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中国人所有の不法ラボからヤバい病原体が見つかった件 生物兵器を製造? 陰謀論の真相とは? 米

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
新型コロナを含む少なくとも20種類の病原体が見つかった中国系のラボ。写真:AP

 米カリフォルニア州フレズノ郡リードリー市で、ビジネス・ライセンスを得ることなく不法に運営されていたプレステージ・バイオテック社所有のラボ(オーナーは中国在住)から、新型コロナウイルスを含む少なくとも20種類もの病原体が発見されていたことは、前の投稿で書いた。ラボ代表者が裁判所記録の中で、“ネズミが新型コロナウイルスに感染するよう遺伝子操作されていた”とも述べていたことから、ラボは生物兵器を製造していたのではないか?との陰謀論もオンラインで取り沙汰された。その真相やいかに?

生物兵器用の病原体はなかった

 8月9日付けのAP通信によると、連邦政府や州政府、郡や市が調査したところ、このラボでは、犯罪活動は行われておらず、公衆衛生や国家安全保障に対する脅威となるような証拠も発見されなかったという。

 調査員はラボの冷蔵庫から新型コロナウイルスを含む少なくとも20種類もの病原体を発見したものの、CDC(米疾病管理予防センター)は、このラボが、違法に物資を所持していたり、生物兵器として使用可能な病原体や毒素を不法に所持していた兆候がなかったことから、CDCはこの件について追加措置を取っていないというのだ。

 しかし、地元のオンラインニュースサイト「ミッド・バレー・タイムズ」が、7月半ば、ラボの代表者が、裁判所記録の中で、“ネズミが新型コロナウイルスに感染するよう遺伝子操作されていた”と発言していることを報じると、全国的な主要メディアも同サイトに続いてそれを報じた。

 下院議長のケビン・マッカーシー氏(カリフォルニア州共和党)も、このラボの問題について「私の懸念は、ここで何が起こったのかを解明することだ。ここだけで起きていることなのか」と述べ、今年1月、議長に就任後間もなく設置した中国特別委員会にこの懸念を持ち帰ると訴えた。

ネズミは遺伝子操作されていなかった

 しかし、AP通信によると、“ネズミが新型コロナウイルスに感染するよう遺伝子操作されていた”という裁判所記録にあったラボ代表者の発言は、この代表者が英語を完璧には話せないために生じたもので、コミュニケーション・ミスが起きていた可能性があるという。

 実際、リードリー市がエキスパートにネズミの調査をしてもらったところ、ネズミには何の病原体も注入されておらず、ネズミはこのラボが新型コロナウイルスの検査キットを製造するために、新型コロナウイルスの抗体を作る目的で使われていただけだったというのだ。また、報じられていたような新型コロナウイルスを使った実験も行われていなかったという。

 しかし、主要メディアが、ラボで新型コロナウイルスに感染するようにネズミが遺伝子操作されている問題を報じたこと、またこのラボが、中国と戦争になった場合、戦闘機が配備されるアメリカの海軍航空基地から近いことから、中国はアメリカの田舎街で生物兵器を製造しているのではないかという陰謀論が起きてしまったようだ。

背景にアメリカの反中感情?

 リードリー市はラボについて「彼らは悪者だ。彼らは市のオフィスに来ることなく、真夜中に引っ越してきた。彼らは自分たちの存在を市に知られたくなかったのだ」とラボが市からビジネス・ライセンスを得ていなかった問題を指摘してはいるものの、このラボをめぐって陰謀論が起きたことについては問題視し、「私営のラボに対する規制が欠如しているというリアルな問題ではなく、生物兵器に焦点が当てられていることにはイライラする」と話している。

 “生物兵器陰謀論”と見られた背景には、昔からアメリカに内在している反中感情がパンデミックより高まっているからではないか、中国系の人々や中国人経営の事業はみな中国政府と関係があると思い込んでいる人がいるからではないかと指摘する識者もいる。

陰謀論を主張する候補者がリード

 また、ミッド・バレー・タイムズがこの不法ラボについて報じるまで、なぜ、市民にはラボの問題が知らされなかったのかという疑問もあがった。フレズノ市議会議員のギャリー・ブレデフェルド氏は記者会見で「郡衛生局は、ラボを閉鎖した3月時点で、市民にラボの問題を伝えるべきだった」とラボの問題が7月まで公表されなかったことは隠蔽に当たるとして批判している。

 それに対して、市側は、連邦政府や州政府から調査中の案件については公表しないというプロトコールがあると伝えられたと説明している。

 ブレデフェルド氏はまた記者会見で「ラボが新型コロナを生み出し、それをネズミに注入している」と主張し、このラボと新型コロナウイルスの発生源と指摘する見方もある中国の武漢研究所に類似性を見出す発言をしたが、それに対し、フレズノ郡の監督委員の1人は同氏の主張は間違っていると問題視し、「責任感のある人物なら、不正確な情報で人々を怖がらせて自己宣伝するための記者会見を開く前に、事実を確認するだろう」として同氏の陰謀論的な発言を批判している。

 ちなみにブレデフェルド氏は、フレズノ郡の郡監督委員の座を狙って選挙に出馬しているが、同じ選挙区で同氏の対立候補である現職のスティーブ・ブランダウ氏はラボではネズミに対する遺伝子操作は行われていなかったとする市側の主張に同意しており、陰謀論をめぐって、共に共和党を支持する2人の候補者の間で対立が起きている状況だ。

 最新世論調査によると、陰謀論を展開しているブレデフェルド氏が、それを否定しているブランダウ氏を2桁リードしている。共和党支持者は民主党支持者と比べると中国に対してより批判的傾向が見られるが、この結果は、歴史的に共和党の強い地盤であるフレズノ郡の共和党支持者の多くが、今回の不法ラボ問題を中国の問題と関連づけていることを示唆しているのかもしれない。

 ところで、FDA(米食品医薬品局)は、ニュースリリースを出し、このラボが製造した妊娠検査キットなどの検査キットは安全ではないか、効果がない可能性があるので使用しないよう警告している。

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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