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ホンダ社長交代 酒豪の三部氏は「トヨタの後追い」から脱却できるか

井上久男経済ジャーナリスト
新社長にはホンダブランド復活の重責が課せられる(写真:アフロ)

外部の知見とアライアンスを活用

 ホンダは19日、4月1日付で八郷隆弘社長(61)が退任し、後任に三部敏宏専務兼本田技術研究所社長(59)が昇格する人事を発表した。今回のトップ人事からは、ホンダが抱える大きな課題の解消に向かうとする「意思」が感じ取れた。それは意思決定と実行のスピードを早めることと、内向きの姿勢を改めることで、会社の在り様を大きく変えていこうとする思いだ。

 三部氏は「2030年以降のホンダの価値創造を形にしていくには、スピードが重要で、そのためには外部の知見とアライアンスを活用して躊躇なく判断していく」と抱負を語った。

 この発言の背景には、過去20年近く、あらゆる面でトヨタの後追いになった結果、ホンダ「らしさ」を失っていることと、そうした状態にもかかわらず、一部の管理職に危機感がないことへのいら立ちがある。

いまやトヨタはホンダをライバル視していない

 トヨタが1997年にハイブリッド車「プリウス」を発売し、環境戦略が収益に結びつくことが分かると、ホンダは後追いするものの、燃費効率などの商品力でトヨタのハイブリッド車に今でも追いつけない。また、トヨタが小型車「ヴィッツ(現ヤリス)」を発売すると、ホンダは「フィット」で後追いした。

 いずれの商品もかつてのホンダならトヨタに先行して、焦ったトヨタがそれを後追いするのがパターンだったが、その頃から流れが変わっていった。トヨタは今やホンダをライバルと見ていない。

ハイブリッド中心の電動化戦略を見直す局面

 最近でもトヨタが表面的には電気自動車(EV)戦略で出遅れているのを横目に、ホンダのEV戦略にも切れ味がない。昨年発売したEV「ホンダe」は、欧州では企業平均燃費規制が強化され、規制値をクリアできないと多額の罰金を払わなければならなくなったため、罰金回避のために拙速に開発した商品だ。1台売るごとに100万円近い赤字が出ると言われている。

 今のホンダは、トヨタに追従してきた電動化戦略を根本的に見直す局面にある。そうしないと「らしさ」は取り戻せない。特にコロナ禍によって消費者の価値観は大きく変わっているうえ、ESG投資の存在感の高まりによって株主からの圧力で脱二酸化炭素戦略を強化せざるを得ない局面の中、ハイブリッド中心では世界に劣後してしまうだろう。

 ホンダが気にするトヨタはハイブリッド中心主義を強調しながら、実は豊富な資金力と人材を投入してEV開発にも注力する「二枚舌戦略」を取っている。ホンダがそれに気づいた時には時遅しで、EVで「負け組」になりかねない。

八郷氏が「甘えの構造」にメス

 そしてホンダはトヨタと同様に、次世代環境技術で何が主流になろうとも全方位で対応できるように、燃料電池などあらゆる分野に資金を投入している。全方位戦略は資金力があるから、すべてに投資資金をはれるわけであって、トヨタの体力があるからなせる業でもある。その一方で、全方位戦略は、戦略にメリハリがないということでもある。

 自動運転などのいわゆるCASE領域への莫大な投資によって、ホンダの体力や規模では全方位戦略が維持できなくなりつつある。その結果、それぞれの技術が中途半端で特徴のないものになっている。

 ホンダは八郷氏の前任の伊東孝紳社長時代まで生産能力や車種開発の面で拡大主義だった。その結果、四輪事業は過剰設備に陥り、台数が稼げない派生車種が増えて収益力を落とした。八郷氏は伊東時代までの「負の遺産」を解消するのに追われた。

 さらにホンダではヒット車もろくにないのに、内部留保の多さを背景に日産やマツダなどに比べて贅沢な研究開発費が与えられ、F1にも挑戦してきた。しかし、そうした企業風土が、「成果」が出なくても開発費は使えるとの「甘え」につながり、四輪事業の低収益性を加速させた。

 八郷氏はここにもメスを入れ、19年と20年に、研究開発部門の子会社、本田技術研究所の大幅な組織改編を断行した。研究所では夢はあるが、成功する保証のない分野を強化し、失敗するような領域にあえて挑戦する仕組みに変えた。チャレンジ精神を取り戻すためだった。このため、量産に近い開発は研究所から分離して収益事業である本社の四輪事業本部に統合した。

