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「通りを渡るより安全」とタイタニック探検ツアー参加を促した運航会社CEOの“ヤバ過ぎる危機意識”

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
ツアーは「通りを渡るより安全」と話していたという運航会社CEOのラッシュ氏。(提供:OceanGate Expeditions/REX/アフロ)

 6月28日、深海に沈んだタイタン号の残骸が引き揚げられ、遺体とみられるものが発見されたと報じられている。

 タイタン号にはパキスタン有数の財閥の一族であるシャザダ・ダーウッドさんと息子のスライマンさんも乗船し、事故で亡くなったとみられているが、実は、その父子に渡ったタイタニック探検ツアーのチケットは、もともと別の父子が購入を考えていたものだった。

 その父子とはラスベガスに住むビリオネアーの投資家ジェイ・ブルームさんと息子のショーン・ブルームさん。ブルームさん父子が、結局、チケットを購入しなかった理由についてCNNで述べている。

ラッシュ氏の言動に疑問を感じ、タイタニック探検ツアーチケットを購入しなかったブルームさん父子

自作の実験用飛行機に乗ってチケットを売りに来たCEO

 ジェイさんは、チケット購入をキャンセルした理由として、運航会社オーシャンゲートCEOのストックトン・ラッシュ氏が、4月、ラスベガスに住むジェイさんのところにチケットを販売しようと交渉に来た時に感じた懸念について述べている。

「ラッシュ氏が私に会うために降り立ったのは、ラスベガスのハリー・リード国際空港ではなく、ノースラスベガス空港でした。おかしいなと思いました。というのは、たいていの人はハリー・リード国際空港に降り立つからです。そこでラッシュ氏に『なぜその空港(ノースラスベガス空港)に降り立ったのか?』ときくと、ラッシュ氏は『自作の2人乗りの実験用飛行機で来たからだ』と答えました。そこで私は思いました。ラッシュ氏は自作の2人乗りの実験用飛行機でやってきて、自分で作った5人乗りの実験潜水艇でタイタニック号を見に行くよう説得しようとしているのだと」

CEOの危機意識を疑問視

 自身もヘリコプターの免許を持つジェイさんが実験用飛行機でやってきたラッシュ氏に感じたのは、ラッシュさんと自分とでは“リスク・アペタイト”が違うということだった。“リスク・アペタイト”とはビジネスの目的を達成するために、敢えて取るリスクのこと。「ラッシュ氏のリスク・アペタイトは私のリスク・アペタイトとは違う。私はパイロットだ。ヘリコプターの操縦ライセンスを持っている。私なら実験用飛行機には乗らない」と話している。ジェイさんは、ラッシュ氏がプロジェクト達成のためのリスク・アペタイトが旺盛、つまり、たくさんのリスクを取る人物であると感じ、危機感を抱いてしまったのである。翻せば、ラッシュ氏の“危機意識”の低さに疑問を持ってしまったと言っていいだろう。

 一方、ジェイさんの息子のショーンさんはラッシュ氏からビデオで潜水艇についての説明を受けた際に、「タイタン号では海底まで辿りつけない」と船体の安全性に赤信号を感じたと話している。疑問を感じたショーンさんはラッシュ氏に質問をしたのだが、そっけなくあしらわれてしまったようだ。

 ショーンさんは今回の事件について「(海底まで辿りつけないという)僕の予測が現実のものとなってしまったことは悲しい。海は宇宙よりもわからないことが多い。宇宙よりも恐ろしい。こういうツアーに参加しようなどとは2度と考えない」と述べている。

通りを渡るよりも安全

 ジェイさんは、チケットを売らんとするラッシュ氏のセールストークにも疑問を感じていたようだ。それは、ラッシュ氏が、ツアー参加を躊躇しているジェイさんを説得するにあたり、ツアーについて「通りを渡るよりも安全だ。リスクはあるが、ヘリコプター飛行やスキューバ・ダイビングよりはずっと安全だ。この35年間、軍用以外の潜水艇で負傷者が出たことは一度もない」と言ったこと。

 ラッシュ氏はまた、ジェイさんに、ツアー料の25万ドルを15万ドルに割引くと持ちかけたというが、安全性を懸念したジェイさんは結局購入しなかった。

 そして、ブルームさん父子に購入されなかったチケットは、事故で亡くなったと思われるパキスタン人のダーウッドさん父子の手に渡った。

 ある父子から別の父子へと渡ってしまったチケット。ブルームさん父子は、亡くなったと思われるパキスタン人父子の写真をニュースで見る度に「亡くなったのは自分たちだったかもしれないのだ」というやりきれない思いに襲われている。

 ラッシュ氏は、タイタン号製造にあたり、ボーイング社から大割引き価格で入手した使用期間切れのカーボン・ファイバー素材を使ったと話していたという。

 また、潜水艇専門家が懸念した潜水艇内できこえる大きな音についても、ツアー参加者には「惨事が迫るものでは全然ない」と説明していたようだ。

 そして、ツアー参加を躊躇している人々のところには、危機意識を疑う自作の実験用飛行機に乗って説得に現れ、しかも、ツアーについては「通りを渡るよりも安全」という甘い認識も示していた。

 事故原因に注目が集まっているが、結局のところ、ラッシュ氏の“ヤバ過ぎる危機意識”が、事故が起きた最大の原因だったのではないか。

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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