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独立・企業に備えてサラリーマン時代から心掛けておくべき4か条

井上久男経済ジャーナリスト
大企業に入社すれば安泰の時代はとっくの昔に終わった(写真:つのだよしお/アフロ)

40歳で独立、46歳で結婚、48歳から育児

 筆者は今から14年前の40歳の時、サラリーマン人生(朝日新聞社記者)をリセットして個人事業主(フリージャーナリスト)となった。当時は多くの知人から面と向かって「独立は失敗する」「後で後悔する」と言われた。退職の挨拶に行った関西電力の幹部からは「フリーはうちでは総会屋と同じ扱いですから広報部対応ではなく、総務部対応になる」と言われる始末で、取材対象の大企業からは冷ややかに見られた。

 このように、冷ややかな対応をする人もいたが、こつこつ実績を築き上げて仕事を増やし、収入は前職時代よりも増えた。もちろんサラリーマンの方が気楽だなと思う時もあるが、同僚との人間関係を気にせず、好きな時間にやれるだけマイペースに仕事できるのが何より精神的にも肉体的にもいい。40歳で会社を辞めて、46歳で結婚して、48歳で子どもが生まれて、54歳の今でも育児を手伝うことで、新しい気づきも増えた。それが記者稼業にも役立っている。

 サラリーマンの中には独立、起業して自分の判断で仕事を進め、チャレンジジしたいと考えている人も多いだろう。率直に言って、全員が独立できるわけではないし、独立しても成功するとは限らない。筆者は記者という特殊な稼業なのかもしれないが、40歳で独立して今のところ成功した部類に入っていると思う。筆者の経験も振り返りながら、独立後にしっかり稼げるように、サラリーマン時代に心掛けておくべきことを記す。筆者の独断と偏見が入ることをお許しいただきたい。

その1 組織の主流派にはなるな

 

 経営幹部に気に入られて重用され始めると、社内調整の仕事などを任せられるようになる。社内で顔を広げて社内で昇進するためにはいいかもしれないが、独立を意識している人にとってあまり意味はない。市場価値のあるノウハウはほとんど得られない。たとえば複数の事業部がある会社では、勢いのある事業部、日の当たらない事業部があるはずだが、今は日が当たっていなくても、時代の変化とともにその情勢は変わってくる。冷や飯を食っていることや、閑職に就いていることで、自分の時間を持つことができ、それを自己研鑚や社外の人脈拡大にあて、冷静に社会を見る目を養うこともできる。非主流派にいる方がプロフェッショナルにはなりやすい。

その2 貯金はするな

 

 これは、誤解を恐れずに言うならば、独立後のリスクばかりを恐れて、お金をひたすら貯め込み、自己投資に回さないことへの警鐘である。身銭を切って自己投資に当て、情報、人脈、スキルを拡大することを重要視すべきだろう。一例を挙げれば、社会人大学院の活用は役立つ。これまで自分が業務で得てきた知識や課題を整理し直して、体系化することもできる。加えて、同じような志を持った仲間と触れ合うことで刺激も多い。筆者の朝日新聞在職時代に社会人大学院に通ったが、教員や仲間に恵まれてそこでの刺激がなければおそらく独立には至らなかっただろう。

その3 人を妬むな

 

 これが一番難しいかもしれないが、妬みから付加価値は生まれない。そして、妬みは、「他責」に繋がる。仕事には成功も失敗もある。まして会社で取り組んでいる以上は複数の人が関係し合って取り組んでいる。「失敗は自分の責任」と位置付け、真剣に総括して失敗から学び、次の展開に役立てたい。筆者もサラリーマン時代に、人を妬まないことや、他責にしないことができていたわけではないが、会社を辞めようと意識し始めた頃から、妬む暇がなくなったというのが正直なところだ。その結果、自分の仕事の進め方が正しいのか否か、真摯に受け止めることができるようになった気がする。

その4 妻の理解を得よ

 

 筆者の場合、独立時は結婚していなかったので、妻の理解を得る必要はなかった。ただ、社会人の大学院で修士論文を書くに当たり、23人の起業家のキャリアを分析した。中にはアーリーステージの起業家もいたし、株式上場に成功して中堅企業に成長した会社のオーナーもいた。インタビュー調査の際に独立で重要なポイントを尋ねると「妻の理解」と答える人がかなりいた。

 「起業に失敗しても私が働いてカバーするから、やりたい道を歩んで」と言われて背中を押されたケースもあった。自分の志をパートナーに理解してもらうことは重要だ。パートナーから共感を得られないようでは、あるいは理解をしてもらう努力をしなければ、外部の人からも理解を得られないと思っておいた方がいい。

