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悪影響を懸念も大麻解禁へ突っ走る米国の特殊事情とは

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
仲間と大麻と思われるものを吸う米国の若者(2022年7月、筆者撮影)

米国で大麻解禁の流れが加速している。すでに半数近い州が娯楽目的での大麻の使用を合法化。加えて、ジョー・バイデン大統領が大麻に関する規制の見直しに言及するなど、連邦レベルでも合法化の機運が高まりつつある。健康や社会への影響を懸念する声も増えてはいるものの、解禁の流れに歯止めがかかる気配は今のところない。背景には米国固有の事情がある。

23州で合法化

7月1日、首都ワシントンDCに隣接するメリーランド州で、娯楽目的での大麻の使用が解禁になった。21歳以上なら誰でも州の販売許可を得た専門店から購入でき、自宅など私的な場所で少量を個人的に楽しむ限り、罰せられることはなくなった。主要紙ワシントン・ポストは解禁を待ちわびた州民が販売店の前で列を作る様子を報道。州当局によると、解禁後1週間の売上高は2090万ドル(約30億円)に達した。

米国で娯楽用大麻を初めて解禁したのはコロラド州で2014年1月。以後、合法化の波は急速に広がり、未施行の州も含めると、現時点で全50州中23州が合法化。ワシントンDCも2014年7月に合法化した。医療目的での大麻の使用を認める州はそれ以上に増えており、現在、40州とワシントンDCが医療用大麻を解禁している。

連邦法では大麻は違法のままだが、連邦政府は各州の合法化の動きを黙認してきた。今や連邦政府自身も合法化に動き出している。

バイデン大統領が見直しを指示

昨年10月、バイデン大統領は声明を出し、現行の厳しい大麻規制を早急に見直すよう保健福祉長官と司法長官に要請すると述べた。

大麻は現在、薬物を規制する「規制物質法」の中の、規制が最も厳しい「スケジュール1」に分類されている。スケジュール1には他にLSDやヘロインなどが含まれる。バイデン大統領は「大麻は、米社会を揺るがすオーバードーズ(薬物の過剰摂取)の問題を引き起こしているフェンタニルやメタンフェタミンより危険扱いされている」と述べ、大麻がスケジュール1に分類されていることに疑問を呈した。

バイデン大統領の頭の中には、大麻を合法化した上でアルコールやタバコと同様の規制をかけ、社会への悪影響を最小限に食い止めたいとの考えがあるようだ。

合法化に向けた動きは議会内にも出ている。民主党のジェイミー・ラスキン、共和党のナンシー・メイス両下院議員は7月27日、連邦政府が大麻使用歴を理由に求職者を不採用とすることを禁じる「大麻使用者資格回復法」案を議会に共同提出した。共和党は民主党に比べて大麻合法化に消極的だが、共和党内にも合法化に理解を示す議員が増えつつある。

一方、大麻の健康や社会への悪影響を懸念する専門家も多い。

統合失調症などのリスク

国立衛生研究所(NIH)は5月、「大麻使用障害の若い男性は、統合失調症を発症するリスクが高い」とする報告書をまとめた。大麻使用障害は、大麻依存症かその一歩手前の状態で、いけないとわかっていても大麻をやめることができず、その結果、自身の健康や生活に重大な支障をきたす状況を指す。

同じく5月、セントラル・ミシガン大学の研究チームは、同大学付属病院で出産した女性と新生児を調べた結果、妊娠初期に大麻を常用すると、生まれてきた子どもの体重が平均より大幅に少ない傾向が見られると発表した。妊娠中期以降も常用し続けた場合、その傾向はより強まることも明らかにした。

研究にかかわったベス・ベイリー教授はCNNテレビの取材に対し、「低体重で生まれた子どもは、後に、発育遅延やADHD(注意欠陥・多動性障害)、学習障害、情緒障害を発症する確率が高い」と述べた。また、「大麻は多くの州で合法化されているので安全と思われがちで、そのため、妊娠後も多くの女性が大麻を吸い続けている」と合法化の影響を指摘した。

重大交通事故の原因に

影響は個人の健康にとどまらない。運輸省道路交通安全局が2019年9月から2021年7月にかけて実施した大規模調査では、交通事故で負傷した運転手の54%強から薬物やアルコールが検出され、中でも大麻の有効成分テトラヒドロカンナビノール(THC)がアルコールを抑えて最も多かった。

大麻はアルコールと似た作用があり、合法化した州でも、大麻を使用しながらや使用した直後の車の運転は禁じている。だが、アルコール同様、違法とわかっていても大麻を使用した状態で運転する人は少なくなく、その結果、現実に重大交通事故も起きている。

