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値段は3倍でも「平飼い卵」の人気じわり拡大 消費者ニーズの高まり反映 適正価格の議論に一石も

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
おはよう農園の平飼い鶏舎。奥に止まり木が見える(筆者撮影)

「平飼い卵」の人気がじわじわ広がっている。値段は一般的な卵の2~3倍もするが、高くても「健康な鶏の卵を食べたい」という消費者が増えているためだ。新規参入する養鶏農家や流通業者も相次いでおり、供給も徐々に増えている。鳥インフルエンザなどによる鶏卵価格の高騰がニュースとなる中、「物価の優等生」と言われてきた卵の適正価格をめぐる議論にも一石を投じそうだ。

つついて靴紐を解く

千葉県我孫子市の平飼い養鶏農家「おはよう農園」を先月、訪ねた。利根川のすぐ近くに立つ掘っ立て小屋のような木造の鶏舎は、広さ約100平方メートル。真冬の陽光が金網の間から差し込み、鶏舎内を明るく照らしていた。ここで300羽の採卵用の鶏が飼われている。同じ鶏舎でも、鶏インフルエンザのニュースによく登場する、何万羽も収容可能な窓のない巨大な倉庫のような鶏舎とは、あまりにも対照的だ。

農場主の恒川京士さんと鶏舎内に入ると、全身茶色の鶏が首を上下左右にせわしく動かし、「コケッ、コケッ」「ココッ、ココッ」などと鳴きながら、もみ殻を敷き詰めた土の上を歩き回っていた。鶏は何でもつつく習性があるといい、筆者が恒川さんに話を聞いている間も、何羽かが筆者の靴紐の結び目を熱心につつき続け、ついには紐が解けてしまった。

鶏舎は鶏の年齢に応じて3つの部屋に区切られていた。すべての部屋に、いつでも食事ができるエサ場や、角材を組んで作った寝床となる止まり木などがある。安心して卵を産めるようにと産卵箱も設置されていた。

「鶏インフルは心配していない」

至れり尽くせりの設計だが、鶏舎は多くの野鳥が飛んできそうな川沿いにあり、しかも菌やウイルスが容易に侵入しそうな開放型。鶏インフルエンザの心配はないのか単刀直入に聞くと、「気にはしているが、心配はしていない。健康な鶏だから」との答えが返ってきた。

産みたての新鮮な卵を巣箱から取り出す恒川さん(筆者撮影)
産みたての新鮮な卵を巣箱から取り出す恒川さん(筆者撮影)

意味を問うと、「ストレスのかからない広々とした環境で、よいエサを食べて暮らす鶏は体力があり、病気にかかりにくい。事実、うちの鶏は病気らしい病気をしたことがなく、そのため、(卵の安全性に影響を及ぼす可能性のある)抗生物質も使ったことがない」と答えた。開放型鶏舎に関しても、空気が絶えず流れるため、むしろ感染症の予防にはよいと感じているという。新型コロナウイルスの感染予防策を思い出すような話だ。

もともと会社員だった恒川さんが養鶏農家になったのは約2年前。「人と違うことをやりたい」との思いから、周囲では誰もやっていない平飼いを始めた。卵の評判は口コミなどで徐々に拡散。1個あたり82円という平均小売価格の約3倍も高い値段にもかかわらず、「リピーターが増え、注文に出荷が追い付かないこともある」と話す。

1坪あたり6~8羽

関西地方を中心に有機農産物などの宅配サービスを手掛けるオルターでは、平飼い卵は定番商品の1つだ。オンライン・ショップでは6個入りが税込810円で販売。1個あたり135円になる。やはり一般的な卵と比べてかなり高価だ。だが、西川榮郎代表は「需要がある」と話し、売れ行きの心配はまったくしていない様子だ。

高価なのは、おはよう農園同様、単位面積あたりの鶏の数が少ない分、生産コストが高くつくため。西川代表によると、オルターが平飼い卵を仕入れている養鶏場の飼育密度は、1坪(3.3平方メートル)あたり6~8羽。平均的な養鶏場に比べて「非常に低い」という。

飼育密度にこだわるのは、「安全な卵は健康な鶏から」との信念からだ。「高密度飼育は病気を招きやすく、病気になると鶏に抗生物質などの薬を投与することになるので、卵の安全性にとってもよいことではない」と西川代表は説明する。

オルターの仕入れ先の1つ「タナカファーム」の平飼い鶏舎(オルター提供)
オルターの仕入れ先の1つ「タナカファーム」の平飼い鶏舎(オルター提供)

