米国の遺伝子組み換え市場に異変

キャンベルスープは大手でいち早く、遺伝子組み換えの自主表示に踏み切った。(写真:ロイター/アフロ)

遺伝子組み換え大国・米国に異変が起きている。遺伝子組み換え食品の開発や販売を積極的に進めてきた大手食品メーカーが、相次いで「脱・遺伝子組み換え」を表明。7月には、全米初となる遺伝子組み換え食品の義務表示が、バーモント州で始まる。背景にあるのは、食に対する消費者の安全・安心志向の高まりだ。米国から多くの遺伝子組み換え食品を輸入している日本にも影響しそうだ。

ハーシー、ネスレ、ダノン…

米国最大のチョコレートメーカー、ハーシーは5月2日、チョコシロップの新製品「Hershey’s Simply 5 Syrup」の発売を発表した。アイスクリームやデザートなどにかけるチョコシロップは、甘い物好きの米国では人気商品。ハーシーが同社の従来のチョコシロップと違う点として強調したのは、非遺伝子組み換え原料のみを使用していることだ。

具体的には、主要原料の砂糖を、サトウキビ由来の砂糖に全面的に切り替える。砂糖には、主にサトウキビ由来の砂糖とビート(甜菜)由来の砂糖の2種類があるが、米国で栽培されているビートは、大半が遺伝子組み換え品種。サトウキビ由来の砂糖だけを使うことで、遺伝子組み換え原料を使っていないことをアピールする。

食品世界大手ネスレも、4月20日、ハーゲンダッツなど同グループが米国内で販売するアイスクリームの原料を大幅に見直すと発表。人工着色料や人工香料などの不使用に加え、遺伝子組み換え原料を今後使わない方針を明らかにした。

同じく食品世界大手ダノンの米国法人も、4月27日、ヨーグルトなど同社の主要乳製品に関し、非遺伝子組み換え飼料で育てた牛の乳のみを原料にすると発表した。

米国は世界最大の遺伝子組み換え大国。家畜飼料や様々な食品の原料となるトウモロコシや大豆は、生産量の90%以上が遺伝子組み換え品種に切り替わっている。食品業界の推定では、流通している食品の約80%には、何らかの形で遺伝子組み換え原料が使われている。

米国は同時に、遺伝子組み換え業界にとって天国でもある。日本やEU(欧州連合)などと違い、遺伝子組み換え原料を使っていても、メーカーはそうであることを消費者に知らせる法的義務がないためだ。表示義務化を求める消費者の声は根強いものの、義務化に反対する食品業界のロビー活動で、法制化の動きはこれまで、ことごとく葬り去られてきた。

バーモント州が全米初の表示規制

ところが、この遺伝子組み換え大国・天国に今、大きな地殻変動が起きている。ハーシーやネスレなど大手食品メーカーの脱・遺伝子組み換えの動きに加え、7月1日には、米国では初めてとなる遺伝子組み換え食品の表示を義務付ける法律が、東部バーモント州で施行になる。

同法は、州内で販売されるすべての食品に適用。加工食品は原則、全重量に占める遺伝子組み換え原料の割合が0.9%を上回る場合、「遺伝子組み換え技術を使って製造されています」「一部、遺伝子組み換え技術を使って製造されています」などとパッケージに表示しなければならない。どちらの表示にするかは、遺伝子組み換え原料の含有比率による。違反業者には、1ブランドにつき1日当たり最高1000ドルの罰金が科せられる。

バーモント州の新法施行が迫る中、これまで表示に消極的だった大手食品メーカーは、手のひらを返すように表示に積極姿勢に転じている。

ゼネラル・ミルズは、施行日を待たずに、同社が米国内で販売するすべての商品に遺伝子組み換え原料使用の有無を明記し始めた。同社のホームページ上でもすでに同様の情報を掲載。キャンベルスープやケロッグ、マーズなど他の大手食品メーカーも、遺伝子組み換え原料使用の有無を表示する方針を相次いで明らかにしている。

大手メーカーには、いずれ同様の法律が他州でも施行になるから、早めに手を打っておいた方が他社との競争上も有利との読みがある。実際、報道によると、全米50州中、30以上の州が現在、同様の法律の制定を検討。11月の大統領選挙と同時に行われる住民投票で、遺伝子組み換え表示の可否を問う州もある。

遺伝子組み換えをめぐる地殻変動の原因は、「安全な食べ物を食べたい」「自分が口にする食品が、どこでどうやって作られているのか知りたい」と願う消費者が、かつてなく増えていることだ。

消費者の4人に3人が支持

米世論調査会社ハリスポールが5月25日に発表した最新の世論調査によると、米国の成人の75%が、遺伝子組み換え食品の表示義務化を支持。また、調査会社ニールセンによると、「遺伝子組み換え原料不使用」と自主表示した食品の売上高は、4月30日までの1年間で212億ドルに達し、この4年間で64%も増えた。遺伝子組み換え原料の使用が認められていない有機食品の売上高も、2015年は前年比で11%伸び、過去最高の397億ドルに達した。

遺伝子組み換え食品の安全性に対する消費者の懸念を払しょくするかのように、権威ある米国科学アカデミーは5月17日、遺伝子組み換え作物は人や動物が食べても安全だとする内容の報告書を発表した。政府の食品医薬品局(FDA)も、遺伝子組み換え食品の安全性に問題はないと言い続けている。

しかし、米国では、専門家や政府の見解を鵜のみにする消費者は多くない。ハリスポールの調査で、消費者の58%が「遺伝子組み換え食品は、長期にわたる研究がないため、人体への影響は未知数」と考えるなど、消費者の間では専門家も予想できない“想定外”の影響に対する懸念が根強い。

遺伝子組み換え食品がかりに安全だとしても、「自分が食べる食品がどんな原料でどうやって作られているのか知りたいから、表示義務は必要」と考える消費者も多い。バーモント州の法律制定を後押しした市民運動が「Right to Know」(知る権利)を合言葉にしたのは、象徴的だ。

非遺伝子組み換え食品に対する需要があまりにも急速に伸びているため、原料が不足する事態も起きている。菓子メーカーは遺伝子組み換え原料を使わない製品を作ろうにも、サトウキビ由来の砂糖が不足しているため、政府に対し砂糖の輸入量拡大を要請しているという。

日本の表示「ガラパゴス化」へ

遺伝子組み換え大国・米国の異変は、多くの遺伝子組み換え穀物や食品を米国から輸入している日本にも影響を及ぼしそうだ。

現在、日本で表示義務の対象となっているのは、原則、遺伝子組み換え原料の含有比率が5%以上の場合に限られている。しかも抜け穴が多い。これに対しバーモント州のルールは、0.9%以上と、日本と大きな開きがある。バーモント州のルールは他州のモデルになるとみられており、表示を義務付ける法律が各州で施行になった場合、「0.9%以上」が基準になる可能性が高い。EUも「0.9%以上」だ。このままだと、「5%以上」という日本の表示ルールは、世界の中で「ガラパゴス化」する恐れがある。

今後は、これまでパッケージに遺伝子組み換えの情報が何も記載されていなかった米国からの輸入食品が、いきなり「遺伝子組み換え食品」に変わる可能性もある。輸入業者はどう対応するのだろうか。また、消費者は何を感じ、どう行動するだろうか。