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ゴーン氏逃亡ほう助の米国人2人が日本送還 注目はキャロル夫人関与の有無

井上久男経済ジャーナリスト
日産自動車元会長のカルロス・ゴーン氏と妻のキャロル氏(左)(写真:ロイター/アフロ)

本当にゴーン氏単独で逃亡計画を練ったのか

 金融商品取引法違反(報酬の虚偽記載)や会社法違反(特別背任)の疑いで、逮捕・起訴されていた日産自動車元会長のカルロス・ゴーン氏が2019年12月に国外逃亡するのを手助けしたとされる米軍特殊部隊グリーンベレー元隊員のマイケル・テーラー容疑者と、息子のピーター・テーラー容疑者の身柄が米国から日本側に引き渡され、2日、東京地検特捜部は犯人隠避の疑いで逮捕した。近く日本に到着予定だ。

 現状ではレバノンに逃亡したゴーン氏の裁判が日本で開かれる可能性は低いため、事件の全容解明にはほど遠い状況にある。しかし、今回逮捕された2人が取り調べに対して口を開けば、ゴーン氏逃亡に関する国内外の協力者の有無や、報酬の出どころなど金の流れの一部が解明されるかもしれない。

 中でも筆者が注目するのは、ゴーン氏の妻、キャロル氏の逃亡への関与の有無だ。逃亡後にレバノンでゴーン氏はメディアのインタビューに答えて、「逃亡計画は自分が一人でやった」と語っていたが、保釈中とはいえ通信手段など制約があったゴーン氏が単独で行ったとは到底考えられない。国内外に協力者がいたと考える方が自然だからだ。

キャロル夫人は偽証容疑で国際指名手配

 また、いわゆる「サウジアラビアルート」や「オマーンルート」と呼ばれる、中近東を舞台にした特別背任事件に関する金の動きにもキャロル氏は関与している疑いが濃厚だ。特別背任事件では、中東日産からレバノンにある実質的にゴーン氏が保有するペーパーカンパニーのGFI社に不正な金が流れていたが、GFI社と同じ住所にキャロル氏が代表を務めるビューティーヨット社があり、同社が日産から得た不正な資金で豪華ヨット「シャチョウ号」を購入していたことも、捜査や日産の内部調査で分かっている。

 19年に東京地裁であった公判前の証人尋問で、キャロル氏は特別背任事件の関係者に会っていないと証言しながら、実際には会っていたり、その関係者に口止め料を払っていたりした疑いが持たれている。この関係者とは、GFI社やビューティーヨット社の管理を任されていたレバノンの弁護士、フェアリー・ゲブラン氏(故人)で、ゲブラン氏の助手に対して口止め料を支払ったとされる。

 このため、東京地検特捜部は偽証の疑いで逮捕状を請求し、キャロル氏を国際指名手配した。キャロル氏は特別背任事件でも限りなく容疑者に近い重要参考人だったと筆者は見ている。

 また、長年ゴーン氏の近くに仕えてきた日産元幹部の「ゴーンさんはキャロルさんと付き合うようになって、また正式に結婚してから性格も行動も大きく変わってしまった」との証言もある。

ゴーン氏の「不正」が加速したのは再婚の頃から

 ゴーン氏とキャロル氏の関係についてもう少し詳しく見ていこう。ゴーン氏は07年頃にニューヨークのパーティーでキャロル氏から声をかけられ知り合った、とされる。当時、ゴーン氏は前妻リタ氏と婚姻関係にあったので不倫だった。キャロル氏はレバノン生まれで米国に移民。ゴーン氏もレバノン移民の子としてブラジルで生まれた。同郷関係者として意気投合したのかもしれない。

 12年4月には日本の写真週刊誌がゴーン氏と金髪の女性がニューヨークにあるしゃれたレストランのテラス席でキスする写真を掲載している。よく見ると、それがキャロル氏であることが分かる。

 その半年後の12年10月にレバノンでゴーンとリタ両氏の離婚が成立(フランスでの離婚成立は15年)した直後からゴーン氏は、キャロル氏を同伴して公式の場に現れるようになった。毎年1月にスイスで開催され、世界の財界人が集まる13年のダボス会議にキャロル氏を伴ってゴーン氏は出席した。そこに出席していたある日本人は「あの女性は誰だろうと思った」と言う。

「愛の巣」は租税回避地の会社が保有

 ゴーン氏による内部規定に違反した会社資金の不正利用が加速し始めたのは、キャロル氏との結婚が近づいた頃だった。日産の社内調査によると、11年9月、ベンチャー投資のためにオランダに設立された連結子会社のジーア社について経営会議で突如、非連結化が提案され、承認された。設立から1年程度しか経っていないのに、である。

 その後、ジーア社は租税回避地の英領ヴァージン諸島にハムサホールディングスを設立。そのハムサがレバノンに孫会社フォイノスを登記して、現在はフォイノスがレバノンの豪邸を保有している。

 この豪邸は、ゴーン氏が逃亡後によくテレビで映し出された壁が薄いピンク色に見える家のことだ。逃亡後はゴーン氏とキャロル氏はこの家に住んでいた。遺跡地区に建てられており、一部の部屋は床がガラス張りになっており、埋葬されたミイラを見ることができるそうだ。

キャロル夫人がシャンデリアの修理費要求

 レバノンの豪邸は、ゴーン氏が前妻リタ氏と離婚直前の12年5月に日産の資金約10億円で購入。その後、日産の資金で9億円を投じて2回改築し、総額約19億円を不正流用していたという。

 当時、日産のCEOオフィス室長だったハリ・ナダ氏に対してゴーン氏が「フォイノスの口座に改築費150万ドルを送金して欲しい」と送ったメールを特捜部は入手しているようだ。ハリ・ナダ氏は英国で裁判官を経て弁護士になり、日産に転職。今回の事件で司法取引した一人だ。

 レバノンとは別にブラジルのリオデジャネイロにも約6億円で豪邸を購入したのも12年1月。ブラジルの豪邸は、ハムサの子会社で同じくヴァージン諸島に登記されている会社が保有している。

 捜査や日産の社内調査では、キャロル氏が「(レバノンの豪邸の)シャンデリアの修理費用65000ユーロを支払って欲しい」と日産に対してメールを送っていることも確認されている。

 繰り返すが、今回、ゴーン氏の逃亡をほう助した米国人2人が逮捕されたことで、逃亡に関してキャロル氏の関与の有無や、もし関与していたのだとすれば、その資金の出どころなどが注目される。

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

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