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波紋広がる大相撲「脳振とう問題」 万が一の事態に備えて医師と密に連携を

飯塚さきスポーツライター
脳振とうのような症状で土俵に倒れる湘南乃海(写真:スポーツニッポン/アフロ)

脳振とうの力士 処置せず取り直しに波紋

大相撲初場所十日目。幕下の土俵で、それは起こった。

22枚目の湘南乃海と20枚目の朝玉勢との一番。立ち合い両者頭からぶつかると、湘南乃海がガクッと腰から崩れ落ちた。この立ち合いは行司から「待った」がかかり、不成立となるが、湘南乃海が立ち上がれない。脳振とうのようだった。その後も立ち上がろうとするが、ふらついては倒れ、仕切りができない。

いったん両者を土俵下に下がらせ、審判団が土俵に上がって協議がなされたが、しばらくして湘南乃海が戦う意思を示すと、協議の説明もないまま取り直しの一番が行われた。この一連の出来事が、大きな波紋を巻き起こしたのだ。

立ち合いで頭から激突し崩れ落ちる…協議後取り直し(日刊スポーツ/1月19日)

ラグビーやアメリカンフットボールと同様、コンタクトスポーツでもある大相撲。しかし、これまで他競技のような脳振とうに関する規定やガイドラインは設けられてこなかった。2019年のラグビーワールドカップでアメリカ代表チームに同行した筆者は、試合中に脳振とうで倒れた選手を目の当たりにし、病院に連れて行ったり医師の話を聞いたりするなかで、やはり角界においてのみ、なぜか脳振とうが軽視されすぎていると感じた。

脳振とうは、非常に危険な症状で、最悪の場合は死に至る。ラグビーでは、脳振とうの疑いがある選手はその時点でプレーから外すという規定が明確に定義されていた。脳振とうと診断された場合は、軽症でも、1週間は試合にも出られない。それくらい慎重に扱わなければならない外傷なのだ。

相撲は、頭と頭でぶつかり合う競技である。過去にも、脳振とうのような症状が見られたケースは少なくない。2018年5月場所の竜電と北勝富士の対戦が記憶に新しいが、それでも、なぜかここまで重要視されてこなかった。湘南乃海の場合も、あの瞬間真っ先に誰かが駆けつけて、適切な処置を施さなければならないはずだったのだ。

日本相撲協会は、この一件を受けてすぐに動いた。初場所後、脳振とうをめぐる新たなルール作りに乗り出すという。他競技で当たり前に設けられているルールが、令和の時代になっても存在しなかったことは残念であるが、この迅速な対応には、協会の危機感の高さがうかがえる。力士の命と土俵人生を最優先に守るためにも、このまま然るべき方向に向かっていくことを切に願う。

脳振とう問題初場所後に協議へ、力士は検査異常なし(日刊スポーツ/1月19日)

相撲協会診療所の医師と密に連携を

今回の件で、「大相撲にはドクターがいないのか?」という疑問が散見されたが、国技館には「相撲協会診療所」があり、場所中はかならず医師が控えている。土俵上で負傷した力士は、診療所の医師にすぐに診てもらうことができるのだ。

そこで、これは筆者からの提案だが、今回の脳振とうのように、専門家である医師が見て「危険だ」と判断した場合にドクターストップがかけられるように、遠隔でもよいので常に医師と審判団が意思疎通をとれるような状態にしておくのがよいのではないか。診療所にいる医師は、テレビで取組を見守りつつ、危険であれば審判団を通じてストップをかけ、土俵下にいる審判団からも、医師の判断が必要であればすぐに連絡できる体制をつくる。それだけで、万が一の事態に備えることができそうではないだろうか。

場所後には、こうした緊急時対応の強化方法に加え、「痛み分け(※)」などを含む、ルールの見直しと改正が検討されるだろう。協会には、古き良き伝統文化を残し継承し続けていく大きな使命がある一方で、時代に合わせた柔軟な変化も必要であるとは、広報部の高崎親方の口から聞いたばかりだ。今後は、日々体を張って奮闘する力士たちのためにも、進化し続けるスポーツ医科学の最新の知見も取り入れながら、より質の高い土俵の充実と相撲界の発展に力を尽くしていただきたいと思う。

※取組中、どちらか一方または双方が負傷したために引き分けとするルール。

スポーツライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

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