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PFASによる健康被害、多摩地域の広域で発生する恐れ 血液検査で6割が要注意レベル

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
会見する原田浩二・京都大学准教授(筆者撮影)

がんや胎児の発育障害などとの関連が強く疑われ、欧米で全面禁止を含む大幅な規制強化が進む「有機フッ素化合物(PFAS)」。この極めて有害な化学物質が、東京都多摩地域の多くの住民の血液中に高濃度で蓄積されていることが新たな調査でわかった。「フォーエバー・ケミカル(永遠の化学物質)」の異名を持つPFASは、いったん体内に入ると排出されにくいため、健康被害が懸念される。

273人分の結果を公表

調査したのは地元の住民でつくる「多摩地域の有機フッ素化合物(PFAS)汚染を明らかにする会」。同グループは昨秋以降、住民の中から採血ボランティアを募って大規模な血液検査を実施してきた。5日にオンラインで会見を開き、第2回中間報告として273人分の検査結果を公表した。

1月末の第1回中間報告は国分寺市の住民が中心だったが、今回は立川市や福生市、羽村市など計19の市町村の住民の検査結果を1回目に上乗せする形でまとめ、公表した。東京都の西部に位置する多摩地域は30の市町村からなり、面積にして都の半分以上を占める広大なエリアだ。

PFASは共通した特徴を持つ有機フッ素化合物の一群で、欧米の専門機関の見立てでは1万種類以上ある。今回はそのうち13種類の検出を試み、さらにその中から、「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)」で製造や取引が禁止されるなど特に有害と考えられている4種類(PFOS、PFOA、PFHxS、PFNA)の結果を公表した。

6割が米国の「要注意レベル」超え

分析を依頼された環境衛生学が専門の原田浩二・京都大学准教授によると、273人中、1人だけPFHxSの濃度が検出限界の1ミリリットルあたり0.15 ナノグラム(0.15 ng/ml)以下だったが、それを除けば、採血した住民全員から4種類すべてが検出された。

これだけでも多摩地域のPFAS汚染の深刻さを十分物語るが、住民にとってさらにショックだったのは、米国やドイツの専門機関が「要注意レベル」と設定した血中濃度を上回った住民が全体の約6割と非常に多かったことだ。

例えば、米国の最高学術機関「全米アカデミーズ」は、昨年公表した医療機関向けガイドライン(手引き)の中で、主要PFASの合計血中濃度が2ng/mlを超える患者は健康被害の可能性があるとし、医療機関は脂質異常症や妊娠高血圧症、乳がんなどの発症に注意を払う必要があると助言。さらに、同20 ng/mlを超える患者は、健康被害のリスクがより高く、医療機関は上記の症状に加え、甲状腺の病気や腎臓がん、精巣がん、潰瘍性大腸炎の発症についても注意する必要があると述べている。

今回の検査では273人中167人(61.2%)が、4種類の合計血中濃度が20 ng/mlを超え、「要注意レベル」となった。地域別でみると、国分寺市(94.9%)、立川市(78.0%)、小平市(60.0%)、あきる野市(55.6%)などで20 ng/mlを超えた住民の割合が高かった。

「リスクを下げるための対策が必要」

会見で分析内容を説明した原田氏は「これは多摩地域の人たちの健康への影響を考えないといけないレベル。リスクを下げるための対策が必要だ」と強調した。

住民の体内にPFASが入り込んだ経路に関しては、多摩地域の多くの浄水場の取水用井戸から高濃度のPFASが検出されていることや採血検査時に行ったアンケート調査などから、地下水から取水した水道水が主な経路の1つと見て間違いないと原田氏は断言する。ただ、食品や土壌から摂取した可能性も否定できないため、汚染の実態を解明するには「他の日常生活での曝露の程度についても調査が必要」と付け加えた。

地下水にPFASが混入した原因については、原田氏は「汚染源の1つは米軍横田基地と見て間違いないと考えている」と述べ、根拠として、世界各地の軍事基地の周辺で同じ問題が起きていることを挙げた。

軍事基地や民間の飛行場は長年、泡消火剤としてPFASを利用してきたため、周辺の土壌や河川から高濃度のPFASが検出されるケースは多い。このため横田基地も「限りなく黒」とみられている。しかし、米軍基地内への立ち入りが難しいため「黒」とは断定できない状況だ。さらに、PFASは半導体工場などからも廃水に混ざって排出される可能性があり、政治的配慮も働いて、汚染源を特定するのは容易ではない。

汚染源を特定できないことは、行政による対応や対策の遅れにもつながっている。明らかにする会も元はと言えば、住民が東京都などに汚染の実態調査を要請したのに、行政が動かなかったため、住民自ら調査に乗り出したという経緯がある。

摂取を完全に避けるのは容易ではない

懸念されるのは住民の健康への影響だ。PFASは人の体内では代謝されず、原田氏によると、人為的に排出させる手段もない。そのため体内に蓄積される。

米国毒性物質疾病登録庁によると、PFASの体内での半減期はPFOSが3.3~27年、PFOAが2.1~10.1年、PFHxSが4.7~35年などとなっている。これでも十分長いように見えるが、原田氏は「一般に理解されている半減期は、PFASを新たに摂取しないと想定した場合の計算で、日常的に摂取が続いていれば、実際の半減期はもっと長くなる」と指摘する。摂取経路が完全に解明されていない現状では、汚染された水道水の使用を避けても、他から摂取している可能性がある。

明らかにする会は、今回の公表分には含まれていない国立市や府中市、調布市などの住民の検査結果を加えた約600人分の検査結果を、近く公表する予定だ。国立市や府中市などにも、高濃度のPFASが検出されて取水停止となった井戸が多数あることから、「要注意レベル」の住民の数がさらに増える事態が懸念される。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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