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「二重の壁」を克服 LGBTQパラアスリート過去最多に 東京パラリンピック

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
女子個人パシュートで銀メダルを獲得した英国のクリスタル・レーン・ライト選手(写真:松尾/アフロスポーツ)

開催中の東京パラリンピックに性的マイノリティー(LGBTQ)であることを明かして参加している選手(パラアスリート)の数が、前回大会より大幅に増え、過去最多となっている。先の東京オリンピックもLGBTQ選手の数が歴代最多となったが、障がい者は健常者と比べてカミングアウトの壁がさらに高いとされる。LGBTQパラアスリートの大幅増は、欧米を中心にLGBTQの社会への受け入れが急速に進んでいる証と言えそうだ。

前回大会の3倍近い参加者数

LGBTQアスリートに関する情報をインターネットで発信している「アウトスポーツ」によると、カミングアウト(性的指向や性自認を自らの意思で明かすこと)して東京パラリンピックに参加しているパラアスリートの数は、28日現在で少なくとも33人。前回2016年のリオデジャネイロ・パラリンピックの12人に比べて3倍近く増え、過去最多となっている。アウトスポーツの集計は主に選手本人や本人に近い関係者からの自発的な情報提供に基づいており、閉会式までに数がさらに増える可能性がある。

8日に閉幕した東京オリンピックは、最終的に185人のLGBTQアスリートの参加がアウトスポーツによって確認された。やはり、リオ大会の56人から3倍以上増え、過去最多となった。また、団体競技を含めて56人の選手が、金メダル11種目を含む32種目でメダルを獲得。これも過去の記録を大幅に更新した。

LGBTQパラアスリートを国別で見ると、最多が米国と英国で各9人。次いで、ブラジル4人、カナダ3人、オーストラリアとドイツが2人ずつなどとなっており、欧米が大半を占めている。

欧米で受け入れ進む

LGBTQパラアスリートが急増している背景は、オリンピックでLGBTQアスリートが急増している背景と一緒だ。世界では欧米を中心に、LGBTQの問題を、女性や人種的マイノリティー、障がい者などの人権と同様、議論の余地のない基本的な人権問題と捉え、LGBTQの人たちへの差別を法律で禁止し、同性婚を合法化する国が増えている。主要7カ国(G7)では、日本以外の6カ国が同性婚やそれに準ずるパートナーシップ制度を国レベルで認めている。

こうしたLGBTQの基本的人権が保障されている国では、LGBTQの人たちに対する社会の差別感情や偏見も薄れてきており、それまでLGBTQであることを隠して生きて来ざるを得なかった当事者たちが、カミングアウトしやすい環境が整いつつある。このことが、LGBTQのアスリートやパラアスリートの急増につながっている。ホスト国である日本は、参加選手数は多いが、アウトスポーツの報道ではLGBTQ選手は1人もいない。カミングアウトにしくい環境が一因と見られている。

障がい者+LGBTQの高い壁

また、LGBTQパラアスリートは健常者のLGBTQアスリートに比べて、カミングアウトのハードルがさらに高いとも言われている。

レズビアンであることをカミングアウトしている水泳のブラジル代表エデニア・ノゲイラ・ガルシア選手は、国際パラリンピック委員会(IPC)の公式ブログで、「レズビアンかつ障がい者であることは、目の前に二重の壁が立ちはだかっているようなもので、社会からのけ者にされているという差別感を抱く」と述べている。

ブログにつづったところによれば、ガルシア選手は、サンパウロで毎年開かれる盛大なLGBTQの祭典であるプライド・パレードにずっと参加したいと思っていたが、その気持ちを誰にも打ち明けたことがなかった。それは微妙なテーマであり、本当の自分をさらけ出す気持ちの準備ができていないと感じていたためだ。

しかし、2014年に17歳でノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんや、女子テニスのセリーナ・ウィリアムズ選手、女子サッカー米国代表でレズビアンのミーガン・アンナ・ラピノー選手らが様々な問題について社会に向かって積極的に発言する姿に、徐々に勇気づけられていった。そして、2019年にペルーのリマで開かれたパラスポーツの国際大会に参加した時に、カミングアウトした。

大会のレガシーに

ガルシア選手は、「多くの人は、障がいのある女性はセックスのことなんてあまり関心がないと考えているし、ましてや性的指向が多様だなんて思ってもいない」と述べ、障がいのあるLGBTQの人たちが直面する偏見の問題を指摘した。そしてブログの最後で、「スポーツは世の中に変化を起こすことができる。アスリートは、そのために欠かせない存在だ」と強調し、障がい者かつLGBTQの立場から、積極的に発言していく姿勢を見せた。

東京パラリンピックではLGBTQパラアスリートのメダル獲得も相次いでおり、その活躍ぶりがアウトスポーツや各国のメディアによって報じられている。アウトスポーツによれば、すでに金1個を含む6個のメダルを獲得した。前回大会を大幅に上回る過去最多のLGBTQパラアスリートの参加・活躍は、新型コロナウイルスに振り回された東京パラリンピックの数少ないレガシーの1つとなるかもしれない。

(カテゴリー:マイノリティー)

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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