9割以上がケージ飼い

だが、平飼い卵の流通量は日本ではけっして多くない。現在、国内で流通している卵の9割以上は「ケージ飼い」と呼ばれる飼育法で飼われている鶏の卵だ。

ケージ飼いでは、鶏は巨大な倉庫のような鶏舎の中で、自由に身動きできないほど狭くて足元も不安定な「バタリーケージ」と呼ばれる檻に入れられ、卵を産み続ける。ケージ飼いの鶏はストレスから免疫力が低下して病気にかかりやすく、抗生物質を投与されたり殺処分になったりする鶏も多いと関係者は指摘する。家畜への抗生物質の過剰投与は、人の生命を脅かす薬剤耐性菌が生まれる原因になると、世界保健機関(WHO)などが警告している。

このため、アニマルウェルフェア(動物福祉)や薬剤耐性菌対策の観点から、ケージ飼いを止め、平飼いに移行する動きが世界的に広がっている。

世界各国で次々と廃止

欧州連合(EU)は一早く2012年にバタリーケージの使用を禁止した。さらに、バタリーケージよりも広く巣箱や止まり木などを備えた「エンリッチドケージ」の使用も、27年に禁止する計画だ。養鶏全体に占める平飼いの比率はEU平均ですでに5割を超え、中にはドイツなど9割を超えている国もある。

米国でも平飼いが急速に増えている。農務省によると、今年2月時点の平飼い比率は37.1%と、10年前の9.7%の約4倍。カリフォルニア州やマサチューセッツ州など、州法でケージ飼いを禁止する州も急速に増えている。

動きは欧米にとどまらない。ニュージーランドは昨年、バタリーケージの使用を全面禁止した。オーストラリアも36年までにバタリーケージを禁止する計画。台湾は、脱・ケージ飼いの取り組みの一環として、どれが平飼い卵でどれがケージ飼い卵か買い物客が一目見てわかるよう、卵にその旨を表示する仕組みを導入した。消費者が平飼い卵を選ぶことで、生産者に平飼いへの移行を促す狙いだ。同様の取り組みは韓国でも行われているという。

認証制度も登場

これに対し日本ではケージ飼いが依然主流だ。だが、その日本でも、平飼い卵が注目を浴び始めており、恒川さんのような平飼い農家や、平飼い卵を扱う流通業者が増えている。

例えば、大手スーパーのイオンは、20年に自社ブランドの平飼い卵を発売。取り扱い店舗数は、昨年11月時点で全国約900店舗にまで増えた。

有機農産物であることを証明する「有機JAS」のような認証制度も登場している。

有機農産物の認証事業などを手掛ける「エコデザイン認証センター」は、国内初となる平飼い卵の第三者認証制度を作り、昨年6月から運用を開始した。鶏卵業界の自主ルールである「鶏卵の表示に関する公正競争規約」は、「鶏舎内又は屋外において、鶏が床面又は地面を自由に運動できるようにして飼育した場合」、平飼いと表示できると定めている。しかし、それ以上の細かい規定がなく、「何をもって平飼いというのか基準を設けてほしい」という声が消費者や養鶏農家、流通業者などから寄せられていたという。

同センターの平飼い認証を得るには、鶏が自由に歩き回ったり砂浴びをしたりするための土間や、止まり木、巣箱などの設置のほか、センターが定めた1羽あたりの最低床面積の確保など、多くの規定を満たさなくてはならない。認証の種類は、主に屋外で飼う「放牧平飼い(フリーレンジ)」、鶏舎内で飼う「平飼い(ケージフリー)」、立体型鶏舎で飼う「多段式平飼い(エイビアリー)」の3種類あり、認証マークも別々だ。現在、認証申請者に対する審査を進めているところという。

持続可能な卵とは何か

日本では、卵は長年、他の食材が次々と値上がりする中でも値段が据え置かれ、「物価の優等生」と言われてきた。日本の食文化にも欠かせない食材の1つだ。しかし、世界的なケージ飼い廃止の流れや鶏インフルエンザの大流行によって、多くの消費者が、図らずも安い値段のからくりやその影響を理解し始めている。平飼い卵の人気がじわじわ広がっているのも、そのためだ。SDGs(持続可能な開発目標)への世論の関心が高まっているだけに、「持続可能な卵とは何か」といった議論が今後、活発化する可能性もありそうだ。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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