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全豪オープン主催者や欧米メディアが賞賛する大坂選手の「コート外」での言動とは

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:ロイター/アフロ)

2度目の全豪オープンを制した大坂なおみ選手。その圧倒的な強さや圧巻のプレーは誰もが感嘆するところだ。だが実は、大会主催者や多くの欧米メディアが、優勝の偉業や素晴らしいプレー内容と同じくらい賞賛したのは、社会に大きな影響を与えた大坂選手の「コート外」での言動だった。

大会運営トップが絶賛

決勝戦終了後にコート上で行われた表彰式でスピーチに立った大会運営組織テニス・オーストラリアの会長で、航空会社ヴァージン・オーストラリアの最高経営責任者(CEO)ジェイン・ハードリカ氏は、敗れたジェニファー・ブレイディ選手の健闘をたたえた後、大坂選手にこう語り掛けた。

「なおみ、あなたのどんな困難にも負けない強い気持ちは、今日、コート上でフルに発揮されたけれど、あなたはそれをコートの外でもフルに発揮してきた。過去12カ月間、あなたは声を上げ、世の中を大きく変えてきた。それは本当に勇気づけられる行動で、どうやったら社会を変えることができるか、私たちすべてに教えてくれた。ありがとう」

ハードリカ氏は、「コートの外」が具体的に何を意味するかは言わなかったが、これを報じた英ガーディアン紙は、「コートの外」は、大坂選手が前回の全米オープンで警察暴力の犠牲になった黒人の名前入りのマスクを着用したことや、トランプ大統領(当時)が新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼んだことに端を発したアジア系米国人への暴力事件、さらには東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(当時)の女性蔑視発言など、政治的に微妙な問題に積極的に発言してきたことを指していると報じた。

BLMに共感、森氏を批判

大坂選手は、昨年5月、米ミネソタ州で黒人男性が白人警官に殺害された事件後に全米に広がったBLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命も大切だ)運動に共感し、カリフォルニア州の自宅からミネソタ州に飛んでデモに参加したり、日本で開かれたBLMデモへの参加をツイッターで呼び掛けたりした。

全米オープン直前の大会では、8月に米ウィスコンシン州で起きた警官による黒人射殺事件に抗議し、大会の途中棄権を表明。これを受け、大会は一時、全試合を中断した。直後に開かれた全米オープンでは、警察暴力の犠牲になった黒人の名前入りのマスクを7枚用意。見事優勝し、7枚すべてをコート上で着用することができた。

森会長の女性蔑視発言に対しては「無知だ」と批判し、後任に女性が選出されたことに関しては「よいこと」とコメントしている。

大坂選手の言動には、日本からも含め、スポーツに政治を持ち込むべきではないとの批判や人種差別的な中傷も多かったが、それでも大坂選手は発信を続けた。ハードリカ氏の「どんな困難にも負けない強い気持ち」は、これらを指しているとみられる。

コート外言動を評価する海外メディア

全豪オープン表彰式の司会者も、大坂選手をステージ上に招く際に、「アスリートが競技を超えてその影響力を及ぼすのはそんなにあることではないが、彼女はそれをコートの外ですることができる」とたたえた。

大坂選手の優勝を報じた欧米メディアも、大坂選手のコート外での言動を紹介する例が目立つ。

米AP通信は全豪オープンの解説記事の中で、「大坂選手をスペシャルな存在にしている要因の1つは、コートの中でも外でも、挑戦をいとわず、自分にとって何が大切なのかよく理解していることだ」と指摘し、ウィスコンシン州の黒人射殺事件に抗議するために大会を途中でボイコットしたことや、全米オープンで警察暴力の犠牲になった黒人の名前をプリントしたマスクを優勝するまで着け続けた例を紹介した。

米スポーツ専門チャンネルESPNの電子版は、大坂選手は一時スランプに陥ったが、新型コロナの影響で大会が中断していた間に自分を見つめ直して、黒人差別の問題など自分にとって大切と感じる問題について積極的に発言したり行動したりし始め、コート上でも自信を取り戻したと、大坂選手の内なる変化を解説。そして、「メディアで意見を述べたり雑誌で発言したりするなど著名な言論リーダーになると同時に、次々とスポンサーを獲得していった」と指摘した。

スルーする日本メディア

AP通信は昨年、大坂選手を「今年の女性アスリート」に選出している。コート上での活躍に加え、人種差別や性差別など世界的な問題に対して積極的に発言したり行動したりしたことを高く評価したものだ。

米女子プロサッカーのノース・カロライナ・カレッジは1月、大坂選手が同チームに出資したことを発表した。額は明らかにされていないが、大坂選手はSNSで、自らも女性に応援されたことで成功することができたと述べ、女性アスリートを応援する目的で出資したと語っている。米女子プロサッカーはどのチームも経営が苦しいだけに、米経済誌フォーブスによるところの世界で最も稼ぐ女性アスリートの出資は、大いに勇気づけられたに違いない。

大坂選手の全豪オープン優勝は日本のメディアも、もちろん大々的に報じているが、欧米メディアが賞賛する彼女の「コート外の活躍」について伝える主要メディアは残念ながらほとんどない。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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