 これまで偉そうなことを書いてきたが、筆者も正直なところ、会社を辞める時には迷ったし、独立後、精神的にも肉体的にもつらいことはあった。独立に向けて筆者の背中を押してくれたのが一冊の本だった。そして、独立後もこの本で学んだことを忘れなかった。

自己責任で選んだ道は後悔しないこと

 大事な人生を一冊の本で決めるのかと笑われそうだが、『独立自尊』(北岡伸一氏著)という福沢諭吉の人生を解説した本を読んでいた時に、「福沢は脱藩する際に何の成算もなかった」と書いてあるのを見て、「これだよね」と思った。

自分の人生が将来成功するかどうかなんて、計算しても分かるはずもなく、すべては自分次第、自己責任ということを悟ると、もやもやした気持ちが吹き飛んだ。そして、ほとんど何のあてもなく会社を辞めた。

 独立後、苦しい時も、自己責任で選んだ道だから過去は振り返らないし、後悔しなかった。くよくよ悩んでも戻ることはできないし、新たな付加価値は何も生まれない。

 今回はサラリーマン時代から備えておくべき考え方や姿勢についてだが、実は昨年12月29日付の本コラムで書いた「サラリーマンが退職・独立し、成功するための5つの思考法」では、独立後の行動にスポットを当てて筆者の考えを述べている。それを加筆修正して以下に掲載するので付録として合せて読んでいただけたらと思う。

元の勤務先とは決別する覚悟を持て

 独立後、元の組織とうまく関係を築いて仕事をもらおうと考えている人がいるかもしれないが、心構えとしてあまりよろしくない。喧嘩をする必要はないが、元いた組織には頼らないという意味で、完全決別するくらいの覚悟が必要だ。

「奉公構」という言葉があるのをご存じだろうか。戦国時代、大名家に仕えていた家臣が他家に移ることを邪魔する行為のことを指す。戦国大名、黒田長政の家臣だった一騎当千の後藤又兵衛が浪人して他家に仕えようとした際に、黒田家が又兵衛を仕官させないで欲しいと「指名手配」したのが始まりとされる。実力のある家臣に逃げられると、元の家は怖くなるということだ。何が言いたいのかと言えば、元いた組織の主流派から警戒され、怖がられるか、「奉公構」されるくらいの実力があれば独立は成功する可能性が高い。

野良犬になれ

 何の後ろ盾もなく自分の力で食っていくのは甘いことではないので、小さくてもいいからはまずは売上を出して自分の生活を成り立たせることを優先せよという意味である。野良犬のように「えさ」は自分で探すくせをつけなければならない。自分を格好よく見せようとしたり、大人げないと言われることを怖れたりしてはいけない。これは傲慢になることとは違う。仕事をくれる人には、いやなやつでも頭を下げる姿勢を忘れてはいけない。

そして、小さな仕事であっても全力を出して取り組み、市場からの評価を勝ち取らなければならない。最初のうちはこの連鎖を積み重ねることによって、自分の実績を積み上げていくしかない。最初から大きな仕事やおいしい仕事が来るほど世の中は甘くはない。小さな仕事だからといって甘く見て手を抜くと、あいつは使えないといった情報があっという間に広がる。

仕事で1年に30人以上とは付き合うな

 独立後すぐにもらったアドバイスで、役に立ったのはこの一つだけだったと言っても過言ではない。「1年間に仕事で30人以上とは付き合うな」。アドバイスをくれた人も40歳で大手銀行を辞め人で、当時、すでに20年近くNPO活動などを展開する日本では第一人者の「社会起業家」だった。社会起業家とは、雇用、過疎対策などの社会問題を、ビジネスを通じて解決しようとする実業家のことだ。

 その人は「あなたの仕事で売り上げに貢献してくれる人はせいぜい30人。それ以上付き合っても時間の無駄。そして30人のうち10人程度を毎年入れ替えていったら、あなたは一人で食っていけるようになるよ」と言った。このアドバイスの本質は、自分の置かれた環境に合わせて仕事で付き合う人を変えていけということだと思う。その結果、新たな人脈も広がる。筆者の独立後を振り返ると、結果としてその人のアドバイスに近い行動を取っていたかと思う。

また、仕事を通じて親しくなった人は、「友だち」ではないことも自覚すべきだろう。その人がなぜ、自分と親しくなったのかを考えればいい。仕事上メリットがあるからに過ぎない。付き合うメリットがないとお互いに分かると、すぐに「友だち」ではなくなる。ここでいうメリットとは、経済的利得だけではない。付き合っていてお互い勉強になる、気づきがあるといったことも含まれる。かつてお世話になったからだけの理由で、付き合っても売上に繋がらないし、勉強にもならない先輩や元同僚、元仲間や元取引先と付き合う必要は全くない。