安定した時代だとやる気が出ない

 こうした改革が一段落したことで、八郷氏は研究所社長として改革を支えてきた三部氏に後を託した。三部氏を後継に据えた理由について八郷氏は「私よりもバイタリティーと行動力があるので、環境対応や新分野への対応ではきっと彼が花を咲かせてくれる」と説明した。

 自動車業界は100年に一度の変革期と言われ、異業種との競争も激しくなっているうえ、2050年にカーボンニュートラルを目指してEVシフトは待ったなしだ。三部氏は自身の強みについて「激動期に向いているほう。プレッシャーに強く、安定した時代だとやる気が出ない」と言い切った。

テスラやアップルと組むべきでは?

 最近の経営者としては珍しく、公の場での強気の発言だ。三部氏はこれまでのホンダの社長とはちょっと違う異色のタイプのようだ。三部氏を知るあるOBは「酒好きで若い部下と議論しながら飲み明かすのが好きで、時にはキャバクラまで付き合う」と言う。

 別のOBは「ホンダの開発の主流はエンジン屋で、三部君もそのはしくれだが、『補機グループ』といって付属部品を扱う部署が長く、決してエンジン屋の中では主流ではなかった。それ故に日の当たらない仕事にも目配せできる視野の広さが身に着いた」と見る。

 しかし、三部氏にいくら火中の栗を拾う覚悟があっても、今のホンダにはそれほど多くの時間は残されていない。ホンダが激しい競争に勝ち残って、存続し続けるためには、これまでとは発想を転換する必要がある。その転換に向けて時間的余裕はないという意味だ。

 ホンダは米GMとの協業で、エンジンはホンダ、EVはGMといった形で商品補完戦略を行う計画だ。しかし、GMのEV開発力は本当に大丈夫か、といった疑問符も業界では付いている。

 EVも含めた電動化戦略では、米テスラや米アップルと組むなどの大胆な新戦略がない限り、これからのEV戦争では優位に立てないのではないか。「アライアンスを活用して躊躇なく判断する」と三部氏が語ったのも、こうした戦略が視野に入っているからだろう。

 さらにホンダでは軽自動車事業が赤字という課題もある。「Nシリーズ」は日本で最も売れているクルマでありながら、「レクサスの部品をベンチマークして軽自動車に採用している」(ホンダ技術者)と言われるほど、潤沢な開発費を無駄に使ってきた。

軽自動車で日産・三菱連合と組む可能性

 三部氏の社内での最近の口癖は「これ、儲かるの?」。ここにも、コスト意識が低い技術者へのいら立ちがあるようだ。儲からないのだったら「軽は分社化して、日産・三菱連合に合流すればいい」と割り切った考えが三部氏にはあるようだ。ホンダと日産が提携するのではないかとの観測記事が出るのは、実は経営危機にある日産側のニーズではなく、ホンダ側にあるのだ。

 EVにしても商品化ではむしろ日産の方が進んでいる。ホンダに足りない軽の収益力と、EVの商品化力についてはむしろ日産・三菱連合の方が上だ。アライアンス戦略を重視する三部氏が経営トップに就けば、部分的ながら「三社連合」が誕生する可能性もある。

 またホンダは6月の株主総会後に指名委員会等設置会社に移行し、社外取締役が社長指名や役員の報酬額決定で強い影響力を持つガバナンス体制に変える。これにより「外部の知見」を採り入れていく考えだろう。

「ポスト三部」の2人

 今回のトップ人事と同時に発表された幹部人事でも、「外部の知見」がキーワードのように感じた。幹部人事からは、「ポスト三部」も見えてきた。執行職から常務執行役員に昇格する大津啓司氏と、執行職に昇格する松尾歩氏の2人が、次の次の有力社長候補だ。

 大津氏は本社の品質改革本部長から、三部氏の後任の本田技術研究所社長に兼任で就く。松尾氏は同研究所常務で先進パワーユニット・エネルギー研究所担当から大津氏の後任の品質改革本部長に就任。ホンダにとってリコール費用など品質関連コストの増大も収益を圧迫する一因となっており、「エース技術者」に品質管理の責任者をさせることで対応を強化してきた。

 大津氏は、国内メーカー8社が設立した自動車用内燃機関技術組合で理事長を経験し、他社とのパイプが太い。松尾氏もホンダと日立製作所の子会社が合弁で設立したモーターの会社に出向経験がある。「外の釜の飯を食った」2人が三部体制を支える。

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

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