価総額でトヨタを大きく上回るなど勢いがある。

 次世代モビリティの世界では業界の枠を超えた合従連衡と競争が始まっている中で、日本の自動車メーカーのEVシフトは世界から後れを取ってきた。販売台数を見ても、同じ自動車大国のドイツでは21年にEVが約35万台売れたのに対し、日本はわずか約2万台しか売れていない。

 しかし、このソニーとホンダの提携が、EVシフトでの日本勢の劣勢を跳ね返し、反転攻勢に打って出る一つの契機になるのではないか。さらに日本の自動車の産業構造が水平分業に移る一つの大転換点になるかもしれない。こうした視点からソニーとホンダの提携の意義について考えてみたい。

 ソニーが進めているEVや自動運転のプロジェクトは「VISION-S」と呼ばれる。20年12月から欧州で公道試験を始めていた。事業化するかどうかは未定だったが、22年1月、米ラスベガスで開催された家電・ITの見本市で吉田CEOはビジネスとしてEVに参入することを表明、大きな話題を呼んだ。

 ソニーの担当役員は川西泉常務で、現在はロボット事業を担当する立場でモビリティのプロジェクトも統括。川西氏はこれまで、家庭用ゲーム機「プレステーション3」に中核エンジニアとしてかかわってきたほか、赤字だったスマートフォン事業の再建も担当した。

クルマのスマホ化

 昨年、筆者は川西氏にインタビューした際に、氏は「過去10年を振り返ると、スマーとフォンの登場でライフスタイルが激変したが、これからの10年を考えると、さらに大きな変化が起こる。EVシフトも含めてクルマの電動化は加速するので、イメージセンサーなどのソニーの技術をどう使っていくのか。何か提供できるものがあるはず、との思いで始めたのがこのプロジェクト」と語った。

 さらに川西氏が重視するのが「クルマの居住性とエンターテインメント性」だ。特にゲームや映像コンテンツの技術とクルマを融合させ、「クルマに乗っている時間の付加価値を高めていきたい」との考えだ。

 まさにソニーはクルマのスマホ化を進めようとしているのだ。こうした動きは世界のトレンドとなりつつある。中国の新興EVメーカーである小鵬汽車は昨年、車内をシアター化できる新車を発表したほか、運転席周辺に対話型のAIを設置したスマートキャビンの導入の流れも強まっている。

 ソニーはロボット事業と次世代モビリティ事業に共通性を見出している。たとえば、自立して周辺環境に配慮しながら動く(走る)という点だ。「人に寄り添う」という発想にも共通性がある。ロボットには、ハードとソフトによる「機能価値」と、ユーザーがそれを使った時に感じる心地よさや質感、驚きといった「感性価値」があるが、これからの個人所有のモビリティには、より一層の「感性価値」が求められるとソニーは見ている。

ソニーと組むことでホンダに「化学反応」

 スマホも通信などの機能価値に加えて、使い勝手や利便性の良さ、使って面白いなどの感性価値が高い商品だ。そういった意味でも次世代モビリティはスマホ化していくのだろう。

 一方のホンダは21年4月に社長に就いた三部氏が2040年までに全車種をEVに切り替えることを公表。ハイブリッド車中心の戦略から大きく方針転換し、「アライアンスには躊躇しない」との考えも示していた。しかし、過去の成功体験が大きいホンダは、トップが笛吹けど踊らずの状態で、現場がなかなかEVシフトに傾かなかった。

 三部氏にはやや焦燥感が漂っていたとされ、昨年夏頃にホンダからソニーに将来モビリティについて一緒に取り組みたいと切り出した。「両社の若手でワークショップを開き、検討を重ねていくうちに化学反応が起きて新しい価値が見いだせると感じた」と三部氏は言う。

 ソニーでは若手に自由に発想させ、スピードを重視したトライ・アンド・エラーで仕事を進めさせている。一方のホンダは任せる体制になっておらず、意思決定が遅い。ホンダ側がこうしたソニーの風土にも刺激を受けたようだ。この結果、三部氏はソニーと組むことで安住しがちなホンダ内部に刺激を与え、次世代モビリティで新しい価値を創出することに繋げようと考えた。

 

ホンダにはない「デジタル大敗戦」

 さらに、ソニーにはホンダにはない「経験」がある。それは「大きな負け戦」を知っていることだ。2000年代、主力ビジネスだったテレビ、携帯電話、パソコンでソニーは大きな敗戦を経験した。

 たとえば、テレビはパナソニックと並んで世界の市場を制覇していたが、ブラウン管から薄型に変化していく過程、すなわちテレビのデジタル化が進んだ中で事業構造が垂直統合から水平分業に変化して生産の付加価値が低くなった。同様に携帯電話も折り畳み式などのガラケーからスマホに移るプロセスで、覇権は日本勢からアップルやサムスンに移った。

 そうした中でソニーは主要事業で「デジタル大敗戦」を喫し、大規模な人員整理をしたうえで立ち直ってきた。川西氏は「モビリティの変化の中心はエンジンという機械からソフトウエアに比重が移っていくことにある。テレビやスマホでの失敗の経験が大いに活かせる」と語った。

学び合いながらの戦略的分業

 ホンダは主力ビジネスでまだ大負けをしていないが、見方によっては、そのことで社内の危機意識が高まらず、世の中の変化を直視できる体質になっているとはいえなかった。今回の提携でホンダからソニーに声をかけたのは、ホンダが自ら変化しないと生き残れないと気付いたからかもしれない。

 地道なモノづくりを「地上戦」、生き馬の目を抜くITや金融のビジネスを「空中戦」に例えるならば、日本の製造業では珍しくソニーは「地上戦」と「空中戦」のノウハウを持っているが、消費者に安心安全なモビリティを提供する技術力はない。その点はホンダが一枚上手だが、「空中戦」には弱い。

 新会社では、モノ作り面は主にホンダが担当し、サービスプラットフォームやソフトウエアの提供はソニーが担うことになるだろう。要は、技術とビジネスモデルの変革期に、両社が強みを持ち寄って対応していこうということであり、両社はお互いに学び合いながら戦略的分業を進めていくことになる。

 

井深大と本田宗一郎

 

 こうした提携は、ホンダ社内で完結していた自動車の開発・生産が終わることも意味する。すなわち水平分業体制へのシフトだ。EVや自動運転などの次世代モビリティは別名「ソフトウエア・デファインド・カー」とも呼ばれ、ソフトウエアの比重が一層高まる。新会社での初期モデルはホンダが生産を担当する計画だが、いずれ新会社はソフトウエア領域に集中し、製造はホンダ以外のコストが安い別会社に発注する可能性もある。

 そうなると、国内の自動車産業にも「ファブレス(生産設備を持たない)」のビジネスモデルが入ってくることになる。ファブレスとは、自社で企画・開発するが、製造は他社に委託することで、iPhoneはアップルが企画開発し、鴻海などが受託生産するその象徴的な製品だ。生産面においてもクルマのスマホ化が進むのだ。

 ソニーの創業者の一人である井深大氏と、ホンダの創業者、本田宗一郎氏とは親交があり、お互いに学び合ったという。両社は戦後の日本経済の発展をささえ、日本を代表する「ブランド」になった。三部氏は「歴史的、文化的にシンクロする両社」と表現した。繰り返すが、原点に戻って互いに学ぶ合う姿勢が重要になる。両社の提携の成否は世界的に注目されるし、日本の産業界が変革期に立ち向かっていけるかどうかの試金石の一つになるかもしれない。

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

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