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苦境の日産自動車、前社長と前暫定CEOに「退職慰労金」含む4億円超の総報酬

井上久男経済ジャーナリスト
日産の再建に向けて実行力が問われている内田誠社長兼CEO(写真:つのだよしお/アフロ)

最高額は山内康裕前暫定CEOの4億1900万円

 日産自動車は6日、有価証券報告書を公表した。それによると、今年2月に退任した西川廣人前社長兼CEOに対して4億1200万円、昨年9月の西川氏の辞任後に暫定CEOを務めて同じく2月に退任した山内康裕氏に対して4億1900万円の総報酬を支払った。

 日産は2020年3月期決算で6712億円の当期純損失を計上し、無配に転落したばかり。元役員への高額報酬は株主から大きな批判を受けるだろう。また、日産は昨年6月から指名委員会等設置会社に移行し、社外取締役が過半数を占める体制になった。役員報酬は報酬委員会(委員長・井原慶子社外取締役)が決めているが、「外部の視点」も健全に機能していないようだ。

 

西川氏より山内氏の方が多い訳

 山内氏の総報酬4億1900万円の内訳は、基本年俸が4600万円、「退任時報酬」と呼ばれる事実上の退職慰労金が3億400万円、その他報酬が6900万円。日産は07年に退職慰労金制度を廃止しているが、退任した執行役が守秘義務を遵守することなどを条件に報酬委員会がグローバル企業の他社を参考にして「退任時報酬」を支払うことができる制度を持っている。

 西川氏の場合、総報酬4億1200万円のうち、基本年俸が9800万円、退任時報酬が2億円、旧制度の退職慰労金廃止に伴う打ち切り支給額が1億1400万円。

 山内氏と西川氏を比べると、基本年俸は山内氏の方が少ないが、報酬委員会が決める現行制度に基づく退任時報酬額は山内氏の方が多い。社長兼CEOよりも格下の暫定CEOの方が、退任時報酬が多いのは何とも不自然だ。しかも取締役就任期間は西川氏の方が圧倒的に長いのに、である。

内田社長が「恩人に配慮」

 この理由についてある日産幹部は「西川氏が、内規に反した処理による株価連動型報酬を得ていたことの責任を取って減額を申し出たが、逆に山内氏への支給額はある『配慮』から上乗せされたからだ」と指摘する。

 別の日産元幹部は、その事情をこう説明する。「内田誠現社長兼CEOを引き上げてきたのは同じ購買部門出身の山内氏。内田氏は山内氏の退任時報酬を引き上げるために一時は本業そっちのけで社内調整に奔走していた」

 また、西川氏が辞任した後の新社長選びの際、指名委員会のメンバー6人が投票した結果、関潤専務(当時)が3票、アシュワニ・グプタ三菱自動車COO(同)が2票、山内暫定CEO(同)が1票を獲得。「関氏が新社長に決まりかけたが、それにルノーのスナール会長が猛反発して、新社長選びは振り出しにもどった」(前出・日産元幹部)

 

報酬委員長と近い山内氏

 西川氏、関氏、三菱自動車の益子修会長らが、極秘の社内プロジェクト「新月作戦」を展開し、電撃的にルノーとの資本提携解消を準備していたことが漏れたために、スナール氏が関氏の社長就任を強引に白紙に戻させた。その結果、「決断力に欠けてルノーの言いなりになる内田氏に白羽の矢が立った」(同前)

 さらに、山内暫定CEOに1票を投じたのが報酬委員会委員長の井原氏と見られる。山内氏と近い井原氏、山内氏に「恩」がある内田氏が阿吽の呼吸で、山内氏の退任時報酬を増やしたと見られても仕方ない。日産は巨額赤字と無配当に転落、しかも21年3月期も連続しての赤字が予想される中で、これが支払うべき妥当な額とは到底言えないだろう。役員報酬決定に大きな影響力を持つ社外取締役の見識が問われている。

株主や消費者から見放される

 実際、日産社内からも「会社の上層部がやっていることはおかしい。こんなことをしていたら、株主からも消費者からも見放される」といった批判が出ている。これでは、業績の反転攻勢に向けて社内が一致団結して取り組む雰囲気にあるとはとても言えないだろう。幹部社員の退社も増えている。

 私事で恐縮だが、10年以上乗った自家用車(初代日産ノート)を買い替えようと思い、7月4日、5日、6日の3日間、各社の販売店を回って消費者として最前線を観察した。率直に言って日産の販売店が一番寂しかった。客も少ないし、ショールームも充実していなかった。最近、新発売したSUV「キックス」以外にアピールできる「売り物」がなく、大幅値引きに頼ることしかないように見えた。

志賀元COOにも1億5200万円

 こうした状況を作った元凶はカルロス・ゴーン前会長である。ゴーン氏は新興国に設備投資をするために新車開発に資金を回さず、古いモデルを値引き販売で売って無謀な台数拡大を目指した結果、過剰設備とブランドの棄損で業績を低迷させた張本人だ。

 しかし、西川氏、山内氏もゴーン経営を支えてきたという点で、責任は免れられない。この3氏以外にも、昨年6月に取締役を退任した志賀俊之元COOに対して1億5200万円の旧制度による退職慰労金が支払われた。志賀氏もゴーン氏の側近だった。

 さらには軽部博・前CFOに対して2億4900万円(基本年俸2300万円、退任時報酬等2億2600万円)、川口均・前副社長に対して2億1000万円(基本年俸1900万円、退任時報酬等1億9100万円)の総報酬がそれぞれ支払われた。

 社内を混乱させ、業績を落とした責任の一端がある元役員が巨額の退任時報酬や退職慰労金などをもらう一方で、販売の現場は売る車がなくて苦しんでいるような会社が、本当に再生できるのだろうか。

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

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