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「いまの力士は弱くない。霧島は怖い存在に」照ノ富士が語る若手台頭、次の横綱誕生への期待

飯塚さきスポーツライター
合宿の合間にインタビューに応えていただいた横綱・照ノ富士(写真:筆者撮影)

大相撲5月場所。一人横綱の照ノ富士が、3場所の全休を経て見事復活優勝(自身8度目)を遂げた。2015年に大関へ昇進後、ひざのケガや内臓疾患で一時は序二段にまで番付を下げ、そこから見事復活して横綱へ上り詰めた照ノ富士。昨年の9月場所は途中休場し、10月には両ひざの手術を受けた。再起をかけた5月場所、久しぶりの土俵で感じた若手の成長や今後への期待、大相撲普及への取り組みについてなど伺った。

「正直、やめたい気持ちもありました」

――まずは優勝おめでとうございます。5月場所は毎日横綱が結びの一番に立ち、土俵を締めてくれる姿を、あらためてとてもありがたい気持ちで見ていました。昨年10月には再度、両ひざの手術に踏み切り、再起に向けてリハビリやトレーニングに励んでこられたとのこと。出場までの約半年間、どのような思いで取り組んでこられましたか。

「正直、やめたい気持ちもありました。でも、あとになってやっぱりもうちょっとやれたんじゃないかとか、悔いが残りそうな気がしたんです。それに、自分で(二桁の優勝回数という)目標を立てておいて、それを達成できないでやめるのも情けないし。もう一回、自分はできるんだっていうことを見せたい気持ちがありました」

――最初の大関のとき、両ひざのケガなどで一度は序二段にまで落ちる経験もされました。当時も、大きな葛藤を乗り越えてきましたね。

「そのときに、やめるならやめる、やめないなら徹底的にやるしかないと思って、相当な覚悟を決めました。あのときの気持ちも忘れてはいません。決めるべきことは今日決めて、あとは徹底してやる。それだけです」

――横綱はどんな状況でもいつも「毎日やることは変わらない」とおっしゃいます。

「そう。立てた目標に向かって、日々それだけを考えて、じゃあ今日自分のやるべきことは何か、できることはなんなのかを明確にしてそれをやる。その日々がつながっているということ。生きている以上は毎日が大事ですから」

両ひざのケガを乗り越えて土俵に立った横綱(写真:毎日新聞社/アフロ)
両ひざのケガを乗り越えて土俵に立った横綱(写真:毎日新聞社/アフロ)

4場所ぶりの土俵で感じた若手の成長、さらなる期待

――そうして戻ってきた4場所ぶりの土俵で初日から8連勝、その後、9日目で明生関に土をつけられました。結果的には5月場所で唯一の黒星でしたが、横綱から見て、その明生関の強さはどんなところにありますか。

「一生懸命、自分の体と向き合っている力士だなっていうのは感じますね。この力士はこういう相撲を取るからこういけば勝てるっていう、対戦相手のことだけを中心に考えていると伸びないんです。逆に、自分の体と向き合って、もっと全体的に大きくしようとか、この筋肉が足りないからここを鍛えようとか、そういうことを意識している人のほうが、将来強くなってくる。そういう癖をつけないといけないと思うし、明生はその力があるから順調に来ているんじゃないですかね。たとえケガをしても、体と向き合っているから乗り越えられる。相手のことばっかり考えていたら、たぶんできていないと思います」

──そして14日目、霧馬山関を倒して千秋楽を待たずに優勝を決めました。霧馬山関は、場所後に大関昇進が決定しましたが、横綱は千秋楽の優勝インタビューで「相手はもう大関だと思って戦った」と語っていらっしゃいました。新大関の霧馬山改め霧島関の強さはどう感じていますか。

「力はもちろんつけてきたし、相撲のうまさも出てきている。さっき言った、自分の体と向き合う姿勢も変わってきているので、対戦していても前より全然強いし、これからが楽しみじゃないですかね。まだ負けたことはないけど、怖い存在になってきたなっていう印象はあります。これからも戦うのは楽しみですよ」

――一人横綱、一人大関の時期が数場所あったなかでの新大関の誕生。とてもよかったですよね。この勢いのまま、次の横綱が早く生まれてきてほしいと思いますか。

「それはもう、常にほしいなと思っていますよ。だって、大相撲は盛り上がることが一番大事だから。ただ、だからといってすぐにというわけにはいかないのが現状です。俺も勝たないといけないしね(笑)」

