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「企業経営にマイノリティの視点を」上場企業にLGBTQの取締役が誕生

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
LGBTQ研修で講師を務める村木真紀さん(本人提供)

結婚式場やホテルなどを運営するテイクアンドギヴ・ニーズ社は、レズビアンであることを公にしている認定NPO法人・虹色ダイバーシティ代表の村木真紀さんを社外取締役に迎えた。LGBTQ(性的マイノリティ)であることを公にしている人物が上場企業の社外取締役に就任するのは初めてとみられる。村木さんに抱負などを聞いた。

――社外取締役を引き受けた経緯は。

「虹色ダイバーシティは企業の従業員や役員を対象にLGBTQをテーマにした研修を行っています。テイクアンドギヴ・ニーズからは2014年以降、定期的に研修の依頼を受けていますが、研修ではいつも私たちの話を熱心に聞いてくれるので好印象を抱いていました。また、私たちは婚姻の平等(同性婚の法制化)を実現するために他の非営利組織と組んで『Business for Marriage Equality』というキャンペーンを立ち上げ、その趣旨に賛同してくれる企業を募っています。ウエディング業界で真っ先に賛同してくれたのがテイクアンドギヴ・ニーズでした。それらが社外取締役を引き受けた理由の1つです」

「もう1つは、これまで私が研修などで企業に対して伝えてきたことを証明する絶好の機会だと思ったからです。役員研修ではいつも、ダイバーシティ(多様性)を本当に推進するためには、社内向けの研修を行ったりダイバーシティをアピールした商品を開発したりするだけでは足りない。企業としての意思決定の場、経営層にもっとマイノリティの目線を入れないと、企業は真に変わることはできないと言ってきました。テイクアンドギヴ・ニーズは、実際にLGBTQカップルにもサービスを提供した実績があるなど、ダイバーシティに関してはかなり先進的な企業だと思いますが、社内ではまだまだ取り組みが不十分との認識があるようです。同社がすべてのステークホルダーに向けたダイバーシティへの取り組みで日本を代表する企業になれるよう、社外取締役として貢献していきたいと思っています」

チェック機能が働く

――意思決定の場にマイノリティが入ると、企業に具体的にどんなメリットがあるのでしょうか。

「近年、企業、とりわけグローバル企業は、経営層の多様化を投資家から強く求められています。例えば、アメリカの証券取引所ナスダックは、昨年、上場ルールを改定し、企業に対し、取締役会に女性と、人種的マイノリティか性的マイノリティを加えるよう求めています。企業はちゃんと登用しているかを報告し、登用していない場合は理由を説明しなければなりません。経営層の多様化を進めることは、企業価値の向上につながり、それが投資家のニーズだと考えているのです。この流れは早晩、日本にも必ず来ます」

「一般的な日本企業の経営層は、現状では、中高年、男性、日本人でほぼ占められています。するとどうしても女性やマイノリティの視点が欠け、その結果、経営層から差別的な言動が飛び出したり、サービス内容や広報活動にも表れて批判の的になったりすることがあります。そうした問題は、経営層にマイノリティ属性のある人がいれば、そこでチェック機能が働き、未然に防げるはずです。今の若者はジェンダーやダイバーシティの問題にとても敏感です。こうした分野で問題を起こす企業は、若者から見て魅力的な職場には映りません」

――LGBTQで、しかも女性の取締役は、日本ではあまり聞きません。

「上場企業に関しては私も聞いたことはありません。ただ、公にしていないだけで、実際は取締役にもLGBTQは何人もいると思います。欧米ではLGBTQの経営者はもう珍しくなく、ロールモデルとしてLGBTQのビジネスパーソンの地位向上に貢献している経営幹部を表彰する取り組みもあります。昨年は、大手監査法人EY Japanのチェアパーソン兼CEOの貴田守亮さんが、世界トップ100人の1位に選ばれています」

村木さん(本人提供)
村木さん(本人提供)

