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自動運転がつくる新たな雇用 「先端技術の地産地消」に挑む塩尻市の取り組みとは

井上久男経済ジャーナリスト
地域交通のDXを推進する塩尻市が導入したオンデマンドバス「のるーと」(筆者撮影)

 人口約66000人の地方都市、長野県塩尻市が自動運転などの「先端技術の地産地消」モデルを推進し、補助金を単に消化するだけではなく、そこから新たな雇用を創出するなど新たな付加価値を生み出していることで、政府からも注目されている。

 公共交通網が発達していない地方では、高齢者が運転免許を返上することなどにより、移動の自由が制約される、いわゆる「移動難民」の対策が急務になっている。移動の自由がなくなれば、買い物や病院などに行くこともままならず、それが消費行動に影響し、地域経済に与える影響は少なくないからだ。

きっかけは「ひとり親支援」から

 こうした問題を抱える中、塩尻市は「先端技術の地産地消」という画期的な視点から、地域への自動運転の導入など交通網の整備に取り組んでいる。

「先端技術の地産地消」とは、たとえば、自動運転に必要な三次元地図データーの作成業務の一部を企業から塩尻市の外郭団体である塩尻市振興公社が受注し、仕事をしたい地域の自営型テレワーカーに委託している。これにより、地元に経済的な付加価値が落ちる仕組みだ。

 こうした仕掛けは2010年、国の「ひとり親等家庭の在宅就業支援事業」としてスタートした。振興公社が経理事務などのバックオフィス業務や、自治体の各種データー入力業務などを受注、自営型テレワーカーに仕事を割り振っている。この塩尻オリジナルの就労支援モデルを、家で働く(家働)にちなんで「KADO」とネーミングしている。現在は、対象を子育て中の女性や障がい者、介護者等の時短就労希望者に拡大。約300人が就労しているという。

 こんなケースが想定されるだろう。たとえば、大都市で働いていたが、定年間際に親の介護でUターンしてきたものの、地元ではなかなか職が見当たらない。あるいは専業主婦になっていたが、子育ても一段落し、そろそろ働きたいと思っているが、なかなかよい働き口が見つからないといったようなケースだ。

自動運転用ソフトウエア開発を地元で受注

 塩尻市は昨年11月、民間企業と幅広く連携し、自動運転に関する革新的で実用的なサービスを創出することなどを狙い、「塩尻自動運転コンソーシアム」を設立した。参加企業は、高精度三次元地図データー作成のアイサンテクノロジー、名古屋大学発のベンチャー企業でオープンソースの自動運転OSの開発を主導するティアフォー、三菱商事、三菱電機、損害保険ジャパン、KDDI、EYストラテジー・アンド・コンサルティングなどだ。

 25年に「JR塩尻駅から塩尻市役所までの約500メートル」などいくつかのルートで自動運転バスを導入したい考えだ。コンソーシアムに参画する企業の仕事の一部をKADOで受注する計画だ。たとえば、自動運転バスで使うソフトウエアの開発業務の一部や自動運転の実証試験などだ。これも地元に付加価値を落とす戦略であり、これが「先端技術の地産地消」と言われる所以だ。

自営型テレワーカーが教育支援

受注額25倍 政府も注目大臣2人が視察

 塩尻市内では1999年に民間の路線バスが廃止になった後に市営の地域振興バスを導入したものの、時刻表による運行ダイヤで管理されており、乗りたいときに乗れないために利用率が悪く、赤字運営となった。こうした状況を打破するため、スマートフォンよるネット予約で必要な時に予約すれば「ミーティングポイント(バス停)」までバスが来るオンデマンド型の「のるーと塩尻」を22年度から本格導入した。

 ただ、スマホを使えない高齢者向けにはコールセンターを用意し、電話予約にも対応する。そのコールセンター業務もKADOが受注し、就労希望者に仕事を発注するシステムになっている。しかも他の自治体のコールセンター業務も請け負うなど業務を拡大させている。

 高度なDX関係の仕事を受注できるようにと、振興公社がテレワーカーに対してスキルアップの研修も行っている。情報技術の取り扱いに慣れた地元テレワーカーが増えてきたため、地元小学校に導入された生徒1人1台のタブレット端末の初期設定や使い方指導の業務もKADOが引き受けることで、地元での仕事を増やした。

 KADOは、社会的な意義や公的与信を強みとして受注規模を拡大、2015年には受注金額がわずか1000万円だったのが、21年には2・5億円にまで伸びた。

 こうして国の補助金を活用しながら地域に雇用を生み、付加価値を落としていくモデルは、政府も先進モデルとして注目しており、昨年3月には金子恭之総務相(当時)、今年1月には小倉將信・女性活躍担当大臣が相次いで視察に訪れたほどだ。

交通、観光、教育でDXを推進して地域に付加価値

 さらに塩尻市は今年6月に約5億円を投じて、地域DXセンター「core塩尻」を開業する計画。KADOの活動も取り込み、交通や観光、教育、エネルギー・環境対策など行政のあらゆる領域でDXを推進すると同時に、経済的な付加価値を地元に落とす仕組みを拡大させていく。

 KADOのプロジェクトなど関連業務に10年以上携わってきた塩尻市先端産業振興室の太田幸一室長は「失敗を途中で投げ出さず、やり切る覚悟と、公務員という軸に加えてプラスアルファの発想と行動が重要になる」と語った。

 このプラスアルファの一つが、民間企業の発想と行動だろう。そこからは社会的な課題を、ビジネス的手法を通じて解決しようとする「ソーシャルエンタープライズ」の発想が垣間見える。

社会貢献と本業での収益の両立を目指す時代に

 雇用確保などの公益を追求するために、補助金などの公的資金を投入し続けるには限界がある。財源となる税収には限度があるからだ。福祉的なサービスをすべて税金で賄うことができないのが現実だろう。一方で、少子高齢化は加速し、福祉的な課題は増大している。

 こうした中で、社会的な課題の解決というミッションのために経済合理性を重視した手法を導入することで、投入する公的資金の価値の最大化を図ることを狙う。こうした発想が「ソーシャルエンタープライズ」の原点にある。

 また、塩尻自動運転コンソーシアムなどに参画する民間企業は、経済的価値の獲得と社会的課題の解決の両立を目指すCSV(Creating Shared Value)経営の重要性を認識しており、互いの強みを持ち寄り、自社の利益と塩尻・周辺地域への貢献の両立をさせるために参画企業の若手社員同士が切磋琢磨する姿が見て取れた。このように、端的にいえば、社会貢献と本業を結び付けながら一定の利益を生み出す発想が求められる時代になっている。

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

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