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10年で組合員数も売上高も倍増 関西の小規模生協なぜ人気≪シリーズ・ネオニコチノド問題を追う≫

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
コープ自然派事業連合のトラック(筆者撮影)

(この記事の取材費用の一部に一般社団法人アクト・ビヨンド・トラストからの助成金を用いています。なお、編集権は筆者に帰属します。)

安心・安全な食材を消費者に届ける役割を長年果たしてきた消費生活協同組合(生協)。それは今も変わらないが、社会・経済構造の変化で、かつてほどの存在感をなかなか示せなくなっている生協も多い。そうした中、独自色を発揮し組合員数や売上高を大きく伸ばしている生協があると聞き取材した。

10年で組合員数2.3倍、売上高2.6倍

取材したのは関西、四国の7生協からなる「コープ自然派事業連合」(コープ自然派、本部・神戸市)。組合員数は7生協あわせて約20万人。同じ神戸市に本部を置く「コープこうべ」の10分の1程度の規模しかない。地元での知名度も「兵庫県ではコープさんと言えばコープこうべのこと」(前田陽一常勤理事)という位のレベル。知る人ぞ知るという形容がぴったりの生協だ。

しかし、経営のバロメーターとなる組合員数や供給高(売上高)は2000年前後からほぼ一貫して増え続けている。とりわけ最近の10年間は組合員数、供給高ともに伸びが顕著だ。

昨年度(2022年度)の実績を見ると、組合員数は約19万7,000人、供給高は約256億円。それぞれ10年前の2.3倍、2.6倍だ。前年度比でも各6.5%増、3.2%増と勢いは衰えていない。今年度(2023年度)も、組合員数が前年度比8.6%増の21万4,000人、供給高が同7.4%増の275億円と強気の目標を立てている。

異例とも言える好調ぶりは、全国の数字と比較すると一目瞭然だ。生協の連合組織である日本生活協同組合連合会(日本生協連)によると、コープ自然派のような地域生協の組合員数の合計は、2022年度時点で約2,363万人。この10年間で19.7%増、前年度比では1.3%しか増えていない。主力の宅配事業の2022年度の供給高は約2兆900億円で、こちらも10年間で27.4%の増加にとどまっている。しかも前年度比では1.1%の減少。減少は2年連続だ。

人口の頭打ちや食品宅配市場の競争激化で苦戦を強いられる生協が多い中、なぜコープ自然派は高成長を続けられるのか。要因はいくつかあるが、最大の要因は、農薬や食品添加物をできるだけ使わないなど、安心・安全な食材の供給に力を入れている点だ。生協ならどこでもそうと思いがちだが、現実には、各生協や生協グループによってかなり温度差がある。

脱ネオニコの取り組み

一例が殺虫剤のネオニコチノイド(ネオニコ)系農薬の扱い。ネオニコ系農薬は1990年代から世界各国で急速に普及したが、その後、生態系の異変や子どもの発達障害との関連を示唆する研究論文が相次いで発表されると、使用規制の動きが各国で起きた。いち早く動いたのは食の安全に厳しい欧州連合(EU)で、2020年までにほぼすべての主要ネオニコ系農薬の使用を実質、禁止。米国など他の国や地域でも規制強化が進み始めている。

日本でも2021年度から「農薬の再評価制度」がスタートし、ネオニコ系農薬を含む様々な農薬の安全性を再評価する試みが始まった。だが、果たして海外のように規制強化されるかどうかは不透明だ。

現状ではネオニコ系農薬は様々な農作物の栽培に利用され、市販の玄米や野菜、果物への残留が確認されている。また、秋田市など地域によっては水田から流出したネオニコ系農薬が河川などを経由して水道水に高濃度で混入したことが明らかになった。ネオニコ系農薬の使用を厳しく規制しない限り農産物への残留や水道水への混入が続く可能性は高い。

このネオニコ系農薬に関し、日本生協連は2014年に「ネオニコチノイド系農薬に関する調査結果と日本生協連の考え方」を発表。「日本においては残留農薬からヒトの健康を守る仕組みが機能しており、国の規制を上回る独自のリスク評価・リスク管理措置は当面の間は不要であると考えています」と述べ、食品への残留を容認する方針を示した。

これに対し、コープ自然派は早くから独自に「脱ネオニコ」に取り組み、2000年代後半にはネオニコ系農薬を使わずに栽培した米の購入・販売を始めた。現在は米も野菜も冷凍食品など一部を除き原則、不使用という。組合員に配る食材カタログを見ると、ネオニコ系不使用の食材にはミツバチのイラストをあしらった「ネオニコ不使用」マークが付いていて、一目でそれとわかるようになっている。

最初は契約農家にネオニコ系農薬を使わないよう説得するのが大変だったという。農家に問題点を説明すると、「ネオニコは安全だ、人には影響ないと聞かされていたのに、話が違うじゃないか、となかなか納得してもらえなかった」と前田さんは振り返る。そんなときは、話し合いの場に消費者である組合員に同席してもらい、消費者の生の声を直接、農家に聞いてもらうのだという。そうやって、ネオニコ系農薬を使わない農家を徐々に増やしていった。

「予防原則」を実践

ネオニコ系農薬だけではない。除草剤のグリホサートをはじめ他の農薬も可能な限り減らしてきた。その結果、取り扱っている野菜・果物の約3分の2は農薬も化学肥料も使わない有機か、無農薬になった。遺伝子組み換え食品やゲノム編集食品も取り扱わない。食品添加物も、使う必要のないものや安全性が確認できないものは原則使わない方針だ。

こうした安心・安全への徹底したこだわりが新たな組合員の獲得や売り上げ増につながった。兵庫県姫路市の女性(61)は、調味料を含め食材の約9割をコープ自然派から購入している。理由を尋ねると、「農薬や食品添加物は本当に安全なのかどうかわからないので、避けられるなら避けたいから」と説明した。

危険とは断定できないまでも、安全かどうか確信が持てない場合はとりあえず使わない、口にしないという、一見当たり前の考え方は、「予防原則」と呼ばれEUの食品安全行政の柱となっている原理原則だ。日本もEUに倣い予防原則を導入すべきだと国会で一部の野党議員が訴えているが実現していない。コープ自然派の人気の一因は、この予防原則をわかりやすい形で消費者に示しているからとも言える。

栃木や横浜でも

脱ネオニコに取り組む生協は徐々に増えている。栃木県小山市を拠点とするよつ葉生協は2013年、取り扱う米の全量を、ネオニコ系農薬不使用米に切り替えた。野菜も95%がネオニコ系農薬不使用で、今後は果物もできる限りネオニコ系農薬を使わないものを増やしていく方針だ。

横浜市を拠点とするナチュラルコープヨコハマは、数年前からネオニコ系農薬不使用米の取扱量を徐々に増やし、2023年度産の新米から全量を不使用米に切り替えた。果物も、りんご、なし、柿はすでに大半がネオニコ系農薬不使用だ。今後は野菜でも脱ネオニコを進めていく計画と、豊田巳津男・共同購入部長は話す。

10歳になる長女が極度の小麦アレルギーとわかったことをきっかけにナチュラルコープヨコハマを利用するようになったという横浜市在住の主婦は「ネオニコ系農薬については特に関心が高かったわけではないが、コープの取り組みを通じていろいろと話を聞くうちに、できるなら避けたいと思うようになった」と話す。ただ、「かりにネオニコ系農薬が使われなくなったとしても代わりの農薬がまた出てくるだろうから、野菜や米を安心して食べられるようにするには、農薬全体を減らすのが望ましいと思う」とも述べた。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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