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新型コロナ危機で再選ピンチに 焦るトランプ大統領

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナウイルスの感染患者に消毒液を注射したら治るのではないかと記者会見で発言し、周囲を大慌てさせたトランプ米大統領。トンデモ発言の背景にあるのは、このままでは、再選を目指す11月の大統領選で敗れるのではないかという不安と焦りだ。

味方のメディアもかばい切れず

「新型コロナウイルスは消毒液で一瞬のうちに死ぬのだから、消毒液を感染患者に注射したら、面白いんじゃないか」

23日の記者会見で、トランプ大統領はこう発言し、周囲を青ざめさせた。会見直後から、「発言は無責任で危険だ」などと大統領を批判するコメントを多くの医師がテレビやSNSなどを通じて発信。消毒液の大手製造会社も、注射であろうと口からの摂取であろうと消毒液を体内に入れるような真似は絶対にしないよう、消費者に強く注意を促した。

翌日、記者団から発言の真意を聞かれたトランプ大統領は、「君たちのような記者をからかった」と釈明。だが、これは、CNNテレビなど日頃からトランプ大統領に批判的なメディアだけでなく、トランプ大統領に常に好意的な報道をしてきた保守系のフォックステレビからの批判も招いた。

日本で言えば全国紙やテレビの官邸キャップに当たる、ホワイトハウス・チーフ特派員のジョン・ロバーツ記者は、「(23日の会見では)私は大統領を非常に近いところから見ていたが、からかったような言い方にはまったく見えなかった」とリポート。ニュース番組の司会を務めるクリス・ウォレス氏も「(消毒液の注射は)安全ではない。多くの製造会社もそう言っている」と、トランプ大統領の発言を批判的に報じた。

共和党の知事ともギクシャク

身内のはずの共和党知事とのギクシャクも目立っている。

自身の再選のためには新型コロナ危機の影響で落ち込んでいる景気の早期回復が最重要課題と考えているトランプ大統領は、経済活動の一刻も早い再開を全国の知事に働きかけている。これに激しくかみついたのが、同じ共和党で全国知事会の会長でもあるメリーランド州のラリー・ホーガン知事だ。

経済活動再開の条件として、新型コロナに感染したかどうかを速やかに調べることができる検査体制の確立が必要という点に意見の相違はないが、問題は、各州が十分な検査体制を築いているかどうか。

トランプ大統領は、米国内の検査体制は各州が経済活動を再開するのに十分だと主張しているが、CNNの番組に出演したホーガン知事は、それは「完全な誤りだ」と述べ、メリーランド州の例も挙げながら、各州の検査体制は経済活動を安全に再開できるレベルに依然、達していないと指摘した。ジョージア州など主に共和党が知事を務める一部の州は独自に経済活動の再開に踏み切ったが、大多数の州は依然、経済活動の本格再開には慎重だ。

世論も早期の経済活動再開には慎重

世論も早期の経済活動再開には懸念の声が強い。CBSテレビなどが23日に発表した世論調査によると、「経済活動の再開を急ぐあまり、感染状況が悪化することのほうがより心配だ」と考える米国人が全体の63%に達する一方、「経済活動の再開が遅すぎて、景気がさらに悪化することのほうがより心配だ」と思う米国人は37%にとどまり、トランプ大統領と世論の意向が大きく乖離していることが明らかになった。

消毒液発言や、経済活動の再開時期を巡り州知事や世論とズレが生じている背景にあるのは、トランプ大統領自身の再選に赤信号が灯っていることに対する不安と焦りだ。

バイデン氏より低い支持率

トランプ大統領の支持率は、新型コロナ危機が勃発した当初こそ上昇したものの、最近の世論調査はどれも支持率の低下を示すものばかりだ。

CBSが3月に実施した調査では、大統領のコロナ危機への対応を「評価する」と答えた人が53%で、「評価しない」の47%を上回っていたが、直近の調査では、48%対52%と評価が逆転。調査会社モーニング・コンサルトの調査でも、3月17~20日の時点では評価するが53%、評価しないが39%だったが、その後、両者の差は徐々に縮まり、4月10~12日時点では45%対49%と「評価しない」が「評価する」を上回った。

米国は26日現在、新型コロナの感染者数が90万人超、死者数も5万4000人を超え、ともに世界最悪となっている。こうした厳しい現状がトランプ大統領の支持率低下につながっている。

トランプ大統領の焦りをさらに強めているのは、民主党の大統領候補に事実上決まっているバイデン前副大統領の支持率が、自身の支持率を上回っている点だ。激戦が予想されるミシガン、ペンシルベニア、フロリダの3州でフォックステレビが3月下旬に実施した世論調査では、バイデン氏が3~8ポイントの差をつけてリード。他社の調査でも同様の結果が出ている。

バイデン氏は現在、新型コロナ危機で大規模な集会が開けないため、テレビへの出演も含め遊説らしい遊説がほとんどできておらず、有権者への露出度が極端に低い。一方のトランプ大統領は毎日のように記者会見を開いており、しかも、会見の中身が自身の対コロナ政策への自画自賛に終始していることから、一部のメディアや多くの有権者から「まるで選挙演説だ」との批判を浴びている。にもかかわらず、支持率でバイデン氏の後塵を拝している現状は、トランプ大統領にとって相当にまずい状況だ。

大統領選のジンクス

支持率と並ぶもう一つの大きな懸念は経済だ。米大統領選は、選挙の年の夏場の景気が悪いと、現役の大統領や時の与党が負けるというジンクスがある。例えば、先代のブッシュ大統領は、自ら仕掛けた湾岸戦争の結果、国民の求心力が高まって支持率が一時80%台にまで上昇したが、その後の景気悪化が響き、再選を果たせなかった。

現在の米景気は新型コロナ危機の影響ですでに大きく冷え込んでいる。米議会予算局は24日、4~6月期の実質GDP(国内総生産)は年率換算で、前期比39.6%減になるとの予測を公表した。7~9月は緊急経済対策の効果が出て急回復するものの、通年の成長率はマイナスとなる見通しだ。失業率も大幅な悪化が避けられない。トランプ大統領が経済活動の再開を急ぐ理由はここにある。

世論分断作戦を展開か

新型コロナ危機克服のために国民の一致団結が欠かせない米国にとって気掛かりなのは、選挙戦での劣勢を何とか挽回したいトランプ大統領が今後、得意の世論分断作戦に打って出る可能性だ。移民や民主党支持者を攻撃して白人保守層の怒りを増幅させ、それを自身への票に結びつけるのがトランプ氏の常とう手段だが、その作戦を再び取り始めたかのような兆候が、このところ見え始めている。

一例が、地方都市で広がっている都市封鎖解除を求める市民デモへの支持表明だ。デモ参加者の中心はいずれもトランプ氏を支持する白人保守層で、一部のデモはトランプ大統領に近い保守グループによって主導されたものと報じられている。デモ隊の怒りの矛先はほとんどの場合、封鎖解除に慎重な民主党系の知事に向けられており、トランプ大統領の望む世論分断の構図ができあがりつつある。

トランプ大統領としても、経済活動の早期再開を主張し続ければ、仮に景気回復が不十分でも、景気回復に最大限努力したというアリバイ作りができる。そうなれば、今後の選挙戦の中で「景気がよくないのは経済活動の早期再開に反対した民主党のせいだ」という得意のフェイク・ニュース戦術を仕掛けることも可能だ。

果たして新型コロナ危機は今年の米大統領選にどんな結果をもたらすのであろうか。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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