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世界生産で復調したトヨタ、ホンダ、苦戦が続く日産と三菱 対照的な8月実績

井上久男経済ジャーナリスト
日産は9月26日に開幕した北京モーターショーで新型EV「アリア」を中国で初公開(写真:ロイター/アフロ)

ホンダは中国で過去最高 スズキはインドで8カ月ぶりに増

 世界的に蔓延している新型コロナウイルスによる感染症の影響で自動車各社の生産は落ち込んでいた。しかし、収益源とする中国や米国などでの生産が復活し、日産自動車と三菱自動車を除いて明るい兆しが見え始めた。

 9月29日に自動車各社が発表した2020年8月の生産・販売実績によると、ホンダの中国における生産が前年同月比18・5%増の14万1331台となり、8月単月としては過去最高を記録した。米国での生産も2・2%増の10万4883台で、2カ月連続で前年同月を上回った。グローバル生産全体では6・4%減の38万9481台だが回復基調だ。

 スズキが収益源とするインドでの生産は7・1%増の12万3747台で8カ月ぶりに前年同月を上回った。これを受けてグローバル生産は1・3%増の20万9792台となり、これも8カ月ぶりに前年同月を超えた。

 

トヨタは「想定を上回る」 スバルは22%増

 トヨタ自動車のグローバル生産は6・7%減の63万4217台で前年同月割れとなった。しかし、トヨタは「想定を上回るペースで回復している」という。ホンダと同様に米国と中国で回復。米国生産は1・7%増の11万1911台で2カ月連続の前年同月超えとなり、中国生産も15%増の11万9711台だった。

 スバルのグローバル生産は22・2%増の7万9907台となり、2カ月連続で前年同月を上回った。マツダは15・9%マイナスの9万9312台だった。

 

米国販売で41%減の日産

 こうした動きとは対照的なのが、日産自動車とその傘下の三菱自動車だ。日産のグローバル生産は25・1%マイナスの30万4739台で、大手三社の中では落ち込み率が最も大きいことに加え、業績をけん引してきた中国と米国で不調が続く。中国生産は10・6%減の12万123台、米国生産は26・4%減の3万8502台。日産は「米国、中国とも昨年に比べて大幅に工場の稼働日数が減少したことが影響している」と説明している。

 では販売面でみると、トヨタの中国販売は27・2%増、ホンダも19・7%増に対して日産は2・4%減だった。ホンダは販売でも過去最高を更新した。米国での販売はトヨタが22・7%減、ホンダが21・9%減に対して日産は41・3%減少。ドル箱市場で日産は販売でも苦戦していることが分かる。

 三菱自動車は53・3%減の4万5877台。三菱自が儲け頭としてきたアジアでの生産も54・8%減の2万6159台で厳しい状況が続く。

 特に収益率が高い米国で日産は、いまやトヨタやホンダと比べて生産量が3分の1程度にまで落ち込んでいる。北米で商品力が低下し、販売競争で負けていることが大きく影響している。

 日産は新型EV「アリア」や同社を代表するスポーツカー「フェアレディZ」を発表しているものの、発売は2021年以降であるうえ、同社の収益を支えるモデルではない。今年5月に発表した中期経営計画で多くの新車投入計画を打ち出しているが、同社の収益を支える北米での「ローグ」(日本名エクストレイル)や、新しいe-POWRR搭載の「ノート」はこれから市場に投入され、収益に貢献するのは早くても21年1~3月期の第四・四半期以降だ。

弱肉強食の世界

 日産の置かれている状況が厳しいことを指摘すると、日産上層部からは、まだ改革を始めたばかりなので成果が出るのはこれから先、といった反論が返ってくるが、そうした考え方自体が悠長に思えて仕方ない。

 自動車産業は「弱肉強食の世界」で甘いものではない。中期計画で描いたストーリー通りに物事が運ぶと思ったら大間違いだ。絵にかいた餅に終わるリスクさえあるのだ。日産が「ローグ」や「ノート」で攻めに転じる時には、豊富な資金力をバックにトヨタはおそらく値引き攻勢をかけて日産車を潰しに来るだろう。現に日産が中国でもたついている間にトヨタは日本からレクサスを輸出して攻勢をかけ日産からシェアを奪っていた。

人気のSUV「1550ミリの壁」

 また8月の国内営業の現状を見ても、大手三社の中では落ち込みが最も大きい。トヨタが10・6%減、ホンダが24・5%減なのに対して日産は26・4%減だ。

 国内で売れ筋の「SUV」を見ても、日産は国内の消費者を見ていない。たとえば、国内ではマンションなどの立体駐車場に入る「車高」は1550ミリ以下のケースがほとんど。立体駐車場で車庫証明を取る場合、1550ミリ以下でないと取れない。日産の「エクストレイル」「キックス」はともにこの値を超えるため、マンションの駐車場には止められない。

 一方マツダの「CX―30」は1540ミリで、スバルの「XV」も1550ミリ。これだとマンションの顧客も購入対象になる。都市での使いやすさもアピールしているために、両社ともに1550ミリ以下を意識して設計していると見られる。トヨタの「CH-R」も当初は1550ミリを超えていたが、一部改良によって1550ミリに落としてきた。その辺がトヨタの動きの速さだ。

 自動車産業に限らずコロナ禍後に、消費者の価値観は大きく変化し、産業構造に与える影響も出てくる。時代の変化を見据えた動きが重要で、長期・短期の両方の視野が必要になる。

 たとえば、30年周期で来ると言われる景気循環の「コンドラチェフの波」のようなことを意識しながら、企業活動は日々動いている以上、足元の対応も重要になる。イメージで言えば、日々の売上・入金の管理も重要だ。変化の兆しはこうしたところから現れる。シリコンバレーなどでは「イノベーションは末端から起こる」と言われる。

 今の日産は、短期的に見て売れる車がなく、長期的な展望も見えない。8月の実績からはそうしたことを強く感じた。

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

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