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脳梗塞は水道水のせい? PFAS汚染に不安募らす東京都多摩の住民

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
採血検査の結果発表の会見で話をする住民代表。中央が高木比佐子さん(筆者撮影)

発がん性などが疑われ、国際条約で製造や取引が禁止された有機フッ素化合物のPFAS(ピーファス)が、多くの住民の血液から検出されている東京都多摩地域。因果関係は定かでないものの、体調の異変を訴える人も少なくない。不安を募らせる住民の声を聞いた。

国分寺の水に誇り

「原因はもしかしたらこれだったのかなと、へんに納得した部分もある」

東京都西部の国分寺市に住む高木比佐子さん(75)は、こう筆者に語った。

東京都の西部に位置する多摩地域の住民らで作る「多摩地域の有機フッ素化合物(PFAS)汚染を明らかにする会」は1月30日、汚染の実態を解明するため有志の住民の協力を得て進めている血液検査の第1回結果を発表した

発表会見では、PFASの血中濃度の測定と分析を担当した原田浩二・京都大学准教授による説明の後、3人の住民が有志を代表して短く思いを語った。その中の1人が高木さんだった。後日、電話で改めて話を聞いた。

国分寺市に45年間住んでいる高木さんにとって、武蔵野の台地から湧き出てくる地下水は大切な宝物だった。「国分寺の水はおいしい、と常々誇りを持って言ってきた」と話す高木さんは、友人を家に招いた時は、よく近くの「お鷹の道」まで湧き水を汲みに行き、その水を沸かしてお茶を淹れた。友人宅を訪ねる時は、手土産として持っていくこともあった。お鷹の道は、日本の名水百選に選ばれるほどの名水だ。

水道水も、同じ地下水を使っているので、浄水器などは付けずにそのまま飲んでいたという。

脂質異常症、脳梗塞を発症

そんな高木さんの体に異変が起きたのは7、8年前。健康診断で脂質異常症と診断された。脂質異常症は肥満や運動不足など生活習慣が原因の場合が多い。しかし、高木さんはやせ型で、食べ物にも日頃から注意し、適度な運動もしている。原因に心当たりはまったくなかった。症状は今も続いており、処方薬を服用している。

昨年5月、さらなる異変が起きた。仕事を終えて帰ろうとした時、「頭の中でプツンと音がし」、先方に「失礼します」と挨拶しようとしたら、うまく口が回らなかった。歩行もおかしくなった。それでも何とか家にたどり着き、しばらく安静にした後に医師の診察を受けたら、脳梗塞と診断された。

幸い後遺症はなかったものの、今も再発防止のための処方薬が手放せない。自分で調べたら、脳梗塞は脂質異常が原因でなることもあると知った。

そうした中、多摩地域の地下水が広範囲にわたりPFASに汚染されていることが報道などで徐々に明らかになり、昨年11月、「明らかにする会」による住民を対象とした自主血液検査が始まった。高木さんもすぐに検査を受け、結果が1月下旬に封書で届いた。

検査結果に「ショック」

結果の数値がどういう意味なのか、添えられていた原田准教授のコメントを読んでわかった時は、「ショックだった」と言う。

検査では13種類のPFASの濃度を測定し、そのうち人への影響が特に重大と考えられている4種類について、結果を各被験者に通知した。高木さんは、PFOS(ピーフォス)が1ミリリットルあたり16.0ナノグラム(16.0 ng/ml)、PFOA(ピーフォア)が7.4 ng/ml、PFHxS(ピーエフヘクスエス)が32.1 ng/ml、PFNA(ピーエフエヌエー)が3.4 ng/mlだった。

環境省が2021年に全国各地で調査した時の平均値と比べると、PFOSが4.1倍、PFOA が3.4倍、PFHxSが32.1倍、PFNAが2.1倍、それぞれ高木さんのほうが高い。

警告レベルを大幅に超過

米国の学術機関「全米アカデミーズ」は、主要PFASの合計血中濃度が2ng/mlを上回る患者は健康被害を受ける可能性があるとし、医療機関は脂質異常症や妊娠高血圧症、乳がんなどの発症に注意を払う必要があると指摘している。

また、同20 ng/mlを超える患者は、健康被害のリスクがより高く、医療機関は上の症状に加え、甲状腺の病気や腎臓がん、精巣がん、潰瘍性大腸炎の発症についても注意する必要があると述べている。高木さんの血中濃度は4種類だけで58.9 ng/mlに達しており、全米アカデミーズが「よりリスクが高い」と警告するレベルを大幅に超過している。

PFASと様々な病気との関連については、30日の会見でも、原田准教授や小泉昭夫・京都大学名誉教授が詳しく説明した。また、原田准教授は、住民の血中濃度が高いのは水道水が原因と指摘した。高木さんはそれを聞いて、「これだったのかな」と思ったという。

体内から消えない恐怖

高木さんにとってもう1つショックだったのは、地下から汲み上げた水を飲むのをとっくに止めているのに、血中濃度が高かったことだ。東京都は、高濃度のPFASが検出されていた多摩地域の井戸からの地下水の汲み上げを2019年に停止した。高木さんによると、地域の水道水の源水は、都の東部を流れる荒川水系に切り替わったという。

それにもかかわらず血中濃度が高いのは、安定した分子構造を持ち極めて分解されにくいというPFASの特徴のためだ。米国の毒性物質疾病登録庁(ATSDR)によると、PFASの人の体内での半減期は、PFOSが3.3~27年、PFOAが2.1~10.1年、PFHxSが4.7~35年となっている。土壌や地下水にも、何十年も滞留し続ける。PFASが「永遠の化学物質」と呼ばれるゆえんだ。

実は高木さんの夫(76)も、膀胱がんを患い、2年前に摘出手術を受けた。その時、医師から「腎臓も危ない」と言われたという。

待たれる国や自治体による早急な実態解明

もちろん、高木さんの病状にしても高木さんの夫の病状にしても、PFASが原因と断定できる証拠は今のところない。高木さん自身も、PFASの可能性も疑いつつ、「原因は加齢かもしれないし、遺伝かもしれない」と冷静だ。ただ、不安な気持ちに変わりはなく、「実態解明のための検査にはこれからも積極的に協力していきたい」と話す。

今回、詳しく話を聞いたのは高木さんだけで、高木さん同様に血液から高濃度のPFASが検出された他の住民の詳しい健康状態は、筆者にはわからない。プライバシーにかかわることだけに、住民同士で病気に関する情報交換をすることは基本ないという。高木さんも、会見時に脂質異常症を患っていることは明らかにしたが、脳梗塞のことは言っていなかった。

ただ、30日の会見では、3人の中の別の1人、中村紘子さん(80)も、「もともと腎臓の機能が弱かったが、昨年暮れの健康診断で腎臓の数値がさらに悪化していた」と述べていた。健康状態のよくない住民は相当数に上る可能性もある。

果たして、飲み水がPFASに汚染された地域の住民が脂質異常症や脳梗塞を発症したり、腎臓機能の低下に苦しんだりしているのは、単なる偶然なのか、それともPFASと何らかの関連があるのか。人命にかかわることだけに、国民の健康に責任を持つはずの国や自治体による速やかな実態解明と対策が待たれるところだ。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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