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東京五輪、LGBTQ選手が過去最多に 関係者、日本社会への影響を期待

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

今週開幕する東京オリンピックで、性的マイノリティー(LGBTQ)であることを明かして参加する選手の数が、史上最多となることがわかった。欧米を中心にLGBTQに対する社会の理解が進み、カミングアウト(LGBTQであることを自らの意思で明かすこと)しやすくなっていることが背景にある。日本の関係者は「LGBTQ選手の活躍が、日本の制度や風土を変えるきっかけとなってくれれば」とその効果に期待を寄せる。

リオ大会の2.5倍

LGBTQ選手に関する情報を発信しているオンラインメディア「アウトスポーツ」は、「少なくとも142人のカミングアウトしたLGBTQ選手が、東京オリンピックに参加する」と報じている。2012年のロンドン大会、2016年のリオデジャネイロ大会はそれぞれ23人、56人で、東京大会はそれらを大幅に上回る。今大会は、オリンピック史上初めてトランスジェンダーの選手が出場する大会でもある。

アウトスポーツは142人の名前を競技別、国別に掲載。それを見ると、カミングアウトしている選手は米国、カナダの北米勢、英国やオランダ、フランス、ベルギー、アイルランドなどの欧州勢が圧倒的に多いが、オーストラリアやニュージーランド、ブラジル、チリなどの選手も目立つ。アジアでは、フィリピンとインドの選手が名前を連ねている。

LGBTQ選手が過去最多となった背景を、LGBTQに関する情報発信施設「プライドハウス東京」を運営する松中権さんは、「海外では欧米を中心に80以上の国でLGBTQへの差別を禁止する法律ができ、同性同士でも結婚できるなど婚姻の自由を保障する国も増えている。それに伴い、LGBTQに対する社会の理解度や受容度が高まり、カミングアウトしやすくなった」と解説する。

スポーツ界は「最後の未開拓地」

例えば、水泳のカナダ代表マーカス・ソーマイヤー選手は、前回のリオ大会にも出場したが、その時はカミングアウトしていなかった。昨年、ゲイであることを公表した同選手は、「カミングアウトしたゲイのアスリートとしてオリンピックで戦うことは、とても素晴らしいことだ」と、自分らしさを隠すことなく競技に打ち込める喜びをアウトスポーツに語っている。

カミングアウトするオリンピック選手が急速に増えているのは、オリンピック憲章が2014年、国際世論の圧力を受けて改定され、性的指向による差別の禁止を明示したことも大きい。

スピードやパワーを競うスポーツは男性性の象徴と捉えられていることから、スポーツ界は一般にLGBTQに対する差別意識が強いとされ、LGBTQの人たちの間では「ファイナルフロンティア」(最後の未開拓地)と呼ばれてきた。そのスポーツ界でカミングアウトが増えていることは、「ファイナルフロンティアが消滅し始めた、つまり、それだけ差別意識が薄まってきた証拠」と松中さんは指摘する。

ホスト国はゼロ

ただし、日本は例外だ。米タイム誌は、LGBTQ選手の参加が過去最多になると報じた記事の中で、日本についてこう述べている。

「しかし、これまでのところ、ホスト国である日本は、カミングアウトしたLGBTQ選手は1人もいない。日本では同性婚が認められておらず、同性カップルは異性カップルと同等の権利が受けられず、LGBTQは職場や公的な場所での差別からほとんど守られていないなど、日本はLGBTQの人権に関して他の先進国に大きく遅れをとっている。また日本では、トランスジェンダーが自ら望む性を法的に認めてもらうには、外科出術を受けるしか方法がない」

実際、同性婚やそれに準ずるパートナーシップ制度が国レベルで整備されていないのは、主要7カ国(G7)の中では日本だけだ。経済協力開発機構(OECD)が昨年公表した、加盟各国のLGBTQに関する法制度の整備状況に関する報告書でも、日本は35カ国中、トルコに次ぐワースト2位の34位となっている。欧米各国の在日商工会議所は、日本が同性婚を認めていないことが、優秀なLGBTQ人材が日本への赴任をためらう一因になっているとして、日本政府に対し早急に同性婚を合法化するよう要望している。

五輪翌年に同性婚認めた英国

日本でも最近、LGBTQであることを公表するスポーツ選手が徐々に出始めてはいるが、差別や偏見が根強い現状では、カミングアウトしたくてもためらう選手は多いようだ。

先ごろ閉会した通常国会では、LGBTQに対する差別の解消を趣旨とした法案の提出が、自民党内の反対で見送られた。東京オリンピック・パラリンピック組織委員会は、大会ビジョンでの中でLGBTQの人権の尊重をうたっているが、こうしたホスト国の現状を見る限り、看板倒れの感は否めない。

それでも、日本のLGBTQ関係者は、海外から参加する大勢のLGBTQ選手が、競技での活躍を通じて日本社会に様々な影響を与えてくれることを期待している。

松中さんは、「LGBTQのアスリートがオリンピックという舞台で競技する姿を多くの日本人が目にすれば、LGBTQに対する日本社会の理解度や受容度も高まるのではないか。英国ではロンドン・オリンピックの翌年、同性婚が合法化された。日本も、オリンピック後、そうなるよう期待している」と話す。

(カテゴリー:マイノリティー)

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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