しかし、こうした様々なマイナス面の影響が指摘されているにもかかわらず、合法化の流れは簡単には止まりそうにない。

オハイオ州は娯楽用大麻を合法化するか否かを決める住民投票を11月7日に実施するとフランク・ラローズ州務長官が16日に発表した。フロリダ州でも、合法化を求める住民らが住民投票の実施を求めて署名活動を行った結果、実施の要件を満たしたため、2024年秋にも合法化を問う住民投票が行われる可能性が出てきた。

人種差別問題が影響

娯楽用大麻は、隣国のカナダや欧州のマルタ、南米のウルグアイも合法化。ドイツ政府は16日、娯楽用大麻の合法化法案を閣議決定した。スペインやポルトガルイスラエルのように、違法ではあるものの、少量を個人で使用する限り処罰の対象としない国もあり、大麻解禁は必ずしも米国だけの動きではない。ただ、米国が合法化を急ぐ背景には、いかにも米国ならではの事情がある。

米国の大麻合法化には人種差別の問題が深くかかわっている。マイノリティ社会の中には、白人だって大麻を吸っているのに、大麻の所持で逮捕され有罪判決を受けるのは、黒人などマイノリティばかりという不満が強い。殺人や強盗などに比べればはるかに微罪の大麻所持で、職を失ったり退学処分になったりし、前科者のレッテルを貼られ、就職も難しくなり、一生、困窮生活を送らなければならないのは、マイノリティの人々には不合理に映る。

バイデン大統領も昨年10月の声明の中で、その点をこう指摘している。「大麻の使用や所持という理由だけで刑務所に入れられることは、あってはならない。また、大麻所持の犯罪歴が、人々から雇用や住宅、教育の機会を奪ってはならない。そして、白人、黒人、ヒスパニックは同程度の割合で大麻を使用しているのに、逮捕、起訴、有罪判決を受けるのは、黒人とヒスパニックに偏っている」(一部要約)

オピオイドの代替として期待する声

深刻化するオーバードーズの問題も合法化に影響を与えている。政府の疾病対策センター(CDC)によると、米国では2021年に106,699人がオーバードーズで死亡し、その75.4%が鎮痛剤のオピオイドによるものだった。

慢性的な痛みに苦しむ患者に医療用大麻を処方すると、オピオイドの使用量が減ったとの研究結果が複数報告されており、これが大麻をスケジュール1から外して医療用大麻の普及を促進すべきだとの主張につながっている。

合法化は現状追認の側面も強い。米国の多くの若者にとって、大麻はアルコールやかつてのタバコと同じくらい身近な存在と言っても過言ではない。

歴代大統領も使用

例えば、筆者が1980年代後半に留学生としてカリフォルニア州ロサンゼルスに住んでいた時、マドンナのコンサートを友人らと観に行ったことがある。会場は大リーグのカリフォルニア・エンゼルスの本拠地、エンゼル・スタジアムだった。すでにほぼ満員のスタンドに入って驚いたのは、大麻のにおいが充満していたことだった。コンサート終了後も球場の駐車場などで盛り上がりが続いたのは、大麻のせいではなかったかと思っている。

クリントン元大統領やオバマ元大統領をはじめ、若い頃に大麻を吸っていたことを選挙期間中などに認める大統領や大統領候補者は珍しくない。だが、それが問題になったことは筆者が記憶する限りない。

2016年、ハーバード大学への入学が決まっていたオバマ大統領の長女が、シカゴ市内の公園で開かれたロック・フェスティバルの会場で大麻らしきものを吸っている動画がインターネット上に流出し、ニュースになったことがあった。しかし、ネット上では、「ティーンエイジャーらしくさせてあげようよ」などと、オバマ大統領に批判的な保守系政治ブロガーを含め、長女を擁護する声が圧倒的に目立った。

常用者が急増

ただ、合法化が常用者の増加に拍車を掛けている面は否めない。

NIHが昨年実施した委託調査によると、過去1年以内に大麻を使用した人の割合は、19~30歳、35~50歳のいずれのグループでも過去最高となった。19~30歳のグループでは、44%が過去1年以内に使用したことがあると回答。2017年の35%、2012年の28%から大幅に上昇している。35~50歳のグループでは28%が過去1年以内に使用したと答え、これも2012年の13%から倍以上の増加となった。

19~30歳のグループでは、毎日使用していると答えた人の割合も過去最高の11%となった。10年前の6%からほぼ倍増している。

大麻の効果が強力になっていることを懸念する声も出ている。ワシントン・ポストによると、大麻草に含まれるTHCの濃度は1980年には平均1.5%程度だったが、現在は30%と濃度の非常に高い大麻草も栽培されている。この結果、依存症や精神疾患にかかるリスクがより高まっているという。

ジョージ・ワシントン大学公衆衛生学部教授でワシントン・ポストの外部コラムニスト、リアナ・S・ウェン氏は「これまで知られていなかった大麻の害が最新の研究で次々と明らかになっており、国民に対する繰り返しの啓発活動が必要だ」と自身のコラムで安易な合法化に警鐘を鳴らしている。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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