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日立・ホンダ系4社合併で新会社誕生 「下剋上」を起こせるか

井上久男経済ジャーナリスト
系列の主要3社を日立に売却することを決断したホンダの八郷隆弘社長(写真:森田直樹/アフロ)

売上高では国内3位

 

 ホンダと日立製作所は30日、傘下の自動車部品メーカー4社を統合させると発表した。これに伴い、ホンダは自社系列で上場企業の、ケーヒン、ショーワ、日信工業の3社を100%子会社化した後、日立の子会社である日立オートモティブシステムズが3社を吸収合併する。新会社への出資比率は、日立が66・6%、ホンダが33・4%になり、経営の主導権は日立が握る。新会社の売り上げ規模は、約1兆7000億円となり、国内の自動車部品メーカー(サプライヤー)ではトヨタ系のデンソー、アイシン精機に続いて3位となる。

 ケーヒンは「ECU」と呼ばれるエンジンの電子制御や電動車の制御、ショーワはショックアブソーバーやパワーステアリング、日信はブレーキ系部品を主力製品にしている。

 自動車産業界全体の傾向として、自動運転や電動化などのいわゆる「CASE」領域への投資が拡大する一方で、こうした先進領域への投資は通常の新車開発への投資と違って、回収に時間がかかる。その理由は、開発したものがいつ実用化できるか分からないからだ。

規模が必要な理由

 だからと言って、こうした分野への投資額が低いと、株式市場では将来の生き残りについて疑問視され、株価が下がる傾向にある。加えて、いずれ自動運転やインターネットと常時つながるクルマが「普通の時代」になる時に備えておかないと、競争に劣後してしまう。

 このため、総じて自動車産業はいつ回収できるか分からない投資負担に苦しんでいる。さらに、その莫大な投資負担を回収するには一定の規模が必要になっている。たとえばトヨタがマツダやスズキ、スバルへ出資して関係を強化しているのも、広義の意味での「トヨタグループ」の形成のためだ。「広義のトヨタグループ」は販売規模が約1600万台になり、そことの取引強化を狙うトヨタ系部品メーカーが投資を回収しやすくなるなどの利点がある。

コンチネンタルへの売却は頓挫

 これに対して、他メーカーと資本提携を結ばない単独主義のホンダの世界販売は500万台程度。ファンの心を掴む特徴ある製品を造っていれば、この規模でも完成車メーカーは生き残れるが、ホンダを主要顧客とする系列の部品メーカーは「500万台」では厳しい。ホンダ社内にも「ケーヒンとショーワは開発能力が高いとはいえず、重要なプロジェクトではホンダから技術者が出向いて指導している。それがホンダにとって重荷にありつつある」(幹部)との声が出ている。

 こうした状況下でホンダは3年ほど前からケーヒンとショーワを売上高で世界5位の独コンチネンタルに一括で売却する方向で交渉したが、最終局面で条件が折り合わず、頓挫した。その後で交渉相手を日立に切り替えていた。

 日立側も、自動車産業はビッグデータを生み出す源泉の一つとみて、同社が進める顧客データから価値を生み出しそれをイノベーションにつなげる「ルマーダ」戦略ともマッチすると判断。ホンダ系3社の買収に踏み切った。

世界では13位とまだ弱小

 こうして日本3位のサプライヤーが誕生したわけだが、これで万全というわけではない。売り上げ規模の面で見ると、新会社は世界では13位に過ぎず、世界1位の独ボッシュの3分の1にも満たず、世界2位のデンソーのほぼ3分の1だ。規模の面では世界で戦える状態とは言えない。新会社の戦略として、M&Aなどによってさらなる規模の拡大を目指さなければ生き残りは厳しいのではないか。

 それと、意思決定と実行のスピードも求められる。独コンチネンタルは今年7月、内燃機関や電動車向けの駆動系部品を開発、生産してきたパワートレイン部門を分社、独立させると発表した。その狙いは意思決定を速めるためだ。新会社は上場も予定している。トヨタ自動車も駆動系部品を生産する三好工場(愛知県みよし市)を、グループ企業のジェイテクトへの売却を検討しており、グループ全体で集約化を急ぐ。

下請け構造の変化

 日立・ホンダ連合の新会社は4社から成り立つので、互いの企業文化は違う。ポストの分捕り合戦も起こる可能性がある。こうした本業の業績向上とは関係ない部分で、すり合わせをしている間に時代は変化していく。新会社にはスピード力が求められる。

規模拡大とスピードに加えて、重要なことは、新会社は「ティア0・5」になれるかだ。これまでの自動車産業の構造は、完成車メーカー(OEM)を頂点に、1次下請けのサプライヤーを「ティア1」と呼び、2次、3次と下請けが重層的になっていた。

 ところが、最近の自動車産業では、OEMはデザインや商品企画的な上流と、資本力がモノを言う下流の量産を担い、その間に位置する実用的な技術開発や試作は、下請けに任せる流れが強まっている。特に資金力があるトヨタなどのOEMは、単にクルマを造るだけではなく、モビリティーサービスを提供するプラットフォーマーになる動きを強めている。こうした中でOEMにとってはリソースの組み替えが必要になっており、従来自前でやっていたことを外に出す流れが加速しているのだ。

ティア0・5という発想

 特にドイツではその流れが強まり、量産部門を持たない自動車メーカー(エンジアリング会社)である、FEV社やオーストリアのAVL社が台頭。フォルクスワーゲンやBMWなどに代わってクルマを開発、試作する力を付けた。同様に、独ボッシュや独コンチネンタル、デンソーといった世界のメガサプライヤーも、自前でクルマを開発、試作するノウハウを持っている。

 エンジニアリング会社やメガサプライヤーが、OEMの代行をすることで、よりOEMに近づいたという意味で「ティア0・5」という言葉が使われる。「ティア0・5」以上にならなければ、付加価値を得ることができなくなる時代が来ている。

 こうした流れの中で自動車産業ではサプライヤーによる「下剋上」がいつ起きてもおかしくない。「系列」という発想自体が古くなる。OEMから仕事をもらうという発想ではなく、OEMに対して助言し、新たな価値を提供し、OEMを操るくらいの考え方がないと、サプライヤーに大きな付加価値は残らない。新会社が、ホンダを凌駕するくらいの発想と技術力を持たないと、生き残りは厳しいだろう。これから立ち向かうハードルはかなり高い。

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

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