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中国の偵察気球の米領空1週間飛行は、ならず者国家のロシアや北朝鮮に危ないメッセージを送ったのか?

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
米東海岸沖の領海上空で撃墜された中国の偵察気球。(写真:ロイター/アフロ)

 全米を不安に陥れた中国の偵察気球。

 バイデン大統領は安全上の問題から偵察気球が東海岸沖の領海上空に到達するのを待って撃墜したものの、偵察気球を発見後迅速に撃墜せず、長期間滞空させていた対応には、共和党サイドを中心に、批判的見方があがっていた。

 米軍が最初に問題の偵察気球を発見したのは1月28日、その時、偵察気球は、アラスカ州のアリューシャン列島の北部に侵入していた。それから、領海上空で撃墜されるまでの1週間にわたって、偵察気球は約4000マイルもアメリカ本土上空を飛行していたことになる。

 長期間にわたって滞空し続けた状況は米国民に脅威を与えたとして、共和党下院議員の中からはバイデン大統領とハリス副大統領に辞任を求める声もあがっている。

ならず者国家にどんなメッセージを送ったのか?

 元政策担当国防次官で、トランプ政権下で国防次官補(政策担当)を務めたジェームズ・アンダーソン博士も、迅速に撃墜されない状況について、米フォックス・ニュースで「バイデン政権が、中国の偵察気球にアメリカ領空を漂わせるがままにしておくのはひどく間違っている」と訴えていた。「2021年、米軍がアフガニスタンから撤退したことにより生じたバイデン政権の弱腰さが助長されることになる」、「アメリカの同盟国も、アメリカの安全保障に対するコミットメントに信頼をおかなくなる恐れがある」などの理由からだ。また、同氏は「行動(=撃墜)を起こさなかったら、ロシアや北朝鮮に危ないメッセージを送ることになる」「中国の偵察気球にアメリカ領空のフリーパスを与えたら、ロシアや北朝鮮といったならず者国家もアメリカ領空に偵察気球を送ろうとすることは十分にあり得る」と懸念していた。

 最終的には領海上空で撃墜され、中国の偵察気球にフリーパスは与えられなかったものの、アメリカ本土上空に1週間にわたり滞空が許されていたような状況は、1週間はフリーパスが与えられていたとも言える。この状況はロシアや北朝鮮にどんなメッセージを送ったのだろうか? アンダーソン博士が懸念していた危ないメッセージとなったのではないか?

 フォックス・ニュースはまた、この偵察気球がロシアの偵察気球なら、バイデン政権は即座に撃墜するのではないかとも指摘していた。すぐに撃墜しないのは中国の偵察気球だからで、その背景には、バイデン親子と中国企業のビジネス関係があるのではないかという皮肉な見方もしていた。

トランプ政権下では少なくとも3度飛来

 また、中国の偵察気球がアメリカに飛来したのはこれが初めてではなく、トランプ政権時代に少なくとも3度、バイデン政権下でも1度、すでに飛来していたとペンタゴンの高官は話している。トランプ氏は、今回の中国の偵察気球に対し、「撃ち落とせ」と自身が運営するSNSで訴えたが、そう言う自身も、飛来時、撃墜していなかったわけだ。もっとも、これらの偵察気球がアメリカ領空を飛行した期間は短かったということだが、いつ、どこを飛行したかについては、高官は明らかにしなかった。

中国企業によるアメリカの農地購入がブロックされる?

 今回の偵察気球飛来は、昨年の台湾海峡危機をめぐって深まった米中関係の溝をより深めたと言える。

 米議会下院では、1月、超党派で、中国の経済的・軍事的脅威に対抗するための特別委員会の設置が決まり、対中姿勢が強硬なものになっていたが、今回の偵察気球の飛来により、その姿勢がいっそう強硬になることも必至だ。

 また、近年、中国企業によるアメリカの農地の購入が進んでいることから、食料安全保障ために、州レベルでも連邦レベルでも、中国企業による農地の購入をブロックしようとする議案が提出されていた。今回の偵察気球飛来により、提出されていた対中強硬議案がより強く推進されることになると予想されている。

 また、偵察気球は、対中姿勢が強硬になっているアメリカが、中国の挑発的な行動にどう反応するか試すために、中国が意図的に飛ばしたのではないかという見方もある。

 前述のアンダーソン博士は「中国には拒否権があることから、安全保障理事会を招集するのは時間の無駄であり、アメリカ政府は国連総会の特別セッションを開くよう呼びかけ、偵察気球の破片を運び入れて皆が見られるようにすべきだ。ペンタゴンは今度偵察気球がアメリカに向かっているのをトラッキングしたら、アメリカ領空に入る前に撃墜すべきだ」と訴えている。

 アメリカが今回の偵察気球騒動について、中国にどのような対応をするか注目されるところだ。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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