勉強会にはむやみに出るな

 世の中で広く自由に参加できる「勉強会」と言われているものに役立ったケースは少ない気がする。売上には結び付かないと見た方がいい。少なくとも筆者のケースはそうだった。むしろ、そこで知り合いになった人から煩わしいことを頼まれたり、欲しくもない宣伝メールが来たりもする。

自分で考えながら新聞や雑誌やネット記事、面白そうな新刊本をこまめに読む方がよほどためになる。独立して不安だから多くのネットワークを維持、開発していきたいという心情も分からないではないが、こんなものは安易にはできない。構築しようと思えば、金と時間がかかる。何よりも仕事で実績を出せば、自然と人脈もできて情報も入ってくるようになる。

安易に会社作りに走るな

 独立したから会社を作るべきという意見が多いように感じるが、筆者はそれには疑問をもつ。会社を作る前に営業活動の方が先だ。会社を辞めた日から給料はなくなるのは当たり前なので、食い扶持探しが重要である。会社は受け皿に過ぎない。事業の規模や形態にもよるが、私のような著述業の場合、会社を急いで作る必要はないと思う。コンサル業の場合でも同様ではないか。独立して立派な名前の会社だけ設立して、仕事が思うほど得られない人も散見される。

 ただ、登記している会社を持っていた方が対外的な信用は増す。恰好がつくといったイメージだ。個人事業主だと社会保障は国民年金、国民健康保険だが、会社を設立していれば、そこで雇われる形にして厚生年金や被雇用者の社保にも加盟でき、後者の方が負担は少なくなるケースもある。国民健康保険の場合、保険料が労使折半ではないので、想像以上に高くなる。

 また、取引先の大企業側から「できれば会社に振り込みたい。その方が社内決済は通りやすい」と言われたこともあった。個人に振り込んでいると、その個人が反社会勢力だった場合、コンプライアンス上問題になるからだそうだ。請求書に免許書のコピー添付を求められたこともあった。おそらく免許証番号から筆者が反社会勢力か否か割り出せるのであろう。いずれにせよ、税理士に相談して、事業規模やその形態を鑑み、自分にとって何が得かを考えて会社を作るか否かを判断することが肝要だろう。

安易に事務所を借りるな

 会社を作るか否かの判断と同様に、独立したら事務所を持つべきとの意見もかなり聞く。これにも少し違和感がある。家で仕事ができる環境にあれば、余計な出費をして事務所を借りる必要はない。書いたり、調べたりする仕事であれば、公共の図書館を活用する手もある。浮いたお金を営業活動費に充てた方が得策だと考える。業容が拡大してアルバイトを雇う必要に迫られた場合や仕事の都合上、事務所があった方がいいと判断した場合にどうするかを考えればいい。都内には電話番秘書付の賃料がそう高くはないレンタルオフィスもある。要は社会的な体裁は全く気にせずに、自分がやりやすいようにすればいいという話である。

共同事業しようには乗るな

 独立して少し実績を出すと、一緒に会社を起こそうとか、戦略的パートナーとして共同歩調を築こうといった誘いがあるが、これも大概のケース断った方がいい。全く知らない人ではなく、かつてお世話になった人や信頼関係があると思っている人からの誘いでもそうだ。共同で起業する場合には、人生の過ごし方や金銭感覚といった「価値観」「世界観」がある程度共有できていないと、必ず失敗する。そして、それを共有できる人は簡単に見つかるものではないからだ。

 銀行や投資家や業界の専門家が評価してくれるような戦略・戦術をパワーポイントでいくらきれいに描いても、目に見えない細部に成否のポイントは宿っていると思う。結婚がうまくいくかどうかと同じようなものである。やっぱり何となく馬が合わないでも、それが積み重なって最後は喧嘩別れになる。さらに言うと、共同事業を誘ってくるケースの中には、お互いの発展を願ってではなく、その人のノウハウや人脈をうまく取り込んで、あとは「はい、サヨナラ」の場合もある。共同で何か取り組むと、リスクが軽減され、新たな事業領域が拡大できるとの錯覚に陥りがちだが、それほど世間は甘くない。独立したら頼れるのは自分だけと思っておいた方がいい。

 共同事業は、一人でも十分にやっていける人同士が組んで初めてパワーを増す。一人でやっていけないから、お互いが組んで助け合いながら事業をやっても、1+1が2を超えることはないだろう。

                                   

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

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