――ほかにも、豊昇龍関、大栄翔関、若元春関と、次の大関候補の若い力士たちがたくさんいます。こういった若手の台頭をどう感じていますか。

「すごくいいことじゃないですか。前から言っているでしょ、いまの力士は弱くないよって。肉体的にみんな強くなっていると思うし、いい相撲はたくさんあるしね。いまの若い子は稽古しないなんてよく言われますけど、ただ数多くやればいいってものではないですから。どんなスポーツでもいろんなことが変わってきていて、実際に記録やスコアは上がっているわけですから、それとまったく一緒。昔といまとでは、食べ物も違うし科学も進歩しているので」

若手の台頭は「すごくいいこと」としながら、それを寄せ付けない強さを見せた(写真:毎日新聞社/アフロ)
若手の台頭は「すごくいいこと」としながら、それを寄せ付けない強さを見せた(写真:毎日新聞社/アフロ)

横綱として「シンプルに、やるかやらないか」角界の発展を願って

復活の幕尻優勝(2020年7月場所)、そして念願の横綱昇進(2021年7月場所後)と、いま自分がやるべき目の前のことに集中し続けて結果を残してきた照ノ富士。横綱昇進直後は、その品格や責任について「これから自分なりに模索していくもの」と答えていたが、現在はどのように考えているのだろうか。その頭のなかを探った。

――横綱に昇進して、早2年が経とうとしています。横綱という地位やその責任を負うことについて、徐々に変わってきた考え方などはありますか。

「優勝して横綱としての責任を果たすとか、よく言われる言葉だし結果的にそうなってはいるんだけど、自分がそれを感じちゃったらたぶんダメになるんだよね…。気楽にやらないといけない。物事って基本的に、難しく考えることは簡単じゃないですか。でも、本当はめちゃくちゃシンプル。いろんなことを考えすぎていた時期もあったけど、結果はシンプルだから、考えすぎても無駄だなってことに気づいたんです。つまり、やるかやらないか。やるならじゃあ何から始めるのかっていう計画を立てて始めればいいし、やらないならさっさとやめるだけ。そのほうが自分も楽です。ただ、そうわかった上で、それでも考えちゃうときもあるんだけどね」

――いろいろなことを模索するなかで、新たに個人の後援会も立ち上がり、運営がツイッターインスタグラムなどのSNSで動画コンテンツなどを積極的に発信しています。こういった活動はどうして始められたんですか。

「簡単に言うと、若い人にも相撲を見てカッコいいと思ってもらえるようなことをしたいって、ずっと前から思っていたんですよ。なぜ若い人をターゲットに考えたかというと、そうじゃないと相撲ファンも相撲をやる子も増えないから。普及活動のひとつとして、この後援会の立ち上げも動画コンテンツの制作も、計画的にやってきました」

――上がっている動画はどれも横綱のカッコよさが前面に出ていますね。

「お相撲さんは、かわいいとか面白いってことでメディアによく取り上げられますが、それは本当のお相撲さんじゃないんです。お相撲さんって、昔は日本そのものだったと思うし、やっぱり自分たちもカッコいい存在でいたい。SNSでこういう動画を見ていれば、若い人にもそのカッコよさがわかるでしょう」

――本当にそうですね。これから角界の未来や部屋も背負っていく横綱として、最後にほかの力士たちについても一言お願いします。

「うちの(伊勢ヶ濱)部屋には、頑張っている力士がたくさんいます。翠富士はただの小兵力士じゃない、正統派で真っ向勝負の強い力士です。まだあまり注目はされていないけど、尊富士っていう若い子もいて、次はもう幕下上位(17枚目)。そうやって、うちの部屋にはたくさんいい力士がいるので、これからはそういう子たちのこともぜひ取り上げてくださいね」

6月11日には、生後約半年の長男・照務甚(テムジン)くんと共に結婚披露宴を行った(写真:日刊スポーツ/アフロ)
6月11日には、生後約半年の長男・照務甚(テムジン)くんと共に結婚披露宴を行った(写真:日刊スポーツ/アフロ)

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

スポーツライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

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