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遺伝子組み換えで米食品業界が分裂

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:ロイター/アフロ)

 米国で、世界的に有名な食品企業が所属する業界団体を次々と脱退し、食品業界が分裂状態に陥っている。最大の原因は、遺伝子組み換え食品などの原材料情報をどこまで消費者に開示すべきかをめぐる意見の食い違いだ。今月には脱退企業が中心となって新団体を旗揚げするなど、仲間割れが深刻化している。

 有力食品企業の脱退で大きく揺れているのは、1908年設立の老舗業界団体「食品製造業協会」(GMA)。全米有数のロビー団体で、会員企業から集めた豊富な資金を武器に、国や各州の食品政策、世論に大きな影響力を及ぼしてきた。

キャンベルが口火

 そのGMAからの脱退の口火を切ったのは、紅白のデザインが日本でもおなじみの米キャンベルスープ。昨年7月、「業界団体の価値観と当社の価値観が合わなくなった」と述べ、脱退を発表した。

 その後も、紅茶の「リプトン」やシャンプーの「ダヴ」ブランドなどを展開する多国籍企業ユニリーバ、米チョコレート大手のマース、米最大の食肉加工会社タイソンフーズ、世界最大の食品会社ネスレ、米最大の乳製品製造会社ディーンフーズ、「ハーシーズ」ブランドで有名なチョコレートメーカーのハーシーなど、そうそうたるメンバーが次々と脱退。

 今年に入っても、世界最大の穀物商社カーギル、米食品大手クラフト・ハインツが脱退を表明するなど、雪崩現象が続いている。

 大手食品企業が次々とGMAを脱退する背景にあるのは、食品の原材料表示の拡充を求める消費者ニーズの高まりと、そうした消費者ニーズに背を向けるGMAへの不信感だ。米国では、ミレニアル世代と呼ばれる比較的若い世代を中心に安全・安心で、かつ自分の価値観に合う食品を買い求める傾向が一段と強まっており、そうした食品を自分で選択できるよう、より詳細な情報の提供を求める声が高まっている。

遺伝子組み換え表示に後ろ向き

 典型例が、遺伝子組み換え食品の表示問題だ。米国でも、遺伝子組み換え食品を嫌う消費者は多い。しかし、遺伝子組み換え食品の表示が義務づけられていないため、消費者は自分の意思で商品を選べないのが現状だ。消費者団体は連邦政府や州政府に表示を義務づける法律を作るよう訴えてきたが、その都度GMAが強力な政治力を発揮し、ことごとく法案を葬り去ってきた。

 ようやく2016年秋に、表示を義務づける法律が連邦議会で成立したが、これもGMAのロビー活動の結果、抜け穴だらけの内容になったという批判が強い。同法はまだ施行されていない。

 この間、業を煮やした消費者が、遺伝子組み換え原材料の使用が法律上認められていない有機食品や、「遺伝子組み換え原材料不使用」と自主表示した食品にシフト。その結果、これらの食品の売れ行きが急増し、自社製品にひそかに遺伝子組み換え原材料を使ってきた大手企業も早急に対応せざるを得なくなった。そうした時に、消費者に背を向け続けるGMAといつまでも行動を共にしていては、自分たちが消費者にそっぽを向かれかねないという懸念が、大企業を突き動かした。

 キャンベルなど一部の企業は、法律の施行を待たずに、遺伝子組み換え原材料の使用に関する情報を直接パッケージに印刷したりホームページ上で公開したりするなど、自主的な情報開示を始めている。

消費者ファースト

 遺伝子組み換え以外の問題でも、GMAと大手企業との溝は深い。米国では肥満が大きな社会問題となっており、消費者団体や専門家は、食品や飲料の製造過程で砂糖などの甘味料を後から添加した場合、その旨をパッケージに表示するよう政府に強く求めてきた。大手食品メーカーの多くは概ねこの案に賛同しているが、GMAはずっと難色を示してきた。

 GMAの脱退組が中心となって新たに組織を設立し、GMAに対抗する動きも起きている。

 7月中旬には、ネスレ、ユニリーバ、フランス食品大手ダノンのいずれも米国法人と、マースの食品大手4社が、「Sustainable Food Policy Alliance」(持続可能な食品政策連合)を旗揚げした。

 設立目的は、「各社のリーダーシップと政策への支援を通じ、食品業界に起きている変化を加速させること」としており、消費者の方を向いた商品開発や原料調達、マーケティングを進める意向だ。とくに重視する課題としては、「消費者への情報開示」「環境問題への貢献」「食の安全性の確保」「健康的な食生活の実現」「従業員、取引先、地域への支援」の5つを挙げている。

 GMAという業界団体を通じ一枚岩と見られていた食品業界内で造反の動きが相次いでいることは、消費者利益や消費者の権利の向上を最優先させる「消費者ファースト」の動きとして、歓迎する声も多い。食の問題に取り組む有力消費者団体「公益科学センター」は、「新連合の設立でGMAの影響力はますます低下するだろう」とコメントしている。

 一方、食品業界に詳しいニューヨーク大学のマリオン・ネスル教授は、ワシントン・ポスト紙の取材に対し、「彼ら(持続可能な食品政策連合)が次にどんな行動をとるかが非常に重要」と述べ、評価は時期尚早との考えを示した。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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