大企業の本音は同性婚に賛成

――昨年の東京五輪・パラリンピックは大会理念に「ダイバーシティ&インクルージョン(多様性と調和)」「誰もが生きやすい社会の実現」を掲げました。これを機に日本でもLGBTQの人権改善が一気に進むのではとの期待も高まりましたが、婚姻の平等がないことを合憲とした先日の大阪地裁の判決や、与党である自民党の国会議員の会合で「同性愛は精神障害」などと記された文書が配布されていたとのニュースに、失望感や怒りを覚えた人も大勢います。結局、日本は変わっていないのでしょうか。

「LGBTQに対する社会のビジビリティ(認知度)は、東京五輪・パラリンピックを経て確実に上がったと思います。五輪の開会式では、MISIA(ミーシャ)さんがLGBTQ運動の象徴である虹色のドレスを着て国歌を斉唱するといった印象的な演出もありました。企業の取り組みもここ数年で活発になっています。私たちの調査でも、LGBTQ研修を行う企業は大手企業では着実に増えていますし、福利厚生面で同性パートナーを異性の配偶者と同等に扱う企業も増えています」

「ただ、いずれも大企業中心の動きで、中小企業はこれからです。大企業の間でも、社員研修は行っているが福利厚生面は手つかずというところもたくさんあります。住宅手当や慶弔休暇などの福利厚生はLGBTQ当事者の間で非常にニーズが高く、LGBTQの若者は企業の福利厚生制度まで調べて会社を選んでいます。そこが改善されないと、企業は優秀な人材の獲得や社員のモチベーション維持という面で支障が出ます」

「変わっていないところがあるとすれば、国の取り組みでしょうか。今述べたように社会の認知度も上がり、大企業、さらには自治体の取り組みも進んでいます。でも残念ながら、それらの動きが国による法整備に結びついていません。婚姻の平等を法律で認めていないのはいわゆる先進国の中では、もう日本だけです。国によって制度が大きく違うと、人の異動が難しくなるので、グローバル企業はビジネスがやりにくいはずです。婚姻の平等を早く実現してほしいというのが、多くの大企業の本音だと思います」

親としての役割をきちんと果たしたい

――LGBTQの取締役としての抱負を。

「私は40代で、女性で、LGBTQで、子育て世代でもあります。大企業の取締役会の中では非常にマイノリティ性が高いので、その属性を是非生かしていきたい。先ほども述べたように、マイノリティが意思決定の場に入ると企業にとってどんなよいことがあるのか、ちゃんと検証したいと思っています」

「もちろん、今はテイクアンドギヴ・ニーズの企業価値を高めることが社外取締役としての私の役目です。少子化で少しずつ市場が縮小し、現在はコロナ禍にも苦しむウエディング業界にとって、同性婚の実現はポジティブな要素です。婚姻の平等が日本でも一刻も早く実現するよう、企業の立場からもより強く働きかけていきたいと思います。今、結婚できない人たちが結婚できるようになれば、披露宴、結婚指輪、ハネムーンと多くの需要が生まれます。ウエディング業界にとっては間違いなくプラスです」

「ウエディング業界だけではありません。今、日本企業で働いているLGBTQのほとんどは、誰にでもカミングアウト(自らの意思でLGBTQであることを明かすこと)している訳ではありません。職場では、自分がLGBTQであることが知られないよう余計な神経を使いながら働いています。福利厚生面などで平等な扱いを受けられないという不満もあります。これでは仕事の生産性は上がりません。他の人と比較すると、マイナスの状態からスタートしているのです。婚姻の平等が実現すれば、少なくとも待遇面での格差は取り除かれるので、個々のLGBTQの仕事へのモチベーション、生産性が上がることが予想されます。これはすべての企業にプラスになるはずです」

「実は、テイクアンドギヴ・ニーズの社外取締役を引き受けたのには、個人的な思いもありました。今、私の家には6歳になる子どもがいます。パートナーが産んだ子なので、同性婚が法的に認められていない日本では、私は親にはなれません。パートナーに万が一何かあった場合、私はその子と一緒にいられるかどうかわからない。パートナーもそれを心配しています。私は親としての役割をきちんと果たしたい。子どもが成長するにつれ、そうした思いが強くなりました。テイクアンドギヴ・ニーズに私が社外取締役として加わることが社会へのメッセージとなり、婚姻の平等の実現に貢献できたらと考えています。子どもの成長は瞬く間です。もう待っていられません」

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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