Yahoo!ニュース

「撃たれるより恐ろしい」目に見えないマイクロ波攻撃=ハバナ症候群に襲われる米国 背後にロシアか中国?

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
米国防総省はマイクロ波兵器を探知する装着型センサーを開発中とも報じられている。(写真:ロイター/アフロ)

 「真夜中に目が覚めて、信じられないほどのめまいに襲われた。部屋はグルグル回っていた。吐き気もした。これまでイラクやアフガニスタンにも駐在し、撃たれたこともあるが、それはこれまでの人生で最も恐ろしい体験だった」

 これは、2017年12月に、元CIA諜報員のマーク・ポリメロポロス氏が滞在中だったモスクワのホテルでした恐怖体験で、今年2月、CNNに対して語ったものだ。

 同氏の体調不良はその後も続き、2019年には、26年勤めたCIA(中央情報局)を50歳で早期退職するに至る。

「1日を乗り切ることができなくなった。あの夜から毎日頭痛がしている。昼も夜も、頭痛はなくならなかった」

 同氏はこうも話した。

「まだ撃たれた方がましだった。これは、“物言わぬ傷”だから。撃たれてできた傷なら人にそれを見せることができる」

 同氏がそういう背景には、CIAの医療スタッフたちが、当初、彼の症状を理解してくれなかったというジレンマがある。しかし、モスクワで体験した恐怖の夜から3年以上経った今年1月、同氏はやっとCIAの同意を得て、ウォルター・リード米軍医療センターで「外傷性脳損傷」と診断され、治療を受けることができた。涙が出たという。

ハバナ症候群に襲われ国外退避

 ポリメロポロス氏が襲われたような症状を訴えるアメリカ人外交官やCIAの高官は130人以上に上っている。

 この症状は、2016年11月、キューバのハバナにあるアメリカ大使館に駐在するスタッフたちが初めて訴えたことから「ハバナ症候群」と名づけられた。彼らは、ひどいめまいや疲労感、頭痛、吐き気、聴覚障害、記憶障害、平衡感覚障害、視覚障害などの症状を示し、中には長期治療に入ったり、早期退職したりする者も現れたという。2017年の終わりまでに、この大使館の24人以上のスタッフが「ハバナ症候群」の症状を見せたことから、トランプ政権は、大使館の半数以上のスタッフとその家族を国外退避させ、渡航警戒勧告を出した。

 2018年半ばには、中国の広州にあるアメリカ領事館に駐在していた11人の外交官らが同様の症状を見せて国外退避した。

 また、GQマガジンによると、2019年8月、当時、国家安全保障問題担当大統領補佐官だったジョン・ボルトン氏のロンドン訪問に同伴したホワイトハウスの女性スタッフも、類似した症状を体験していた。彼女は滞在先のホテルの部屋で、突然、頭部の窓に面していた側がヒリヒリして、耳鳴りに襲われた。しかし、部屋を出るとその症状は収まったという。

 「ハバナ症候群」に襲われたのはアメリカ人外交官だけではない。2017年から2019年にかけて、キューバに駐在していた14人以上のカナダ人外交官も類似の症状に襲われている。

アメリカ本土でもハバナ症候群

 懸念されるのは、アメリカ本土でも、「ハバナ症候群」に似た事例が報告されていることだ。

 昨年11月には、ホワイトハウスの南側にある「エリプス」と呼ばれる広大な庭の近くで、国家安全保障会議の高官が「ハバナ症候群」に似た症状に襲われたという。

 また、2019年にも、ホワイトハウスの女性スタッフが、ワシントンDC近くのヴァージニア州郊外で犬の散歩中に類似した症状に襲われたと報告している。その女性スタッフが駐車している1台のバンの横を通り過ぎた時、1人の男がそのバンから出てきて彼女を追い越すと、犬が急に動かなくなり、彼女も高音の耳鳴りと強い頭痛、顔のヒリヒリ感に襲われたという。

背後にいるのはロシア?、中国?

 ペンシルバニア大学脳損傷修復センターの医療チームが「ハバナ症候群」に襲われた21人のアメリカ人高官を検査したが、同センター長のダグラス・スミス医師はマイクロ波が引き起こしている可能性があると指摘、高官の脳神経ネットワークは広範囲にわたって損傷を受けていたと話している。

 攻撃法としては、小型のバンにつけられたサテライト・ディッシュを使って、数マイル先から、ターゲットに向かってマイクロ波を当てた可能性が指摘されている。

 マイクロ波攻撃の背後にいるのは何者なのか?

 バイデン政権はまだそれを突き止めることができていないものの、政府高官の中からは、ロシアが関与しているという声があがっている。ロシアやポーランド、ソ連の衛星国だったジョージア、台湾、オーストラリアに駐在していたCIAの高官たちも、2017年から2019年にかけて「ハバナ症候群」に襲われていたからだ。CNNが入手したアメリカの諜報書類によると、ロシアは何十年にもわたって「マイクロ波攻撃能力」の開発を行っているという。

 また、中国が背後にいると考えている政府高官もいるようだ。

 中国とマイクロ波兵器については、英紙ザ・タイムズが、中国軍が、ヒマラヤの国境地域を何ヶ月にもわたって占拠しているインド軍に対してマイクロ波兵器を使用して撃退し、占拠されていた地域を取り戻すという出来事があったと指摘した中国人民大学の国際関係学教授の話を報じている。マイクロ波攻撃により、インド軍は吐き気を催し、立つこともできなくなって国境地域から退散したということだ。

 連邦議員からは国家安全保障危機だという声があがり、CIAはマイクロ波攻撃に対処するためのタスクフォースを結成して調査を進めている。また、ペンタゴン(米国防総省)はマイクロ波兵器を探知する装着型センサーを開発中との報道もある。

 アメリカは「目に見えない脅威」の出所を突き止めることができるのか?

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

飯塚真紀子の最近の記事