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「ネオニコチノイド農薬は絶滅危惧種に悪影響」米環境保護庁 規制強化へ

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:ロイター/アフロ)

世界各地で起きている野生生物の異変や、人間の子どもの間で増えている発達障害などとの関連が疑われている殺虫剤のネオニコチノイド系農薬に関し、米環境保護庁(EPA)は「一部のネオニコチノイドは絶滅危惧種に悪影響を及ぼしている可能性が高い」との見解をまとめた。今後、他の政府機関と協議しながら、ネオニコチノイド系農薬の規制強化と使用削減を目指し、欧州連合(EU)などと足並みをそろえる見通しだ。

絶滅危惧種の7割に影響

EPAが6月16日に発表した見解は、「生物学的評価」と呼ぶ公式なもの。ネオニコチノイド系農薬のうち、主要なクロチアニジン、イミダクロプリド、チアメトキサムの3種類に関し、それらの使用が米国内に生息する1700種類以上の登録絶滅危惧種と800カ所以上の指定生息地にどんな影響を及ぼしているのか、パブリックコメントも踏まえ評価作業を続けてきた。

その結果、クロチアニジンについては、絶滅危惧種の67%と指定生息地の56%に「悪影響を及ぼしている可能性が高い」と結論。イミダクロプリドはそれぞれ79%と83%、チアメトキサムは77%と81%に、悪影響を与えている可能性が高いと指摘した。

EPAはこの公式評価を基に、内務省の米国魚類野生生物局、商務省の国家海洋漁業局と協議しながら、ネオニコチノイド系農薬の使用規制を強化する施策をまとめる方針だ。

ネオニコチノイドは生物の神経に作用する神経毒で、それを有効成分とするネオニコチノイド系農薬は1990年代から各国で急速に普及し始めた。しかし、時期をほぼ同じくして世界各地で起き始めたミツバチの大量失踪の原因ではないかとの疑いが浮上し、その毒性に関する研究が世界の研究者の間で進み始めている。

人間の子どもへの影響も

欧米では、ネオニコチノイド系農薬がミツバチだけでなく、他の昆虫、さらには渡り鳥や野生のオジロジカなど鳥類や哺乳類の繁殖にまで影響している可能性を指摘した研究報告が相次いでいる。日本では、島根県の宍道湖で1990年代にウナギやワカサギが急にとれなくなったのは、周囲の水田に散布されたネオニコチノイド系農薬が湖に流れ込んだためではないかと指摘する調査結果を、東京大学などの研究チームが2019年に発表している。農薬業界はこれに反論するコメントを出している。

また、獨協医科大学と北海道大学の研究チームは、ネオニコチノイド系農薬の成分が妊婦の胎盤を通り抜けて胎児に移行することを実証し、さらにそれが胎児の発育に影響する可能性を示唆した論文を2019年に発表した。妊婦が摂取したネオニコチノイド系農薬は、妊婦が食べた食品に残留していたものとみられている。ネオニコチノイド系農薬は植物の内部に浸透し、隅々にまで行き渡って殺虫効果を発揮する浸透移行性の性質のため、食べる前に野菜や果物を洗ってもなかなか落ちない

タバコのニコチンと似た構造を持つネオニコチノイドは、哺乳類の神経にも作用する可能性があることが研究で明らかになっていることから、1990年代から日本で発達障害児の増加傾向が顕著となっていることとの関連を指摘する専門家もいる。

EUは広範に規制

自然環境や人体への影響を懸念したEUは、2018年から主要ネオニコチノイド系農薬の屋外での使用を禁止するなど、規制を強化している。米国は民主党のオバマ元大統領の時に規制強化に動いたが、産業界寄りの共和党トランプ前大統領は逆に規制を緩和。民主党のバイデン大統領の誕生で再び規制強化に舵を切った。

日本は、ここ数年を見る限り、欧米とは逆に規制緩和の流れにある。EUは、使用は厳しく規制しているものの生産や流通は認めているため、EU内で供給過剰になったネオニコチノイド系農薬の一部が、規制が比較的緩くかつ市場が大きい日本に輸出されている実態も、環境NGOグリーンピースなどの調査で明らかになっている。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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