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発がん疑惑の除草剤巡る米巨額訴訟、1兆円で和解 日本でも懸念強まる

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:ロイター/アフロ)

除草剤を使用したら癌(がん)になったとして、米国の患者らが製造元の独バイエルを相手に起こした巨額訴訟は、バイエルが総額109億ドル(約1兆1700億円)を支払うことで和解した。この除草剤は日本でも農業や家庭菜園、公共スペースの除草などに利用されており、様々な食品にも残留している。このため、消費者の間で不安が高まっている。

過去最大級の支払額

問題の除草剤は「ラウンドアップ」などの商品名で販売されているグリホサート。和解は24日、バイエルが発表した。

バイエルや米メディアの報道などによると、米国内で起こされている約12万5000件の訴訟のうち、約9万5000件について和解が成立。残る約3万件についても和解の成立が見込まれており、合計の支払額は最大96億ドルになる見通し。原告1人当たりの支払額は最高で約25万ドルになるという。残りの約12億5000万ドルは、将来起こされる可能性のある訴訟に備えるため。民事訴訟の支払額としては「過去最大級」(ニューヨーク・タイムズ紙)という。

訴訟は最初、グリホサートを開発した米モンサントを相手に起こされていたが、バイエルが2018年にモンサントを買収したため、バイエルが引き継いでいた。

和解は結果的に原告側の主張を認める形となったものの、バイエルは、グリホサートは安全性に問題ないとの立場は変えておらず、販売も引き続き続ける。

フランスなど使用禁止に

グリホサートは世界各国で使用され、「世界で最も人気の除草剤」と言われている。しかし、2015年、世界保健機関(WHO)のがん研究専門組織である国際がん研究機関(IARC)が、危険度を表す5段階評価で2番目に高い「グループ2A」(ヒトに対しておそらく発がん性がある)に分類したのを機に、安全性に関する懸念が浮上。フランスやドイツなど欧州を中心に、各国が使用禁止や規制強化に乗り出した。

こうした中、米カリフォルニア州在住の46歳の男性が、グリホサートを有効成分とする除草剤を使用し続けた結果、非ホジキンリンパ腫を発症し、末期がんを患ったとして、モンサントを提訴。カリフォルニア州裁判所は2018年8月、モンサントに2億8900万ドルの支払いを命じる評決を出した(その後、減額)。この裁判を含めて3件の裁判が、グリホサートを巡る巨額訴訟の先駆けとして相次いで起こされたが、この3件は今回の和解には含まれておらず、依然、係争中だ。

給食用パンから検出

グリホサートは、直接皮膚に触れる以外に、その成分が残留した農産物を食べた場合の身体への影響も懸念されている。

農民連食品分析センターが昨年から今年にかけて、全国各地の学校給食で出されたパンを調べたところ、14検体中、86%にあたる12検体からグリホサートが検出された。いずれも、安全性の目安の1つとなる、政府の定めた残留基準値は下回ったものの、長期間、グリホサートの残留した食品を摂取し続けた場合や、他の農薬や食品添加物と一緒に摂取した場合のリスクは必ずしもわかっておらず、不安を抱く消費者は多い。

また、日本の農薬の残留基準は海外と比べて緩いと指摘されていることも、消費者が懸念を強める一因となっている。

実際、各国が規制強化に動き始めている中、厚生労働省は2017年12月、一部の農産物に関しグリホサートの残留基準を大幅に緩和した。パンの原料となる小麦の残留基準値は、従来の5.0ppm(1kgあたり5mg)から30ppmへと6倍に緩和された。

こうした事態を受け、神奈川県消費者団体連絡会が厚労省に残留基準の見直しを要請したり、日本消費者連盟が食品メーカーにグリホサートの残留した小麦粉を使用しないよう要請したりするなど、消費者の間で懸念が強まっている。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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